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「花梨ちゃんか。それは想定外かつ非常に残念だ」

「言っている意味が分からない……。何が残念なんだ」


 仕方がないから教えてあげよう、と起伏のない語調の金髪。

 本気でしくじったようだ。


「あまりにも哀れだから、見逃してあげようかと考えていたんだ。けれど、花梨ちゃん直々に情報を与えてもらったようだから、見逃したくなくなった」


 金髪が頭頂部に載せていたお面を、顔面へと寄せる。

 

「それが、残念、ということだよ」


 やはり返答を間違えたか。

 制限時間という希望が、砂の城を崩すが如く呆気無く潰えた。


「残念だよ。実に残念だよ、伊勢くん」


 呟く金髪は、被ったお面を魅せつけるように顎を持ち上げる。

 そのお面は大きく目を見開き、真一文字に口を閉じている力強い表情のお面だ。

 

 素朴に見えながらも、射抜かれそうな大きな眼球は、見る者を傅かせる程のインパクトが有る。


 そのお面を被ったということは、つまり――


「君、祭り人だね?」


 金髪が闘いの宣言を下した。

 

 身体が硬直し、手汗が吹き出す。頭の回転が鈍り、どうしていいのか判断に遅れが生じた。

 だってそうだろ。お面を装着し、闘う意思を明瞭に示されたのはこれが初めてだ。

 花梨に闘いを挑まれた状況とは、わけが違う。


「どうするんだい?」


 待て。 まだ負けが決まったわけではない。

 制限時間まで負けを認めなければ、生きながらえることが出来る、はずだ。


「闘うか、降参するか。早く答えをだしてくれないかな?」金髪が答えを急いた。

「闘うに……決まっているじゃないか……」


 闘いを受けたものの、逃げだしたい気持ちでいっぱいだ。

 惨めだが降参を差し出して丸く治めたいとも思ってしまう。だが降参を差し出せば、それこそ惨めな生活を迎える事となる。

 

 ふぅ……大きく息をつき、思い切ってお面を被った。

 いや、被らざるを得なかった。


 お面を被ったことにより押し寄せる拒絶反応と呼ばれる症状。

 極度の目眩に襲われながらも、それに耐えながら相手の出方を窺った。


「その心意気は素晴らしい。僕と闘おうとする者は、一人の女性を除いて他に居ないからねぇ。転校生とはいえ、無知蒙昧は恐ろしい人間を生むんだね。良い発見だよ」


 あぁ、なるほど……。ようやくわかった。

 おそらくその女性が花梨なのだろう。だからこそ、彼女の名を出した途端、態度を急変させた。

 

 予想だが、この金髪は花梨に対し、何か特別な感情を抱いているに違いない。

 そんな二人の間に転校生である俺が現れたから、苛ついている。


 恋愛漫画で得た知識を総動員させると、そんな答えに結びつくのだが、果たして――。


「で、キミのそんな心意気をかって、一つハンデを与えようと思う。あっさりと負けてもらっては、面白みに欠けるからね。無様に踊る様を、ぜひとも見せてほしい」


 金髪が腕を振って背後を指し示した。

 彼の横を抜けて現れたのは、怒り顔のお面を被る坊主男だ。

 

「ハンデとは、この男の被るお面の力を教えてやることだ」


 お面の力だけか。出来ることなら、弱点を教えてもらいたいところだ。

 金髪は続けた。


「これは、しかみと呼ばれるお面であり、しかめっ面の語源ともなった鬼神面だ。主に、危害を加える悪しき鬼の役として用いられるお面で、その力はズバリ、危害を加えることに特化した能力」

「危害……」


 なんて物騒なお面なんだ。

 明確に殺傷を目的としてるだなんて、非常識にも程がある。

 

 いや、そもそもこの村に常識なんてものは通用しないんだったな。鬼神祭そのものが、非常識の最たるものだし。

 クソッ……。なんで、こんな非情な村に引っ越してきたんだよ……。

 

「危害と言っても様々だ。腕力を持ってしての暴力や、刃物を用いての刺撃。銃火器などの銃撃や、まぁ精神的なダメージを負わせる精神攻撃もそうだろう」

「……」

「どれもこれも魅力的な攻撃方法に違いはないが、この顰はそれらの攻撃方法とは一線を画すんだ。まぁ、僕の鬼神面には到底及ばないのだけれどね」

「み、魅力的?」


 耳を疑った。

 こいつ、もしかしてアレなのか? 人が血を流す様を見て快楽を覚えるような、アレな人間なのか?

