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9 悪霊と寄付金

 その日の依頼を受けに冒険者ギルドに向かう道すがら、普通の冒険者よりもずっと早いペースで金が溜まってきたことで晶は冒険者にとっての必需品や旅に必要なものをそろえ始めようかとルリエルと相談し始めていた。

 元々彼は悪霊が多すぎるこの町(クァンルサス)に長くいるつもりは無く、ルリエルもまた今のこの世界(エル・ファルシア)がどうなっているのかを見てみたいと同調したのだ。

 さすがに二人――実質一人で旅に出るのは危険だが、町から出ている馬車の定期便に乗れば比較的安全かつ短期間で他の町へ行くこともでき、徒歩でも街道を使えば魔物との遭遇は最小限に抑えることもできる。街道に関しては最近は少し安全性が疑問視されているが、姿を見せるのはゴブサギ程度だという話であるため、選択肢には入れたままでもかまわないだろう。

 ともあれ、町を出るのはまだもう少し先だ。何も今すぐに決めなければならないというわけではない。

 あれやこれやと相談しつつ、晶たちは日の昇りきらない薄暗い早朝の道を急いだ。

 朝一番の鐘が町中に鳴り響く時、冒険者ギルドの営業が日中のものに切り替わるタイミングで依頼掲示板は更新される。毎日張り出されるタイプの依頼はこのタイミングで再び張り出されるのだ。

 今日こそ薬草採取依頼を受けることができるのではと思ってギルドの扉を開けた晶に、世の無常が告げられた。


「よう、アンデッドキラー。今日もちーっとばかし遅かったな」

「え、マジで?」


 入り口の清掃をしていたギルド職員が指差すカウンターのほうを見ると、小柄な少女が依頼を受けているところだった。

 頭の上でピコピコと動いているやや大きめの耳とお尻のところでゆらゆら揺れている大きなふさふさの尻尾は獣人族の証明だ。


「はいよ、今日もがんばってきな」

「はい、ありがとうございます」


 少女らしい朗らかな笑顔で青みががった髪を揺らし、彼女は冒険者ギルドから出て行った。

 横を通り過ぎるときに覗き見た少女は、晶の目には日本だとまだ中学に入るかどうかといった年齢に見えた。ただ、ルリエルから聞いた話では獣人族は比較的成長が早いため、見た目の年齢よりも幼いかもしれなかった。


「今のがそうなのか? まだ子供みたいだったが……」

「金が必要なのは大人も子供も関係ないしな。薬草採取くらいならあのくらいの年齢でも十分できる……というか、あの子は薬草採取にかけてはエキスパートだ。少なくともこの町であの子に敵うやつはいないな」


 それほどかと驚くと同時に、晶は納得もしていた。

 この世界は日本とは違って子供を保護するような法律はほとんどない。子供だから働かなくてもいいという理屈はこちらでは通用しないのだ。ならば、必要に迫られれば子供でも必要な知識を手に入れて仕事に励むことも普通なのだろう。

 それは同時に彼女が奴隷(商品)として狙われやすいということでもあるが、奴隷自体は一部を除いて認められていないためおおっぴらに狙われることは少ない。それに彼女はこの町の冒険者ギルドではかなり有名な存在だという。少なからずネームバリューがある者を狙う度胸がある奴隷商人はそうはいない。犯罪に手を染めたことが露見しやすくなるからだ。

 それでも、晶はその少女に危なっかしいものを感じて心配になっていた。孤児院で面倒を見ていた年下の子供たちとあの少女がダブッて見えたのだ。心配するなというほうが無理だった。


「町にいる間くらいは時々様子を見るか」

『ん、アキラは面倒見がいい』

「こんなの、ただの自己満足だ」


 少女がどこで薬草を採取しているのかはわからないが、帰り道にばったり会えるかなといった程度の気持ちで晶は少女が向かった方向と同じ方向で出没しているアンデッドの討伐依頼を受けた。




 危なげなくホロゴーストから衣を剥ぎ取ってホクホク顔で冒険者ギルドへの道を歩いていると、珍しいものが目に留まって晶はその場で立ち止まった。

 視線の先には白色を基調とした、いかにもな雰囲気を持つ華美な神官服を身にまとった男が高級住宅を思わせる佇まいの家に訪問しているところだった。


「あれって光神教会の神官ってやつか?」

『ん、一般の神官じゃなくて役職持ちだと思う』


 光神教会はこの世界を作ったとされる神、《ティクヌー》を崇める団体である。ルリエルが生きていた千年前にはすでに強大な影響力を持っており、聖人や聖女を認定するほどの権限を世界各国に認めさせている。

 その基本教義は《人間たちに平等を、魔人族には滅びを》という世界の敵である魔人族にとっては苛烈な内容だが、この世界で暮らす人間にとっては当たり前でありながら是非とも守られてほしい内容だ。こんなものを唱えるくらいにはこの世界にも差別が存在するのかもしれない。

