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7 突きつけられる現実

「よぉ、アンデッドキラー。今日も好調みたいだな」

「んー、ぼちぼちだな」


 冒険者となって一週間が過ぎ、ホロゴースト以外にレイスやゾンビといったアンデッドに手を出し始めた晶の呼び名は完全にアンデッドキラーで定着していた。

 レイスはホロゴーストと同様に半実体を持ち宙に浮かぶ骸骨の上半身とも言うべき魔物だが、ゾンビは腐敗した死体に憑依した悪霊が魔物化した存在である。つまり、ちゃんとした肉体があるといっていい魔物だ。

 だが、アンデッドという括りにあるため一度挑戦してみたところ、拳の一振りであっけなく倒すことに成功してしまっていた。ゾンビの体は依代ではなく霊体が実体化したようなものに変異しているらしく、晶の能力がホロゴースト以上に効果的だったのだ。使い慣れない剣のみで戦うとそれなりに苦戦したことからもそれは確実だといえる。

 ちなみに、彼は腐った死体を素手で殴ることに対する嫌悪感はそれほど感じていない。日本にいた悪霊にも少なからずゾンビのような見た目のものがおり、それを日常的に殴り飛ばしてきたのだ。その腐臭や感触も彼にとってはすでに慣れたものでしかないが、戦闘後はお湯とアルコールで消毒する羽目になるためなるべく受けないようにしていた。

 数人の冒険者たちと挨拶を交わし、依頼の報告を終えた晶はふと掲示板の前で足を止めた。


「今日も無かったな……」


 実は初日以来、彼は毎日薬草採取依頼がすでに取られていることに肩を落としながら他の依頼を受けていた。最初に受けてみようと思っていた依頼だけあって一度はやってみたいと思って、若干意固地になっているのだ。それはおそらく一度やれば満足する程度のものでしかないが、朝一で見に来てもその依頼にめぐり合えたことは無かった。なんでも毎回同じ人が持っていくらしく、晶はその人物に若干興味がわいていた。

 とはいえ、今はもう夕方である。その人物と意図的に遭遇するには深夜から張り込むか、夕方まで張り込むか、どちらにせよ張り込むしか方法が無い。そこまでして会いたいというほどの興味は、まだ彼には無かった。


「待ってたぜ、アンデッドキラー」


 冒険者ギルドを出ると、すぐに晶に野太い声がかけられた。冒険者になってから毎日聞いている声だけに、誰かはもうわかっている。


「……またお前か、ガゾロフ」


 若干うんざりした様子で晶が応える。この大男は初日に投げ飛ばされた冒険者だった。

 晶が本当に男なのか確かめさせろと毎日しつこく迫ってきては投げ飛ばされているが、内心実はドMの変態なんじゃないかと晶は嫌な考えがよぎり始めている。今日の用件もまったく同じなのはもはや疑いようも無かった。


「今日こそはお前の性別を確かめさせてもら――」

「断るっ」


 お約束どおり、晶に掴みかかったガゾロフの巨体が宙を舞った。手加減をしているため、地面に叩きつけられてもほとんどダメージはない。


「うぅ……あの細腕で、どうすりゃこんなに投げ飛ばされんだ……?」


 一週間の間ずっと続く疑問に首をひねるガゾロフを、晶はどうすれば絡まれなくできるかに頭を悩ませていた。こうも毎日突っかかられるのは面倒なのだった。


(いっそ脱いでみせるか? ……いや、それで変な性癖に目覚められても困るな。ここで脱ぐわけにもいかないし……でも、そうだな……服を脱いでもおかしくない場所なら……)


 脳内で即興のプランを組み上げ、悪くない手だと判断する。晶の考えがうまく行けばガゾロフももう確かめさせろなんて言ってはこなくなるはずである。


「……おい、ガゾロフ。そんなに確かめたいんだったら、ちょっと俺に付き合え」




「ここは……」


 晶とガゾロフの目の前には、ある大きな施設があった。屋根の上にあるいくつもの煙突からは湯気が立ち上り、施設の入り口からも少しむわっとした空気が漏れてきている。中から出てくる者たちは一様にしっとりと髪が濡れ、その手には濡れたタオルが握られていた。

 そう、ここはクァンルサスにある唯一の公衆浴場である。

 町の大きさに反して一箇所しか存在しない公衆浴場ではあるが、その規模は他の町にあるものよりもずっと大きく綺麗で評判だという。これは先日、晶が冒険者の一人から教えてもらった情報である。

