11
「花梨ちゃんか。それは想定外かつ非常に残念だ」
「言っている意味が分からない……。何が残念なんだ」
仕方がないから教えてあげよう、と起伏のない語調の金髪。
本気でしくじったようだ。
「あまりにも哀れだから、見逃してあげようかと考えていたんだ。けれど、花梨ちゃん直々に情報を与えてもらったようだから、見逃したくなくなった」
金髪が頭頂部に載せていたお面を、顔面へと寄せる。
「それが、残念、ということだよ」
やはり返答を間違えたか。
制限時間という希望が、砂の城を崩すが如く呆気無く潰えた。
「残念だよ。実に残念だよ、伊勢くん」
呟く金髪は、被ったお面を魅せつけるように顎を持ち上げる。
そのお面は大きく目を見開き、真一文字に口を閉じている力強い表情のお面だ。
素朴に見えながらも、射抜かれそうな大きな眼球は、見る者を傅かせる程のインパクトが有る。
そのお面を被ったということは、つまり――
「君、祭り人だね?」
金髪が闘いの宣言を下した。
身体が硬直し、手汗が吹き出す。頭の回転が鈍り、どうしていいのか判断に遅れが生じた。
だってそうだろ。お面を装着し、闘う意思を明瞭に示されたのはこれが初めてだ。
花梨に闘いを挑まれた状況とは、わけが違う。
「どうするんだい?」
待て。 まだ負けが決まったわけではない。
制限時間まで負けを認めなければ、生きながらえることが出来る、はずだ。
「闘うか、降参するか。早く答えをだしてくれないかな?」金髪が答えを急いた。
「闘うに……決まっているじゃないか……」
闘いを受けたものの、逃げだしたい気持ちでいっぱいだ。
惨めだが降参を差し出して丸く治めたいとも思ってしまう。だが降参を差し出せば、それこそ惨めな生活を迎える事となる。
ふぅ……大きく息をつき、思い切ってお面を被った。
いや、被らざるを得なかった。
お面を被ったことにより押し寄せる拒絶反応と呼ばれる症状。
極度の目眩に襲われながらも、それに耐えながら相手の出方を窺った。
「その心意気は素晴らしい。僕と闘おうとする者は、一人の女性を除いて他に居ないからねぇ。転校生とはいえ、無知蒙昧は恐ろしい人間を生むんだね。良い発見だよ」
あぁ、なるほど……。ようやくわかった。
おそらくその女性が花梨なのだろう。だからこそ、彼女の名を出した途端、態度を急変させた。
予想だが、この金髪は花梨に対し、何か特別な感情を抱いているに違いない。
そんな二人の間に転校生である俺が現れたから、苛ついている。
恋愛漫画で得た知識を総動員させると、そんな答えに結びつくのだが、果たして――。
「で、キミのそんな心意気をかって、一つハンデを与えようと思う。あっさりと負けてもらっては、面白みに欠けるからね。無様に踊る様を、ぜひとも見せてほしい」
金髪が腕を振って背後を指し示した。
彼の横を抜けて現れたのは、怒り顔のお面を被る坊主男だ。
「ハンデとは、この男の被るお面の力を教えてやることだ」
お面の力だけか。出来ることなら、弱点を教えてもらいたいところだ。
金髪は続けた。
「これは、顰と呼ばれるお面であり、しかめっ面の語源ともなった鬼神面だ。主に、危害を加える悪しき鬼の役として用いられるお面で、その力はズバリ、危害を加えることに特化した能力」
「危害……」
なんて物騒なお面なんだ。
明確に殺傷を目的としてるだなんて、非常識にも程がある。
いや、そもそもこの村に常識なんてものは通用しないんだったな。鬼神祭そのものが、非常識の最たるものだし。
クソッ……。なんで、こんな非情な村に引っ越してきたんだよ……。
「危害と言っても様々だ。腕力を持ってしての暴力や、刃物を用いての刺撃。銃火器などの銃撃や、まぁ精神的なダメージを負わせる精神攻撃もそうだろう」
「……」
「どれもこれも魅力的な攻撃方法に違いはないが、この顰はそれらの攻撃方法とは一線を画すんだ。まぁ、僕の鬼神面には到底及ばないのだけれどね」
「み、魅力的?」
耳を疑った。
こいつ、もしかしてアレなのか? 人が血を流す様を見て快楽を覚えるような、アレな人間なのか?
だとしたら俺、生きて家に帰られないかもしれない。
そう思うと、体が無意識に震え上がった。
「そうだよ。魅力的じゃないか。圧倒的な暴力により、顔の形が変わってしまう者。刃物で切りつけられ、大量の出血により顔を青ざめさせる者。銃火器で体に風穴を空けられ、驚きのあまりに目を丸くする者。そんな滑稽な顔をする者たちを拝めるだなんて、魅力的だとは思わないかい?」
「お、思うかよ。異常者が……」
あまりに異常な言葉の数々に耐えきれず、たまらず嫌悪感が口をついて出てしまった。
が、闘いの渦中に身をおいている事を思い出し、後悔してしまう。
金髪は鷹揚に首を振ると、呆れたように大きく息を吐き出した。
「君の言葉は、少し乱暴だね。教育がなっていないんじゃないか?」
散々、俺を煽るようなセリフを言っておきながら、その言い草か。
やはりこいつは、まともじゃない。
金髪は楽しげに話を続けた。
「まぁいい。話の続きをしようか」
じわりと、俺に近づく坊主。
巨躯と強面なお面が相まって、威圧的が半端ない。
「彼のお面の力は、触れた事のある物質を、呼び出すことの出来る力だ」
触れた事のある物質を呼び出す?
