3 聖女の未練
三が日だから、その間くらいは毎日投稿しておこうかと。
道中で自己紹介をしたり、千年前の様子や地球のことを話しながら森を抜けるとそこには中世のヨーロッパを思わせる石やレンガ造りの建物が立ち並ぶ町並みが広がっていた。綿密な計算の元にきっちり整備された町に比べるとやや雑然として見えるが、逆に言えばそれは見るものに人の営みの暖かさを感じさせるものだった。
幅の広い道には人や馬車が行き交い、道の両脇ではいくつかの露店がいい匂いを立ち上らせている。
巡礼服と呼ばれる黒いローブを着た者が多い中、革鎧を身につけた冒険者と思しき者や普通の市民らしき者もそれなりに見える。晶の懸念していたほど、聞いた話から文明は進んではいないように見えた。
「へぇ……ここが神護の町クァンルサスか(名前が変わっていなければ)」
『ん、思ったよりも変わってなくてよかった』
千年の間にそれなりに変化しているとはいえ、知っている場所に町が残っていたことに彼女は安堵していた。
神護の町クァンルサスは神護の森を町の中央に置き、ぐるりと囲むように広がっている。町自体が神護の森を守る防壁の役割を持ち、教会から聖人や聖女と認定された者たちの墓所でもある森を外のモンスターから守っている。
当時は教会から聖人や聖女と認定された者たちの墓所にして聖地でもある森に巡礼する巡礼者が多かったが、それは今でも変わっていないことは道行く巡礼者たちを見れば明らかだった。ちなみに、森の中は関係者以外立ち入り禁止されているためいたずら好きな子供たちはともかく、信心深い巡礼者たちが入ってくることは無い。
「で、いつまで俺についてくるつもりだ?」
『……だめ?』
「駄目ってことはないんだが、お前はあの聖剣を依代にしていただろ。あまり離れることはできないんじゃないのか?」
『大丈夫。アキラに取り憑いたから一緒に行ける』
「ああ、それなら確かに……っておいっ、勝手に取り憑くな! どおりでさっきから肩の辺りが少し重いわけだ!! ……あ」
幽霊少女にして銀の聖女であるルリエルに思わずツッコミを入れてしまうが、はたから見れば勝手に一人で騒いでいるだけに見えることに気づいた晶は咳払いをしてごまかすことにした。ただでさえ周囲から浮いている上に派手な色合いの巫女服を着ているせいで注目を集めやすいのである。
何事かと彼に注目していた周囲の者たちは何も無いとわかると、見慣れない格好をした晶にちらちらと視線を向けるだけに留まるようになった。それでも十分視線は多いのだが、これ以上は服を着替えでもしない限りは無理だとあきらめ、晶は小声で会話を再開した。
「……で、俺に取り憑いた目的はなんだ?」
ルリエルが悪霊でないことは確かだが、その目的に悪意が無いとは言い切れない。それに自分を利用するというのならば、聖女であっても殴り飛ばす必要があるかもしれないと晶は冷たい計算を働かせていた。
『アキラ、そんな見た目だけど男でしょ?』
「ん、ああ、そうだが……よく気づいたな」
巫女の姿をした晶は一度たりとも男だと見破られたことは無く、私服姿のときであっても髪を切らなかったら普通にランジェリーショップの前を通るだけで店員のお姉さんに下着を勧められてしまうくらい見た目で性別を判断するのが難しい。たとえ幽霊であってもそれは例外ではなく、これまでにその容姿で釣った痴漢幽霊の数は両の手では足りない。
それがこのルリエルはあっさりと晶を男だと言ったことに彼が興味を惹かれるのは同然だった。
『触った』
「触った?」
『アキラが気を失っているときに、怪我が無いかを触って確かめてたら、こう、むにゅっと……』
手をわきわきさせるモーションとその視線の位置から、ルリエルがどこを触ったのかを察した。
「おまっ……セクハラじゃねーか!」
『せくはら?』
「猥褻ってことだ!」
『失敬。同性だと思ってたから、そんな気は無かった』
果たして女性同士でも他人のそんなところを触って確かめるようなことがあるのか晶にはわからないが、怪我がないかを確認してくれたというのは本当だろうと判断して話を進めた。
「それで、俺が男だから何なんだよ?」
『ん、わたしは聖女だった』
