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4 異世界の幽霊事情・1

三が日最終日。

 ルリエルの知識を一部共有したことでこの世界の言語を理解できるようになり、町の住人を相手に軽く情報収集を行うことでこの世界で生きていく上で必要そうなことがわかってきたが、余裕が出てきたことで晶は気にしないように努めていたことが気になるようになってきていた。


「……この町、悪霊多すぎないか?」

『ん、確かに多い……前はこんなこと無かった』


 相変わらず眠そうに見える目をしたまま淡々と告げるが、その言葉で千年前からこうだったわけではないことがわかる。

 こうしている間も晶たちのそばをまた一体の悪霊が瘴気を撒き散らしながら通り過ぎていった。普通の幽霊もそこそこ見られるが、それにも増して悪霊の数が多すぎる。

 数少ない救いはこの悪霊たちの力が弱いことと、晶が悪霊に襲われないための方法を実践しているということだ。

 悪霊に限らず、幽霊は自分を視認することができる存在に興味を持つ傾向がある。それが生きている人間ならばなおのこと。

 ただ、相手に見られていることを証明する方法はとても限られている。それは視線を感じることと、相手の目の動きだ。眼球の動きを見ればその者がどこを見ているかはなんとなくわかるため、幽霊たちは相手の目に注目する。

 対処法は唯一つ、幽霊に焦点を合わせないこと。

 幽霊が目の前を素通りしても、その向こうに透けて見えるものに焦点を合わせていれば意外と見えていることに気づかれないのだ。

 幽霊たちは自分の存在を認識できる者以外には意外と興味が薄く、晶が隣にいるルリエルと会話をしていてもそれは彼の独り言にルリエルがそれっぽく言葉を合わせて遊んでいるだけと見られる。独り言の内容に彼らは興味を持たず、次々に素通りしていく。そのおかげで二人はこうして堂々と会話をすることができているのだった。

 とはいえ、自分の意思で霊体に直接触れることができる晶としてはかなり冷や汗ものの行為である。

 この特性はオンオフが可能なものではあるが、何かの拍子にうっかりそこいらの幽霊に触れてしまうと連鎖的に晶が幽霊を見れることがほかの幽霊にもばれる可能性があった。こんな真昼間から衆目の多い街中でそんなことになれば、あっという間に気の触れた変人という目で見られることになるのは目に見えていた。


「教会の連中は何をしてんだ? この世界じゃあいつらの仕事なんだろ?」

『そのはず。教会がなくなったわけじゃないみたいだけど……』


 ちらほらと見かける聖職者と思われる者たちはその教会の人間である。悪霊と戦う部署ではないのだろうが、聖地とも呼ばれるような場所が悪霊だらけというのは明らかにおかしなことだった。


「もし幽霊が見えるくらい霊感のあるやつが教会にいないんだったら、この惨状も納得だけどな」

『ん、確かに』


 この町限定であることを祈るが、悪霊天国とも言える町の惨状は晶が暮らすにはかなり厳しいものだった。


「こりゃさっさと冒険者ギルドとやらのところに行って金を稼がないと精神的に参っちまう。こんなひどいところで野宿とか絶対にごめんだぞ」


 ライフラインが整っているのか別に道がひどく汚れていたり不潔だったりということはないが、こうも瘴気がばら撒かれていてはあまりの不快感で気がおかしくなってしまいそうだった。

 いっそこの町の悪霊を片っ端からぶっ飛ばしてしまおうかという思考がよぎるが、総数を数えるのも馬鹿らしくなりそうな数を相手に一人で立ち向かうのは無謀でしかない。日本にいたときでさえ百に届かない程度の悪霊の群れを相手に戦う際は相応の苦戦を強いられている。体一つでの肉弾戦しかできない彼では群れを相手取るのは相性が悪いのだ。

 幸い、すぐそばにある神護の森の神聖な空気のおかげで瘴気は町にばら撒かれるたびに浄化されていっている。そうでなければこの町はすぐに人が住めない魔境になっていただろう。

