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「先に行っててちょうだい」


 階段前までやってくると、花梨はそう言い残して教室へと走って消えていった。

 その言葉に従って階段を下りて下駄箱へと向かい、校舎からグラウンドへ足を踏み出した。

 

 空を見上げると、西空が朱色に染まり、東空からは寒々とした闇が顔を覗かせていた。

 

 図書室にいた時より、随分と陽が落ちてしまっていた。

 そのコントラストをぼんやりと眺めたのち、グラウンドの中央辺りまで進み、立ち止まって校舎に振り返る。

 

 鞄を取りに行くだけなのに、花梨のヤツは何をしているんだろう。

 

 不思議に思いつつも歩みを再開させると、二つの人影が校門の前を横切ろうとしている光景が目に飛び込んだ。

 その二つの陰は俺の存在をみとめると、動きを止める。

 

 夕日を背に受ける二つの影は、じっと俺を見据えていた。


「だ、誰だろう……」


 しばらく二人の様子を窺っていた所、二つの影は校門をくぐり、一直線に俺へと向かって歩いてきた。

 何事かと身構えると、見えてきた人影はこの学校の制服を着た男性達だ。

 

「おや、こんなところに祭り人がいるねぇ」


 小柄な金髪男が、柔和な笑みを浮かべながら言った。

 その言葉を聞いて、俺の背筋に怖気が走る。

 例に漏れず、この男たちもお面を所持している。

 

 つまり、この男たちも祭り人。

 

 近くまで寄ってきた男たちが、舐めるように俺の身体に視線を這わせる。

 

「おい。もしかして、こいつが例の転校生じゃないか?」


 金髪の隣にいる大柄な坊主頭が、低くつぶやくように言った。

 

「だろうね。見たことのない顔だし、祖父から訊いている特徴ともそっくりだ。全てにおいて当り障りのない容姿。そして何より――」


 言葉を区切った金髪は、口元を不敵に歪めた。

 

「身に着けているお面がそうだねぇ。ククッ」

「じゃあ、どうするよ。片付けておくか?」


 坊主と金髪の視線がねっとりと俺に絡みつき、居心地が悪い。

 

「そうだねぇ。彼の被るお面が百戒ひゃっかい面だとしても、何が起こるか分からないのが鬼神祭だ。潰しておくに越したことはないかもしれない」


 俺を置いてけぼりにして会話を弾ませている二人の間には、終始穏やかな空気が流れていた。

 まるで、これからゲーセンにいこうぜ、とでも言い出しかねない日常がそこにある。

 

「よっしゃ。じゃあ、いっちょ始めるか」


 坊主がネクタイを緩めて、ストレッチをするように腕を伸ばした。

 

「そう慌てない」


 金髪は俺に向かって人差し指を突きつけた。

 

「ところで君、名前は?」


 突然の質問に緊張が高まる。

 黙秘を考えたが、相手の力が知れない以上、下手な行動は却って事態を悪化し兼ねない。

 

「……い、伊勢俊いせしゅん

「いせしゅん、ね。一応は記憶しておくよ」


 ケラケラと笑い飛ばす金髪。

 背後の坊主も、手を打って下品に笑いあげた。


「いやぁ面白い。お腹が捩れて息ができないほどだよ」


 金髪は溢れでた涙を拭いながら俺を見やる。そして、再び声を出して笑い声を上げた。

 そんな馬鹿笑いをする二人を前に、俺は、

 

「……何が面白いのか理解できない」


 本当に理解できなかった。

 こいつらに笑われるような事は、何もしていないのだから。

 

「あっはっは……」


 笑いをやめた金髪は、むせたように咳込んだ。

 

「悪い悪い。君には全くもって面白く無い話だと思うよ。そんなお面をつけているんだからね」 


 金髪が一瞬、同情めいた表情を作った。が、それは一瞬の事。

 すぐさま口元を歪め、くくっと喉を鳴らして笑った。

 

 花梨も当初、金髪と似たような反応を示していたが、どういうことなんだ。

 俺は、ただただ首を傾げることしか出来ない。

 

「もしかしてだが、君はそのお面のことについて、何も知らされていないのかい?」

「……知らない」


 俺の返答を受けた金髪が大男を見上げて鼻で笑う。

 大男もそれに倣うように、白い歯をむき出して、にたりと気味悪く笑った。一々俺を小馬鹿にしているようで癪に障る。

 

「笑って申し訳ない。とても可愛そうで、笑わずにいられなかったんだ。許してほしい」


 言っていることが滅茶苦茶だ。

 俺が被る黒いお面の詳細を知っているようだが、こいつから情報を聞き出そうという気が失せてしまった。

 

 それにこの様子では正しい情報をくれるとは思えない。

 本来ならここから立ち去るところだが、それが叶わないもどかしさ。

 

「それはそうと、君は二年の転校生だよね?」と、金髪。

「……そうだ」

「鬼神祭のことについて、どのへんまで知っているんだい?」

「鬼神祭の行われる理由や、お面には願がかけられている、くらいだ」

「それは自分で調べたのかい?」

「日向というクラスメイトから教えてもらった」


 立て続けに質問をぶつけてくる金髪にうんざりさせられるが、本音を言えば、このまま質問を続けて欲しいところでもあった。

 確か鬼神祭は午後六時で終了だと聞いた。

 

 であるなら、あと数十分ほど時間を稼げば闘わずに済む――――のだが。

 

「ヒナタ?」

「そうだ。日向花梨という女子だ」

「ヒナタ、カリン……。あぁ。花梨ちゃんか」


 低く呟く金髪。

 

 表情も見下したようなものから一転、一切の感情が消えた。雲行きが怪しくなったことは明確であった。

 

 ――どうやら俺は返答を誤ったらしい。


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