「だな」
『ずっと戦ってばかりで、やっと勝ったと思ったらまだピチピチなのに死んじゃった』
「それも情けない理由でな……あと、ピチピチって俺の世界ではもう死語だぞ」
うそ!?と驚愕するルリエルに晶は話の先を促す。
『でも、聖女は結婚できないの』
「まあ、そういうこともあるだろうな」
若干雲行きが怪しくなり始めたことに眉をひそめるが、彼はそのまま話を最後まで聞くことにした。
『だから、わたしと結婚して』
「ごめん無理」
晶は最終的にルリエルがなんと言うかは途中の段階で半ば予想ができていたが、さすがに一気に話が飛んで逆プロポーズされるとは思っていなかった。あらかじめ答えを用意していなければ呆け顔をさらしていたのは間違いないだろう。
『……どうして?』
「その前に話を端折るな。どうしてその結論に行き着いたかをまず説明しろ」
『わかった』
この世界で聖女とは普通の人間よりも格の高い存在であるとされ、聖女と結婚することが許されるのは同じ格を持つ聖人か勇者だけとされており、逆に勇者や聖人にはそのような決まりは無い。
これが原因でルリエルはあのときに死ななくとも、結局は聖女という立場に縛られて結婚はおろか自由な恋愛をすることも許されることはなく、当然のことながら聖人や勇者がぽんぽんと現れるようなことは無いため寂しい人生を過ごすことになっていたのは間違いない。
『でも、結局すぐに死んだから、幽霊になってから相手を探したの』
「あ、一応探しはしたのか。でも駄目だった、と」
『そう……』
幽霊というものは格に敏感な存在である。たとえ生前はお互いの立場に頓着しない者であったとしても、霊体になってしまうと相手の格というものをダイレクトに感じ取ってしまい、自分よりも格が高い存在には頭が上がらなくなるのだ。
生前は聖女であったルリエルは晶も感じたとおり通常の幽霊よりもずっと格が高いため、怨念や未練に狂ってしまった悪霊はともかく、普通の幽霊では相手にもならなかった。
ならば勇者や聖人の幽霊ならばどうかというと、事はそう簡単ではない。幽霊としてこの世に留まるにも才能が必要になるため、勇者や聖人が未練を残して死んだとしても必ず幽霊になれるわけではない。
『幽霊が見える人間は滅多に現れないから、あの場所でずっとあきらめていた』
見える者がいたとしてもその多くは女性である。これは女性が陰の気を有していることから魔や霊といったものと相性がいいという説があるが、真偽は定かではない。
「そこに現れたのが俺だった、というわけか」
成仏して生まれ変わるのを待つという選択肢は、そもそも未練があって成仏できないのだからとりようが無い。
千年もの間を幽霊のまま一人で過ごすというのはどのくらい孤独なのかは晶にはわからなかったが、彼女が藁にもすがる思いで逆プロポーズをしたらしいことは理解できた。
「でもやっぱ無理だ」
『どうしても? わたしはお買い得。エッチなことをしても誰にも文句を言われないし、子供もできない』
「幽霊とそういうことをするつもりは無い」
『おっぱいも好きにしていいのに?』
「……そ、それでもだ」
ルリエルは胸以外は幼い外見をしているが、非常に美少女である。特に免疫の無い悲しいくらい普通の男ならばうっかりオーケーしてしまってもおかしくは無い。
だが、晶はそれを受け入れるにはいささか厳しすぎる現実を知っていた。
(淫魔みたいな悪霊と男がヤってるところを土地神に見せられてるからな……あれは正直、見ていてきつすぎる)
その依頼が土地神から持ちかけられたとき、晶は幽霊が相手とはいえエロエロ三昧な生活を送る男をうらやましく思っていた……土地神に、これを見ても同じことが言えるかい?とその光景を録画したビデオを見せられるまでは(※盗撮は犯罪です。絶対にまねしないでください)。
言うまでも無いが普通の幽霊は基本的に目に見えるものではなく、ビデオや写真に写りこむのも様々な要因が重なり合った偶然の結果もたらされるものである。その偶然が起きなければビデオに幽霊の姿が映りこむことなく、必然的に普通の人の視点から見るものと同じ光景が録画される。