 教会の主な役割は三つ。一つは教義を広めること。一つは聖人や聖女たちを守ること。そしてもう一つが、悪霊から人々を守ることである。

 かつては教会にもそれなりに霊感のある者たちがいたそうだが、クァンルサスの惨状を見る限りでは今の教会にそういった者たちがいるとは晶には思えなかった。

 だが、教会は決して仕事をしていないわけではない。


「あの家、悪霊が憑いてるな。しかもそこそこ力が強い」

『あのおじいちゃんたちに頼まれて倒しに来たみたい』


 神官の男は老夫婦から話しを聞いて、悪霊退治の準備を始めたらしい。身の丈ほどもある大きな杖を掲げて神官が神への祈りを捧げ始めた。

 杖を通して神官の体が淡い光に包まれていく。それはこの世ならざる存在を許さない浄化の光だ。


「……あれは、神の力だな」

『知ってるの?』

「一応、知り合いに神様がいたからな。同じような力を使ってるのを見たことがある」

『すごい……さすが異世界』


 ルリエルは素直に受け止めたようだが、果たしてあのセクハラ神をこの世界を作ったという神と同列に扱っていいのか晶にはわからず、曖昧な顔を浮かべるしかなかった。


「あの光に触れたら、多分お前でも消滅するだろうな。近づかないようにしろよ」

『う……わかった』


 ルリエルが少し顔を青ざめさせて身震いする。これだけ離れていてもあの光に潜在的な恐怖を感じているのかもしれない。

 この世ならざる存在というのは悪霊のみならず、普通の幽霊にも当てはまってしまう。それは守護霊や背後霊のように相手を守り、加護を与えるような存在であってもそれが幽霊である限りあの光は天敵となる。

