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掌草紙  作者: トニー
1/1

年重ね

一年の終わりと始まりに一つ。どうぞよろしくお願い致します。

 振り向くという行いに女々しさを思うのは、後ろめたさがあるからだろうか。


 今年最後の酒を飲み干して、富永は湿った息を吐き出した。十二月三十一日。取り置いていたボトルを無理に空けたが、酔いが頭の中をくるくると回っている。


 ことりと、小さな皿が目の前に置かれた。


 ぽってりとした黄金色。遅れて湯気立つ湯飲みを添え、女将は口元に薄い笑みを浮かべた。


「……栗金団」


「おせちには少し早いですけれど」


 唇をとがらせるのは、恨みがましいふりだろうか。


「年の瀬に、よく召し上がるんですもの。私のお正月が寂しくなってしまいます」


「誰かと一緒なら、気持ちも違うだろ」


「準備だけはしているんですけれど。待ちぼうけも、そろそろ焦れてきましたね」


 一段と皮肉を利かせた言い草だ。


 居たたまれなくて、富永は熱い湯飲みを傾けた。苦みがたつのは気まずさのせいか、彼女がそう淹れたからか。どちらにしろ、女の難しさを思い知らされる。


 塩気に汚れた箸先で、栗金団を崩す。彼女の手製だろうか。舌先に乗せれば、素朴な甘さがなめらかに解けていく。どちらかといえば控えめな味付けは、出会った頃と変わらない。毎年これを食べて正月を迎える自分を想像して、富永は苦笑した。


 後悔の多い自分だ。そうなるには、まだ器量が足りない。


「今年はどうでした?」


 面食らった。まったく、こちらの物思いを見透かしたように問うてくる。


 図星を突かれて、むっとするより苦笑が先立つのは、酔いのせいだろう。酔って鷹揚になれるのは、自分の数少ない長所だ。


「同僚が、上手いことやってさ」


 カウンターに肘をつく。


 湯飲みの水面へ目を落としても、濁った緑に自分の顔は写らない。せめて、情けない顔をしていなければいいと思う。けれど、自信はなかった。


「んで、祝いにみんなで飲んでな。おめでとうってさ、普通に言うんだよ。俺だけ、ちゃんと言えなくてなあ」


 長く息を吐いた。胸のつかえも一緒に吐き出せたなら、どれだけ楽だろう。


「そんなんばっかだよ、今年。みーんな先行って、どうしようもないのは俺だけ」


「誰だって、自分は小さく見えるものですよ」


「そんなもんかね」


 ボトルが空なのも忘れて、次の一杯を注ごうとする。追加を頼むよりも先に、伸びてきた手が空き瓶をかっさらった。富永が見上げるのも無視して、女将はそっぽを向いた。


 そっぽを向いたまま、彼女は言う。


「教えましょうか? 小ささを思わずに、年を越せるやり方」


 短くはない付き合いだ。何を言わんとしているのか、分からないではない。


 それでもあえて尋ねるのも、短くない付き合いで定まった、決まり事のようなものだった。


「教えてくれよ。どうしたらいい?」


「おだててくれる人を見つけなさいな。あなたと過ごす一年が幸せだったと言ってくれる人」


 それならきっと、自分を誇って一年を終えられるでしょう。


 澄まし顔の一言が、やけに憎らしくもどかしい。意味もなく栗金団を箸で崩しながら、富永はふいと余所へ視線を向けた。


「いるかね、そんな人」


「いますよ。そうして欲しいと、きちんと伝えられたなら」


「……来年は、そうできるようにがんばるよ」


「そうして下さいな。来年は」


 顔を見合わせて笑った。仕方がないんだからと、彼女はそんな風に言いたげな笑みだった。


 自分はどんな風に笑ったろう。富永は思った。


 ぴたりと、店も、街も、ほんの一瞬時間が止まったような気がした。かちりと、時計が最初の一秒を刻む。途端に、何もかもが新しく動き出す。


「今年もよろしく」


「こちらこそ。どうぞ、がんばって」


 ああ、と笑みと共に頷く。


 がんばるさ。富永は胸の中で呟いた。


 今年が最後を迎える日、自分のためだけに彼女が店を開かずにすむように。


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