藤木先生
学校が終わり、子どもたちはそれぞれに散らばっていく。ある子どもは友達と公園を目指し、またある子どもは気難しい顔で塾に行く。そんな中、1人足を弾ませながら歩く少年がいた。
少年が足を運んだのは閑散とした商店街だった。この辺は子どもも少なく、この時間帯はまばらにしか人がいない。店はところどころシャッターが下りており、営業している気配も無い。そんな雰囲気におよそ似つかわしくない程に気分を高揚させた顔の少年は、スタコラと店の前を駆けて行く。
少年は商店街の途中にある狭い路地へと入って行く。随所にゴミやらなんやらが落ちていて、危なかっしいことこの上ない。転ばないよう慎重に、だけど早足で。その内に、向こうの方に見慣れた屋根が見えてくる。
「よっしゃー!着いたー!」
叫びを上げながら、小さな門を通り抜け、古めかしい家屋の縁側の前に、少年は降り立った。
「もう来たんか。早いなぁ」
縁側の奥から、家の主がノッソリと出てくる。
「よー、藤木先生」
「よー、俊之……って昨日会ったばかりだっての」
軽く挨拶を交わした後、縁側に座った俊之に、藤木がお茶を持ってくる。
「プハー!先生のお茶っていつも旨いよ!」
「お前ぇ、毎回毎回それ言うなぁ」
クックッと喉を鳴らしながら、藤木も縁側に腰を落ち着ける。
「いや、ホントおいしいよ、コレ。茶葉が違うとか、そんなん?」
「言わねぇよ。わかんねぇだろうし」
先生はかなり謎に満ちている、と俊之は思っている。まさに不思議先生だ。実際、初めて会った時には何だか魔法のようなモノを見せられた。
「そうだ、トシ」
ふと懐を探りだした藤木を不思議そうに見ながら、俊之は考える。この人はどんな人生を歩んで来たのだろう。
「ほら、コレ」
「あ、昨日の鳥?」
何を感じ、何を思って生きているのだろう。
「よーく見てろよ」
世界には、自分の知らない事がどれだけあるのだろう。
「…ハッ!」
「わっ!」
そんな思考は、先生の掌から勢い良く飛び立った木彫りの鳥に掻き消された。