 惨状から目を逸らすように気持ち歩く速度が早くなるが、冒険者ギルドにたどり着いたからといって確実に金を稼ぐあてができるわけではない。

 晶は悪霊との戦闘経験は数え切れないほどあるが、それは神器である巫女服の防御力ともろい霊体に対して遥かに強度で勝る肉体で攻撃できるというアドバンテージがあったからこそ可能だったものだ。魔物との戦闘経験が無いどころか見たことすらないのではどれだけ通用するのかもわからず、そもそも武器となりそうなものが自分の肉体しかなく、武器を買うどころか食べ物を買う金もないのが現状だ。

 そんな自分でも稼ぐことができるものがあるのかどうか、それは実際に冒険者ギルドにたどり着かなければまったくわからないものだった。




「おぉぉ……っ」


 《冒険者ギルド・クァンルサス支部》と書かれたしっかりした作りの大きな建物の中に入った晶は、思わず感嘆の声を上げた。

 現代日本に住んでいてはなかなかお目にかかれないような武器や防具に目が行くのは当然だが、普通の人間だけではなく獣耳や尻尾の生えた人間から二足歩行する獣同然の様々な者たちの姿により強く惹きつけられていた。事前にルリエルからそういった種族の人間がいると聞いてはいたが、町の中では悪霊のことで気が滅入ってそれどころではなかった上にろくに姿を見かけなかったのだ。

 この世界で暮らす人間は地球のそれとは少々区分が異なっている。

 地球で一般的に人間といわれるタイプの見た目を持つ種族は《人族》と呼ばれており、剣に魔法にと苦手な分野があまり存在しないオールラウンダーな種族である。

 獣耳の特徴を持つ種族は総じて《獣人族》であり、身体能力の高さを生かした狩猟を得意としている。

 この場にはいないようではあったが、ほかにも鍛冶を得意とするドワーフや、森の守護者という呼び名を持つエルフといったファンタジー作品ではおなじみの種族も存在しており、このエル・ファルシアにおいてはこれら四種族を一括りとして《人間》と呼称している。

 フィクションの中でしか見たことの無いものに遭遇するというのは、ある種の感動を呼ぶものである。晶のその感覚は普通の人が実際に幽霊を見た際に感じるであろうものと同様のものだった。違うのは恐怖を感じるような先入観の有無くらいだろう。

 見た目は完全に狼にしか見えない頭を持つ獣人族は初見だと一瞬とはいえ驚きを禁じえなかったが、それが酒を飲みながら仲間と思われる者たちと楽しそうに喋っているところを見ると彼(彼女?)も人間なのだなと感じていた。


「すごい、酒臭いな……」

『ん、このあたりは千年前と同じ』


 千年経っても変わっていないというのは進歩が無いととるべきか、この空気が大事にされているととるべきか悩むところである。

 建物の中は見た目同様広い作りになっているが、そのいくらかは区切られて酒場のスペースとなっている。そこでは冒険者たちが当然のように酒を飲みながら己の武勇伝を語っているのが見えた。


『でも、みんな酔いつぶれないように気をつけてる』

「へぇ、そうなのか?」


 冒険者たちはギルドにいる間、いつおいしい依頼が張り出されてもすぐに飛びつけるように酔いは最低限に抑えるのが不文律となっている。こうして見る限り、ルリエルの知るその不文律は今も受け継がれているらしいことは泥酔している者が一人も見えないことからも確からしい。

 時折喧嘩に発展しそうな不穏な空気が流れることもあるようだが、そこは血気盛んな冒険者だからと諦めがつく部分だろう。

 話に聞いていた依頼が張り出されている掲示板に足を向けると、周囲にいた冒険者たちの注目が晶に集まっていく。そもそも冒険者たちは彼が男だということを知らないのだから、見慣れない服装をした見目麗しい美少女に興味を引かれるなというほうがおかしいのだ。それに、武器の一つも身につけている様子が無い彼の姿はとても無防備に見え、何をしに冒険者ギルドへやってきたのかという興味も冒険者たちにはあった。

