『少年』と『先生』
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「なー、先生。それ、何してんの?」
和を感じさせる家の縁側、座って煎餅をバリバリと頬張る少年は、隣の男の手元をじっと見る。
「んー?彫刻だよ、彫刻。鳥を彫ってんだ」
白い雲が彩る、紺の着流しを着た男は少年の問いに応じる。年の頃は三十から四十に見える。しかし、そんな見た目に意味の無いことを、少年は知っている。
「ははは、ヘタクソだぁ」
「なんだとォ、じゃあお前ぇは出来るのかよ。出来ねぇだろ」
まるで子どものような言い合いを交わす少年と男。雑草の綺麗に刈られた庭に、笑い声が響く。少年の好きな時間だ。
「でもさー、ソレって先生の仕事に関係あるの?」
「いや、無ぇけど……」
しばしの沈黙。
「はははははは!」
「ぶははははは!」
途端に、二人の笑い声があたりにこだまするかと思えるほどに鳴り響く。
「なんだよぅ、先生がマジメに彫ってるから何かあるなーって思ったのに!」
「そいつァ、俺はいつもマジメじゃあ無ぇってか⁉︎おいコラ!」
「だって俺が来た時は大体寝てるか食ってるかじゃん!仕事もいつしてるかわからないしさぁ!『もしかしたら先生って無職⁉︎』とか思っちゃうって!」
「俺だって仕事もしてるわーッ!ああもう面倒臭ェ!やめだ!やめ!」
男はそう言って、彫りかけの鳥とノミを庭に投げ出す。
「あーもう。お前ぇが言うから意欲が削がれたじゃねぇか」
「ていうか先生っていつ仕事してんの?」
これは少年の中では未だに謎である。仕事の内容を聞こうとしても、男は「まだ時期じゃねぇ」と言って教えてくれようとはしない。
「さあねぇ」
また、はぐらかされる。少年も、これ以上の詮索は無駄だと知っている。
無言で、二人は庭を眺める。雑草が刈られ、小さな池がある庭。一本だけ植わっている木は梅の木だ。周囲は住宅で囲まれている。
「さ、そろそろ帰んな」
男は少年の背中を軽く叩き、帰りを促す。空には橙色の雲が流れている。
「うん、明日も来ていいか?」
そう聞く少年の顔は、大人を慕う子どもの顔だった。
「ああ、また来な」
男は木の鳥を拾いながら、少年の目を見据える。
「明日までに仕上げるからよ」
少年はニッコリ笑って、「うん」と小さく答えると、門の先に見える路地へと踏み出す。
再び門の方を振り返ると、そこにはブロックの壁が立っているだけだった。