 だとしたら俺、生きて家に帰られないかもしれない。

  

 そう思うと、体が無意識に震え上がった。

 

「そうだよ。魅力的じゃないか。圧倒的な暴力により、顔の形が変わってしまう者。刃物で切りつけられ、大量の出血により顔を青ざめさせる者。銃火器で体に風穴を空けられ、驚きのあまりに目を丸くする者。そんな滑稽な顔をする者たちを拝めるだなんて、魅力的だとは思わないかい?」

「お、思うかよ。異常者が……」


 あまりに異常な言葉の数々に耐えきれず、たまらず嫌悪感が口をついて出てしまった。

 が、闘いの渦中に身をおいている事を思い出し、後悔してしまう。

 

 金髪は鷹揚に首を振ると、呆れたように大きく息を吐き出した。


「君の言葉は、少し乱暴だね。教育がなっていないんじゃないか?」


 散々、俺を煽るようなセリフを言っておきながら、その言い草か。

 やはりこいつは、まともじゃない。

 

 金髪は楽しげに話を続けた。

 

「まぁいい。話の続きをしようか」


 じわりと、俺に近づく坊主。

 巨躯と強面なお面が相まって、威圧的が半端ない。


「彼のお面の力は、触れた事のある物質を、呼び出すことの出来る力だ」


 触れた事のある物質を呼び出す?

 それが、どう危害を加えるに結びつくのか、俺には理解できなかった。暴力や刃物、銃火器などとは一線を画すと言った以上、それらの物質を呼び出して攻撃を仕掛けるわけではないのだろう。

 

 何か別な方法を用いるのだろうが、俺にはサッパリわからない。

 だから、首を傾げるしかなかったのだが、


「あらら。ピンと来ていないようだね」

「分からねぇ。そんなもんで、危害を加えられるとは、思えない」

「そっか。じゃあ仕方がない」


 金髪は坊主の逞しい腕をポンポンと叩いた。

 それに頷いて答える坊主。

 

「発想が貧困なキミには、実践で見てもらうよりほかないね」


 金髪の言葉を皮切りに、坊主が大きく腕を振り上げた。


 まただ。どうも上手くいかない。

 

 こいつとは絶対に友達になれない、そんなすれ違いが金髪とは起こる。

 が、そう悲観している場合ではない。俺は腰を落として坊主の対応にあたった。


「いくぞ?」


 ドスの効いた低い声の坊主。

 強烈な緊張が走り、すぅっと血の気が引くのが分かる。

 

 死にたくない。

 

 でも、いまさら降参したからといって、ただで帰してくれるとは思えない。

 いや、そもそも俺の降参を受け取らず、死ぬより辛い目に遭わされる可能性だって考えられる。

 金髪の発言を思い返すと、まず間違いなく、そう言い切れる。

 

 やばい。

 本当に、怖い。

 

 家に帰りたい。


「待ちなさい!」


 背後から響いた怒声。振り返ると、そこには般若面を被った花梨が猛然と掛けてきていた。

 恐ろしい形相のお面のはずが、今は空から舞い降りた天使の様に優しく見えた。


「何してるの!」


 隣に並んだ花梨が、俺を見上げた。ゼエゼエと忙しない呼気を繰り返している。


「日向か……」

「ねぇ! 何してるのか言いなさい!」


 尋常ではない剣幕に、たじろいでしまった。


「た……闘いを挑まれたんだよ」

「なんですって? そ、それでなんと答えたの? まさか降参していないでしょうね?」


 俺に詰め寄る花梨。

 般若面も相まって、その気迫は坊主のそれに勝るとも劣らない。


「闘う事に決めたよ」

「そ、そう……。良かった……」


 花梨は俺の降参がよほど欲しいらしい。そこまでの価値があるとは思えないのだが。


「ゴホン!」


 金髪は自身の存在を知らしめるように、大きく咳払いをする。見ると、彼はパンツのポケットに手を突っ込み、右足を投げ出して、すかした態度を取っていた。

 