それが、どう危害を加えるに結びつくのか、俺には理解できなかった。暴力や刃物、銃火器などとは一線を画すと言った以上、それらの物質を呼び出して攻撃を仕掛けるわけではないのだろう。
何か別な方法を用いるのだろうが、俺にはサッパリわからない。
だから、首を傾げるしかなかったのだが、
「あらら。ピンと来ていないようだね」
「分からねぇ。そんなもんで、危害を加えられるとは、思えない」
「そっか。じゃあ仕方がない」
金髪は坊主の逞しい腕をポンポンと叩いた。
それに頷いて答える坊主。
「発想が貧困なキミには、実践で見てもらうよりほかないね」
金髪の言葉を皮切りに、坊主が大きく腕を振り上げた。
まただ。どうも上手くいかない。
こいつとは絶対に友達になれない、そんなすれ違いが金髪とは起こる。
が、そう悲観している場合ではない。俺は腰を落として坊主の対応にあたった。
「いくぞ?」
ドスの効いた低い声の坊主。
強烈な緊張が走り、すぅっと血の気が引くのが分かる。
死にたくない。
でも、いまさら降参したからといって、ただで帰してくれるとは思えない。
いや、そもそも俺の降参を受け取らず、死ぬより辛い目に遭わされる可能性だって考えられる。
金髪の発言を思い返すと、まず間違いなく、そう言い切れる。
やばい。
本当に、怖い。
家に帰りたい。
「待ちなさい!」
背後から響いた怒声。振り返ると、そこには般若面を被った花梨が猛然と掛けてきていた。
恐ろしい形相のお面のはずが、今は空から舞い降りた天使の様に優しく見えた。
「何してるの!」
隣に並んだ花梨が、俺を見上げた。ゼエゼエと忙しない呼気を繰り返している。
「日向か……」
「ねぇ! 何してるのか言いなさい!」
尋常ではない剣幕に、たじろいでしまった。
「た……闘いを挑まれたんだよ」
「なんですって? そ、それでなんと答えたの? まさか降参していないでしょうね?」
俺に詰め寄る花梨。
般若面も相まって、その気迫は坊主のそれに勝るとも劣らない。
「闘う事に決めたよ」
「そ、そう……。良かった……」
花梨は俺の降参がよほど欲しいらしい。そこまでの価値があるとは思えないのだが。
「ゴホン!」
金髪は自身の存在を知らしめるように、大きく咳払いをする。見ると、彼はパンツのポケットに手を突っ込み、右足を投げ出して、すかした態度を取っていた。
「やあ。久し振りだね、花梨ちゃん」
爽やかな金髪の声。
今まで発していた粘り気のある嫌らしい声音とは対照的だ。
「……え、えぇ。そそ、そうね」
花梨は花梨で吃音気味な口調だ。
「一年ぶりだね。元気にしていたかい?」
「……お、おかげさまで」
「それは良かった。ところで、今年も僕を倒す為に追いかけてくれるんだろう?」
「な……何を言い出すのかしら。追いかけるわけ、ないじゃない……」
「つれないなぁ。昨年は僕にお熱だったじゃないか」
「呆れた妄想ね……」
「妄想じゃない。逃げる僕に追いかける君。あの特別なヒトトキを忘れたわけじゃないだろう?」
花梨は震えている身体を抱いて、深い溜息をこぼす。
「こ、公私混同も甚だしいわね。闘うために追いかけた。ただそれだじゃないの」
「昨年以上にそっけないけど、まさか君の隣にいる男にそそのかされたのかい?」
首をひねって俺を見やる花梨。
お面ごしに見える彼女の瞳が虚ろに見えた。
この弱々しさはなんだ?
二人の間に一体何があったってんだ?
もしかして、この異常者に嬲られたのか?
いや、だとするなら、無傷ではすまないはず。花梨を見る限り、そういった外傷は見受けられないしな……。
分からない。何があったんだろうか。
「そうね……。別にそう思ってもらっても構わないわ……」
返す言葉すらも、細く、弱い。
「冗談がきついなぁ」
花梨の突き放す言動を受け、金髪もどこか弱腰に答えた。
「しつこい人はキライ」
花梨は腕を突き出すと、
「闘うのなら彼とともに受けて立つわ」
彼女は突き出していた右腕を悠々と持ち上げた。
そのお淑やかな所作が止まると同時に、暖色に染まる上空より、黒い物体がこちらへと浮遊してくる様子が見て取れた。
そのゴマ粒大の物体は近づくに連れ、輪郭を鮮明とし始める。
「なんだ、あれは……」
思うのもつかの間、鋭い風音が聞こえたかと思うと、鼓膜を激しく打つクラッシュ音。
グラウンドの砂が舞いあがり、その飛来してきた物が砂埃の中からゆらっと姿を表す。
浮遊してきたそれは、黒色のミニバンだ。
その車が花梨の隣に停車している。
金髪から聞こえた舌打ち。
悔しがっている様だが、お面のせいで表情が読み取れない。
「どうしてだよ」
金髪は低音を効かせた声色でそう呟くと、
「気分が悪い。あとは任せる」
坊主の肩を強く叩き、一歩一歩、ゆっくりと後退った。十メートルほど離れた金髪は、上空を仰
ぐ。
呆けているのか、それ以上動こうとしなかった。
「……ひとまず危機は回避ね」
聞こえよがしに嘆息した花梨は俺を見上げ、安堵の胸中を投げかけてきた。
一時はどうなるかと思ったが、花梨の機転のおかげで、事なきを得ることができた。
この調子で坊主とも、のらりくらりと時間を稼げば――と都合よくいくはずがなかった。
「じゃあやるか」
居丈高な態度で坊主が言う。
「物質転送だ」
それに続き、上空より響いた甲高い金属音。
まさかと思い、慌てて天を見仰ぐ。
「は?」