 あの浄化の光を受けて平気なのは、せいぜい聖霊と神霊くらいだろう。神霊は文字通り神であるから効かないのは当然として、聖霊はこの世にいることを許された存在だからだ。

 晶の力が通用したことを考えると、あの光ならばアンデッドにも十分有効だろう。


「我らが神、ティクヌーに願い奉る。かの地を穢せし邪悪な御霊を、その清き力で消し去りたまえ。慈悲の極光は神の雫(アル・ファナティア)ッ!」


 光の奔流が悪霊の取り付いた家へと流れ込み、瘴気を一気に浄化していく。その勢いはすさまじく、まるで泥水が強力な水圧で押し流されていくかのようだった。

 やがて光は収まり、神官の男は小さく息をついた。


「これでもう大丈夫ですよ」

「あぁぁ、ありがとうございます、神官様」

「今回もわざわざお越しいただいて、本当にもう……」

「いえいえ、これも創造神ティクヌーに仕える者として当然のことです」


 老夫婦は何度も神官に頭を下げる。それだけ感謝をしているということだ。

 やがて、老人が懐から一つの皮袋を取り出した。金属のこすれる音が聞こえることから、おそらくお布施のようなものだろうと晶は当たりをつけた。


「こちらはいつもの寄付金にございます」

「確認しましょう」


 皮袋を受け取った神官は中を確認していき、やがて小さく、けれども満足そうに笑みを浮かべた。

 ルリエルは何か言いたそうにしていたが、まだその時ではないと晶は判断した。やるならあの神官が立ち去った後でも遅くはない。


「……確かに受け取りました。それではまた悪霊に取り憑かれるようなことがありましたら、いつでもお呼びください。私たち光神教会は悪霊の存在を決して許しません」


 そう言って神官の男は豪奢な神官服を翻して立ち去ろうとした。

 それを止める声がなければ。


「ま、待ってください!」


 その幼い声に振り向いたのは神官だけではない。晶たちもまたその声に振り向いていた。

 神官の男を止めたのは、薬草採取依頼を受けていたあの獣人の少女だったからだ。これには晶もどんな偶然かと運命を疑わずにはいられなかった。

 少女はその整ったあどけない顔立ちを歪め、今にも噛み付かんばかりに神官を威嚇していた。


「……やれやれ、また君ですか」


 神官がうんざりとでも言うように首を振る。その様子を見る限り、こういったことはこれまでにもあったことが窺える。


「なんでまだ悪霊がいるのに、それをほうって帰っちゃうんですかっ? 悪霊を倒せていないんだから、そのお金をおじいさんたちに返してください!」


 さすがに晶は驚きを隠せなかった。彼女の言ったとおり、あの家に取り憑いた悪霊は倒せていない。先ほどの光は悪霊にかすりもせず、瘴気を浄化するに留まっていたのだ。

 だが、それがわかるということは、彼女もまた幽霊を見ることができるだけの霊感を有しているということだ。こんなところで同類に会えるとは思ってもみなかった。


「あの……神官様、悪霊を倒せていないとは、どういう……?」


 老婆が困惑を隠しきれない様子で神官に尋ねる。しかし、神官の面の皮はその程度では揺らがなかった。


「はは、嘘はいけませんよ。悪霊は確かに、私が神のお力をお借りして消し去ったのですから」

「でもっ、あの悪霊は今もあそこにいるじゃないですか!」

「神の力に抗える悪霊などいはしませんよ」

「悪霊に当たってないんじゃ倒せないじゃないですか! もっとちゃんとやってくださいっ!」


 神官の嘘に少女が噛み付き、けれども神官は表情を変えずに口を開く。迷える子羊を導くかのような、慈悲深さを感じさせる顔のまま。


「……どうやらあなたは悪い教えを受けているようですね。これは、じっくりと調査が必要なようだ」

「あ、あの、神官様。相手は子供ですので、どうかご容赦のほどを……」


 淡々と語る神官の様子を見て、晶は背筋に寒気を感じた。


「これは、ちょっとまずいかもしれないな……」

『まずい?』

「このままじゃあの子、消されるかもしれない」


 その残酷な予測にルリエルは息を呑んだ。

 晶が口にした消されるという言葉には、文字通り殺されることと、社会的に姿を消すことの二つの意味が込められていた。もちろんこの場で殺すということはないだろうが、どちらにせよ表社会に戻ってくることはできないのだから同じだ。

 もう一つの消されるにしても、命があったとしても少女の尊厳は踏みにじられ、ボロ雑巾のように擦り切れて死んでいくことになるのは疑いようがなかった。あの少女を見る神官の目には、そういった好色な視線が少なからず混ざっていることに晶は気づいていた。

 あまり目立つようなことはしたくなかったが、ここまで運命が重なった相手を見捨てるつもりはもう彼にはなかった。


「おいお前、いつも薬草採取依頼を持っていくやつだな?」


 駆け寄ってきた晶は少女と神官の間に割り込み、少女に話しかける。

 神官は突然の乱入者に少し毒気を抜かれ、少女のほうは困惑していた。見知らぬ相手にいきなり話しかけられれば無理もないが、今回彼女を助けるには少々無理のある内容でも絡んでいくしかなかったのだ。


「え、あ、あの……えっと?」

「いつもいつも俺より先に薬草採取依頼を持って行きやがって、前々から色々言いたいことがあるんだ。ちょっと付き合ってもらうぞ」

「え、あ、ちょ、ちょっと!?」

「……勝手をされては困りますね。その子には色々と聞きたいことがあるのです。誰かは知りませんが、教会の邪魔をするというなら――」


 少女の細い首に腕を回して連行しようとすると少女を連れて行かせまいと神官が声をかけてくるが、晶にも彼女を神官に連れて行かせるつもりはない。ここで引いてはわざわざ目立つ真似をしてまで出てきた意味がないのだ。


「こっちには冒険者同士のケジメってやつがあるんだよ。すっこんでろ」


 晶は肩越しにできるだけ凄んでみせ、神官とにらみ合う形になる。

 なまじ美人であるだけにその鋭い眼光は、争いに慣れていないであろう神官を威圧するのに十分なものだった。

 神官が威圧感に負けてのどを鳴らした時点で、勝敗は決していた。


「……どれだけ美しかろうと、やはり冒険者は冒険者ですか。野蛮な行為はほどほどに慎んでくださいよ」


 そう言い捨て、神官の男は去っていく。


「あ、ちょっと、まだ話が――」

「話は俺としようか、ええ?」

「うっ……で、でも……っ」


 少女は去っていく神官の背中を追いたそうに見つめていた。晶が首に回している腕を外したらすぐにでも追いかけて再戦が始まるだろう。そうなれば今度こそこの子は消されてしまうかもしれない。


「……悪霊のことは後でなんとかしてやる。だから今は俺について来い」

「え……?」


 少女は晶が何を言っているのかわからなかったかのように一瞬呆けた声を漏らした。少女の気持ちは彼にも十分理解できる。何せ、ついさっきまで自分もそうだったのだから。


「ルリエル、今日片付けたところまで頼む」

『ん、わかった』


 ルリエルは頷き、晶のそばから離れていく。あまり離れすぎるとこれからすることがうまくいかないため、距離には気をつける必要があった。


「迷惑かけたな、じーさん、ばーさん」


 それだけ言って晶は困惑げに獣耳を動かす少女を引きずって去っていった。後に残されたのは、何がどうなっているのかさっぱりわからないといった様子の老夫婦と、悪霊がいなくなった一軒の家だけだった。

老婆「あたしがヒロインじゃ!」

晶「ばーさん、無理すんな」


やっと二人目のヒロイン登場。

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