 酒の臭いと冒険者たちの好奇の視線を押しのけながら数人の冒険者が内容を吟味している掲示板の前にたどり着いた晶は、その依頼の多さに若干腰が引けていた。

 《アグリル街道に出没するブラッディボアの討伐》、《東門北東の森林に発生したキラープラントの駆除》、《ファスタニール元侯爵邸跡地に集まったレイスの群れの討伐》、《クリス・ファラまでの商隊護衛》、《急募、ホーンウルフの角》、《エスタンブリク鉱山に棲みついた盗賊の捕縛》などなど、ほかにも様々な冒険者向けの依頼が張り出されている。だが、晶のお目当てはそこではない。

 この掲示板には冒険者向けの依頼のほかに、ギルドに登録していない者でも受けることができる公募依頼というものが張り出されているのだ。これは取り急ぎ金が必要になった未登録者への救済措置のような扱いで用意されているものであり、無一文の晶にうってつけといえた。

 しかし。


「見事に何も残ってないな……」

『きれいさっぱり』


 子供の小遣い程度にしかならないものの毎日張り出されている薬草採取がお勧めだと聞いていたが、それももう残っていないことに晶は落胆を隠し切れない。ルリエルが薬草を見分けることができると聞いてあてにしていただけに出鼻をくじかれた形となってしまった。薬草採取は見分けさえできれば子供でもできるため、すでにそういった子供が持っていってしまったのだろう。

 ほかの依頼に関しては晶と同じように金に困った者が多いのか、そもそも仕事自体が無いのかは判断がつかなかった。

 ギルドに登録すれば依頼はあるが、登録するには武器を使用した戦闘試験と登録料が必要になるためその手段は取ることができない。明日を待てば薬草採取依頼が再び張り出されるが、それでは今日中に金を手に入れることができない。冒険者用の依頼にしても、討伐系は確認が取れてからの支払いになるため即日に得られるかはわからないと聞いている。

 残る手段は袖の内側に仕込まれているいくつかの物品や巫女服そのものの売却しかないが、命綱ともいえるそれらを売り飛ばしてしまう踏ん切りをつけることはできそうに無かった。


『……あ。アキラ、あれ』

「あれは……買い取り一覧表か?」

『ん、魔物から手に入る素材がたくさん』


 ルリエルに指を指されて気づいたそれは、冒険者ギルドが直接買取をしている物品一覧表だった。

 その買取額はまちまちであり単価は依頼の報酬よりもずっと安くはあるが、入手が困難なのか中には依頼を一つ受けるのと変わらないような価格のものも見られた。


「なあ、この中に幽霊の魔物の素材なんてのはあるのか?」

『ん、ある』

「え、あるのか?」


 駄目もとで聞いたつもりだった晶だが、ルリエルがあっさり肯定したのに驚いて思わず聞き返してしまった。

 ルリエルによると、魔物には二種類の発生方法が存在している。一つは突然何も無い場所に突発的に発生するもの。もう一つは、既存の存在が変異するものだ。なぜこのような発生のしかたをするのかはまったく解明されていないが、既存の存在に当てはまるのは何も生物だけではない。

 この世界では悪霊の存在が認知されているが、そのもっとも大きな理由が魔物化した悪霊(アンデッド)の存在である。

 アンデッドは通常の霊体と違って霊感のない普通の人間でも視認することができるようになり、効果は薄いとはいえ何の魔法効果も属性もついていない物理攻撃でも倒すことが可能になる。これは魔物化することで半実体化しているがゆえであり、逆に言えばアンデッドは霊体でありながらポルターガイストを介さずに直接生者へ物理攻撃することができるということでもある。

 半分とはいえ実体化しているその体は時として通常ではありえない物質を生み出し、それらはいずれも高い性能を発揮する装備に用いられているのだが、アンデッドに有効とされる魔法で倒すと大抵一緒に消し飛んでしまうため手に入れるのは難しい。