 これまでは宿でお湯とタオルを借りて拭くだけで我慢していたが、日本人とは基本的に風呂に入る習慣を持つものだ。風呂があるならば入りたいと思うのは当然だった。風呂付きの宿もあるにはあるが、宿泊費はその分一気に跳ね上がる。一般家庭にもそれなりに普及し始めている風呂だが、この世界ではまだまだその敷居は高いのだ。


「ここでなら俺が男だってこともすぐ納得できるだろ」

「あ、ああ、まあ、確かにそうだな」


 当然ながら男湯と女湯に分かれているため性別の詐称はできず、女湯に男が突入するのは立派な犯罪である。その逆もまた然り。

 意気揚々と中に入った晶の目に入ったのは、なぜか日本の銭湯そっくりの番台だった。わけがわからず目が点になって固まってしまう。


「……らっしゃい。銅貨三枚だよ」


 銅貨三枚、決して高いわけではないが、さりとて安いわけではない。これは一回の軽食と同等の価格であり、一般家庭では毎日入るには厳しいくらいには結構いい値段である。入りに来る一般家庭の人間は一週間に一度くらいと多くは無いが、一定以上に稼ぐことができている者たちで自分の家を持っていない、あるいは風呂がないという者たちはそれなりに高い頻度で入りに来ている。これには冒険者も含まれる。

 この世界の貨幣は銅貨、銀貨、金貨、聖銀(ミスリル)貨、神金(オリハルコン)貨の五種類が存在し、それぞれ国ごとにデザインが異なる貨幣を発行している。これは国ごとに経済状況や物価が違うためであり、他国と交易を行うことによって経済の活性化を促すためである。

 晶は糸のように目が細い番台の老婆に言われたとおりの金額を払って、男湯と書かれた通路へ向かおうとした。


「そっちは男湯だよ」

「俺、男なんで……」

「……そうかい」


 老婆はそれっきり、晶を引き止めなかった。なんだかとたんに居心地が悪く感じてしまうのも仕方が無い。

 入り口からは見えないように曲がりくねった通路を抜けると、そこにはまたしても日本の銭湯を思わせるロッカールームが広がっていた。その機能性あふれるデザインは現代日本のそれを思い起こさせ、ある程度のセキュリティを有していると見受けられる鍵がついていた。

 もしかしたらこの銭湯は自分のように異世界から落ちてきた誰かの手が入っているのかもしれないと一人で納得し、晶は久々の湯船への期待に胸を躍らせながら空いているロッカーの前へ移動した。その隣には当然、ガゾロフもいる。

 晶がこのロッカールームに現れたとき、そこにいた男たちは内心でうろたえていた。突然美少女が乱入してきたのだから当然だが、みんなすぐに公衆浴場の職員かと勝手に納得していった。この公衆浴場では定期的に女性職員が風呂の清掃のために姿を見せることがあるのだ。それで治安は大丈夫なのかと疑問に感じることは無い。ここでは怖い番台さん(老婆)が常に目を光らせており、のぞきはもちろん、そういった犯罪行為はすべて未然にしょっ引いていくのだ。

 ところが、彼らのそんな安心感も晶が服を脱ぎ始めたことで一気に崩れ去ることとなった。この世界のものとは明らかに様式が異なる服だが、それが一枚、また一枚と減っていくことで彼らの動揺はどんどん大きくなっていく。