「やあ。久し振りだね、花梨ちゃん」


 爽やかな金髪の声。

 今まで発していた粘り気のある嫌らしい声音とは対照的だ。


「……え、えぇ。そそ、そうね」


 花梨は花梨で吃音気味な口調だ。 


「一年ぶりだね。元気にしていたかい?」

「……お、おかげさまで」

「それは良かった。ところで、今年も僕を倒す為に追いかけてくれるんだろう?」

「な……何を言い出すのかしら。追いかけるわけ、ないじゃない……」

「つれないなぁ。昨年は僕にお熱だったじゃないか」

「呆れた妄想ね……」

「妄想じゃない。逃げる僕に追いかける君。あの特別なヒトトキを忘れたわけじゃないだろう?」


 花梨は震えている身体を抱いて、深い溜息をこぼす。


「こ、公私混同も甚だしいわね。闘うために追いかけた。ただそれだじゃないの」

「昨年以上にそっけないけど、まさか君の隣にいる男にそそのかされたのかい?」


 首をひねって俺を見やる花梨。

 お面ごしに見える彼女の瞳が虚ろに見えた。

 

 この弱々しさはなんだ? 

 二人の間に一体何があったってんだ?

 

 もしかして、この異常者に嬲られたのか?

 いや、だとするなら、無傷ではすまないはず。花梨を見る限り、そういった外傷は見受けられないしな……。

 

 分からない。何があったんだろうか。


「そうね……。別にそう思ってもらっても構わないわ……」


 返す言葉すらも、細く、弱い。


「冗談がきついなぁ」


 花梨の突き放す言動を受け、金髪もどこか弱腰に答えた。

 

「しつこい人はキライ」


 花梨は腕を突き出すと、

 

「闘うのなら彼とともに受けて立つわ」


 彼女は突き出していた右腕を悠々と持ち上げた。

 そのお淑やかな所作が止まると同時に、暖色に染まる上空より、黒い物体がこちらへと浮遊してくる様子が見て取れた。

 そのゴマ粒大の物体は近づくに連れ、輪郭を鮮明とし始める。

 

「なんだ、あれは……」


 思うのもつかの間、鋭い風音が聞こえたかと思うと、鼓膜を激しく打つクラッシュ音。

 グラウンドの砂が舞いあがり、その飛来してきた物が砂埃の中からゆらっと姿を表す。

 

 浮遊してきたそれは、黒色のミニバンだ。

 その車が花梨の隣に停車している。


 金髪から聞こえた舌打ち。

 悔しがっている様だが、お面のせいで表情が読み取れない。


「どうしてだよ」


 金髪は低音を効かせた声色でそう呟くと、

 

「気分が悪い。あとは任せる」


 坊主の肩を強く叩き、一歩一歩、ゆっくりと後退った。十メートルほど離れた金髪は、上空を仰

ぐ。

 呆けているのか、それ以上動こうとしなかった。


「……ひとまず危機は回避ね」


 聞こえよがしに嘆息した花梨は俺を見上げ、安堵の胸中を投げかけてきた。

 一時はどうなるかと思ったが、花梨の機転のおかげで、事なきを得ることができた。

 

 この調子で坊主とも、のらりくらりと時間を稼げば――と都合よくいくはずがなかった。


「じゃあやるか」


 居丈高な態度で坊主が言う。

 

「物質転送だ」


 それに続き、上空より響いた甲高い金属音。

 まさかと思い、慌てて天を見仰ぐ。


「は?」


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