 また、アンデッドにはゾンビやスケルトンのように依代を得たまま魔物化したものも含まれており、そのおぞましさや生理的嫌悪によって教会からは滅ぼすべき神敵として扱われている。


『この中だと、ホロボーストの衣がそう』


 ホロゴーストの討伐依頼は先ほど確認した中にあり、それを見ればホロゴーストがどこにいるのかもすぐにわかる。

 問題は悪霊と戦うときと同じ要領でアンデッドと戦えるかどうかだが、最悪の場合はとっておきを使えば危機を脱することはできるだろうと晶は考えた。


(なら、やってみる価値はあるよな。場所は――)

「嬢ちゃん、仕事を探してるのか?」


 突然聞こえてきた野太い声に晶の思考は中断された。


「なんだったら俺が紹介してやってもいいぜ? なぁに、心配はいらねえ。俺の下で喘ぐだけの簡単な仕事だぜ、ダッハッハッハッ!」


 下卑たことを平然と口にした大柄な男が晶の肩に手を置いた。そこには否とは言わせないとばかりに力が込められていたが晶は気にした様子も無く、それどころかうんざりとした様子で男を睨みつけた。


「……あいにくだが、あてを見つけたから結構だ。それに――」


 晶が肩に置かれた男の手をつかんだかと思った次の瞬間、男は宙を舞っていた。その光景ははたから見れば晶が細腕で大男を振り回しているようにも見える。


「――男相手にナンパしてんじゃねえ、気色悪りぃっ!」


 冒険者ギルドを揺らすかのような大きな音を立てて、男が床に叩きつけられた。手加減したため床に叩きつけられる勢いは実際にはそれほどでもなく、そのせいで男は余計に何が起きたのかわからない様子だ。

 晶は強い霊感と霊体を殴れるほどの霊力を持っていたが、それでも素手で悪霊と戦う上にはどうしても身につけなければならないものがあった。それは、人間と戦うための技術である。

 幽霊と戦うのになぜ人間と戦う技術が必要なのかという疑問は幽霊を見ることができない者にはもっともなものだったが、初めから幽霊を見ることができた晶はむしろそれに納得していた。

 生前が人間である限り幽霊になっても人間の姿をしており、それは基本的に悪霊にも同じことが言える。ただ、悪霊になると瘴気をまとうようになり、一部が腐ったように変質したり生理的嫌悪を感じさせるおどろおどろしい見た目になるが、それでも基本原則として人型の枠を超えることは無いのだ。また、生物と同様の弱点を持っているために頭や心臓を潰せばその時点でその霊体は完全に消滅する(死ぬ)ことになる。

 たとえ幽霊であっても人間と基本構造が同じであるならば人体に通用する技術も晶が使用することで通用するようになり、結果、素手で戦う彼は格闘技術を高める必要があった。霊体を加減せずに殴れば拳をあっさり貫通させることができたとしても、幽霊は生きている人間と違って頭や心臓を破壊しなければそうそう滅びることは無い。確実に急所を捉えるには技術が無いよりもあったほうがずっと楽なのだ。

 その派生として晶は投げ技もいくつか習得しており、しかし、それらは主に痴漢やしつこいナンパ退治に用いられているのが現状だった。存在の軽い幽霊相手に投げ技はひるませる程度の効果しかなく、そもそも地面を透過されてしまうと無効化されてしまうのだ。


「あっはっはっはっ、盛大にフラれたなぁ?」

「あの嬢ちゃん、やるなぁ。うちにほしいくらいだぜ」

「この馬鹿のせいで無理そうだがな。ま、縁が無かったってぇこったろ」


 ホロゴーストのいる場所に向かうために晶がさっさと冒険者ギルドを後にする中、投げ飛ばされた男はばつが悪そうな顔をしながら仲間たちから笑いものになっていた。

 だが悲しいかな、誰も晶が男だということはこれっぽっちも信じていないのだった。

晶「俺にそっちの趣味はねえ!」


……ムサいギルドですみません。


ここからは執筆速度やストックの量と相談して投稿していきたいと思います。

最低でも二日に一度くらいは投稿できるといいな。

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