「フフンフフンフンフン~」


 そんなことは露知らず、晶は鼻歌を歌いながらすでに和服の下着ともいえる襦袢に手をかけていた。久々の風呂に警戒心が薄れ、すっかり気が抜けていたのだ。

 ガゾロフはその光景に思わずのどを鳴らしてしまいそうになるのを我慢するので必死だった。それは周囲にいる彼らも同様だ。

 どこか背徳的なものを感じるような期待の中、襦袢が取り払われると男たちはどよめきを抑えきれない。

 だが、それは次の瞬間に哀れな男たちをこの世の現実を突きつけて叩き落すために神が用意した布石に過ぎなかった。


「「「嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」」」

「な、なんだあ!?」


 動きやすいからという理由で愛用しているボクサーパンツそっくりの下着を取り払うと周囲から阿鼻叫喚が巻き起こり、晶は思わずその場で跳ね上がってしまった。

 しかし、すぐに状況を理解するとタオルを片手にさっさと風呂場に向かってしまうことにした。いつまでも付き合っていたら公衆浴場の営業時間が終わってしまうからだ。

 残酷な現実に絶望しているガゾロフを含む哀れな男たちをその場に残して晶は去っていく。そして、風呂場でも再び同様の騒ぎを起こすのだった。




 湯船につかる晶は久々の風呂をそれなりに堪能しながらも、どこか憮然とした態度だった。

 それもそのはず、彼は正真正銘の男であるはずなのに、胸元までタオルを巻いて風呂に入ることを強いられていたからだ。実際にはやんわりと真摯にお願いされただけだが、その申し訳なさそうな紳士的な青年の態度に折れざるを得なかったのだ。


「……まあ、いつまでも苛立ってても仕方ないけどな」

『ん、お風呂で怒るのは良くない』

「んで、なんでお前も一緒に入ってるかね? それもご丁寧にタオルを巻いて」


 晶はぴっとりと背中合わせになって湯船につかっているルリエルにいぶかしげに声をかけた。幽霊が風呂に入ったところで湯の温度を感じることもできず、かといって汚れが落ちるわけでもない。入る必要自体が無いのだ。

 悪霊を警戒しているのかといえば、ここに限って言えばそれは無い。世俗の穢れを落とす禊場としての意味合いを少なからず持つ風呂は、悪霊にとって非常に居心地の悪い空間である。事実、この場にいるのはルリエルを含む数人の幽霊だけであり、晶は久々に悪霊を気にする必要の無いという意味ではとてもリラックス状態にあった。


『アキラを通してお湯の温かさを堪能してる』


 確かにお湯そのものの温度は味わえなくとも、お湯で温まった晶の体温を感じることで擬似的に風呂に入っている気分を味わっていた。別に服を着たままでも濡れるわけではないが、こういうものは気分である。


(変なことをしてこないなら、別にいいか……)


 風呂に入っているせいかどこか色っぽい吐息を漏らしながら、晶はあまり気にしないことにした。幸い広い湯船は十分なスペースがあり、彼の周りは多少ゆったりと使っても問題が無いくらいには空いていた。それに、お互いにタオルを巻いているせいで服を着て背中合わせになっているのとあまり変わらなかったのだ。これが素肌同士だったらさすがに止めていたに違いない。

 その光景の周囲では他の男性客たちが、女にしか見えない彼の肢体に居心地の悪さを感じて彼の近くには行かないという暗黙のルールができつつあった。別に近くにいても何も問題は無いのだが、無防備な姿をさらす女性同然の彼と同じ湯船につかることに気まずさを感じるのだ。胸元までタオルで隠したことでよりそれが顕著になってしまったのは、それをお願いした紳士な男にとっても予想外だった。彼は必死に晶のほうへ視線を向けないように努力している。幸いなのは、晶が湯船の隅のほうにいたことだろう。

 新しく風呂場に入ってきた男性客が湯船につかる少女の姿()に驚き、他の男性客から軽く話を聞いて納得し、暗黙のルールが徐々に広まっていく。それを知ってか知らずか、晶はぼんやりと天井を見つめていた。


『うはぁー! パン屋のホロディン×肉屋のギルラルとか超私好みじゃないですかっ!』

『こっちはマッチョ×ショタっ子とか、そんなのアリなんですかっ!?』

『どこを見てもお宝じゃないですか! やっぱり男湯は最高ですぅうううううっ!!』

(どこにでもいるんだな、ああいうの……)


 晶にとっては銭湯で見られる当たり前の光景に、すっかり心癒されていた。

 のぞき魔の悪霊というのは存外に少ない。悪霊が風呂場を苦手にしていることもそうだが、死んで肉体を失っても性欲を強く残している幽霊自体珍しいからだ。逆に、個人的な趣味嗜好であるBでLなものを好むある意味で腐った幽霊はかなり多い。別に彼女たちは悪霊でもないのだから当然だ。


(平和だなぁー……)


 晶はいろいろな意味で間違っているはずの空間で、つかの間の安息を心行くまで堪能するのだった。

野郎共「「「嘘だっっ!!」」」


だが男だ!

ある意味この作品で一番書きたかった話。

もっと短くまとまるかと思っていたら、通常の話と変わらない長さに……。

閑話とか短編扱いにするには(野郎共の受けた)衝撃が大きい話なので一応本編扱いにしました。

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