ならば、そのビデオにはどのような光景が映っていたか。それは口にするのもはばかられるような、男の物悲しい自慰行為もどきだった。
相手が見えない場合はこんな風に見えるのかと晶は驚愕し、それ以来幽霊とだけは絶対にしないことを心に誓ったのだ。
『でも、わたしが憑いていれば、アキラはこの世界の言葉がわかる』
「う……ぬっ」
ある程度格の高い幽霊には、取り憑いている相手とある程度知識や考えを共有することができる能力がある。
稀に天啓のようにひらめきが降りてくることがあるという話は実はこれが原因であることが多い。作家などはこの状態を神が降りてきたと称したりするが、実際に憑いているのは幽霊なのである。
普通は無意識のうちに危険を感じた宿主が抵抗してしまうためいつも成功するわけではないのだが、長く幽霊と接してきている晶は能動的にその感覚を受け入れてコントロールすることができるのだ。これはいわゆる神懸りや口寄せといったものと同系の技能に分類される。
これを利用することで晶は勉強をすることなくこの世界の言語を使いこなすことができるようになるがこれはあくまで一時的なものであり、取り憑いている幽霊がいなくなると学習できたもの以外は失われてしまうのだ。さらに言えばこれはそれほど万能なものではなく、あまりに深く憑依すると肉体の主導権を幽霊に奪われてしまうこともあるため注意が必要なのだ。通常、一つの肉体に二つの魂を収めることができないという原則を基に考えると、いかにその状態が危険かがわかるというものだ。
それに、今はたまたまルリエルがちょうどいい加減で憑いているが、一から手伝ってくれそうな幽霊を探すというのは存外に骨である。
「……別に、ついてくるなとは言ってないぞ。それに、実体化できる聖霊になれたら、考えなくも無い」
聖霊とは格の高くなった幽霊が至る存在の一つであり、神霊と幽霊の中間にある存在とされている。土地神が神霊に属する存在であることを考えると、聖霊の位階の高さのほどが理解できるだろう。
聖霊となった魂は無理にこの世に留まる幽霊ではなくなり、力が増すことで実体化が可能になってできることが生前とほとんど変わらなくなる。生き返るというわけではないが、寿命という制限が無いという点ではある意味生前以上ともいえる。
あいにくと晶は聖霊に出会ったことは無いが、土地神の知り合いである人間には聖霊と夫婦になった者もいたという話を聞いたことがあり、彼に一考の余地を与えていた。
『わかった、アキラに憑いていく。そして、がんばって聖霊になる』
嬉しそうな聖女の笑顔に晶は思わず頬が熱くなるのを感じていた。いくら少女にしか見えなくとも、晶は十八になったばかりの立派な男である。かわいい女の子の笑顔に思わず胸が高鳴るのはとても自然なことだった。
(あれ? そういやこいつってもう千年くらい幽霊でいるんだよな。だったら案外すぐに聖霊になるんじゃ……)
聖霊になる条件というものは厳密に決まってはいないが、長く存在した幽霊はその可能性が少なからず存在している。当然ながらルリエルもその条件に当てはまるため、何かの拍子に聖霊化することは十分にありえる。
自力で実体化できるようになれば特に晶にこだわる理由はなくなるはずだが、人の気持ちというものは何がきっかけで転ぶかわからないものである。いつの間にか晶に対して本気になっていたとしても何も不思議ではない。
一瞬早まったのではないかと頭を抱えそうになるが、嬉しそうなルリエルを見ているうちに晶はそれもいいかと小さくため息をついた。
幽霊になると人は様々な抑圧から解放されることで生前は押さえ込めていた本来の性質を隠すことができなくなり、様々な意味で素直になる傾向が強い。生前はどうだったかはわからないが、少なくとも今のこの少女のことは出会ったばかりであっても憎からず思えていた。相手が生きている人間であったならば晶も嘘を警戒して簡単に受け入れることはできなかっただろう。
ただ一言、彼が弁明することがあるとすれば。
(俺は別にロリコンじゃない、よな?)
嬉しそうにたゆたゆと揺れるルリエルの胸に視線が吸い寄せられそうになりながら、晶は自分の性癖について真剣に考えるのだった。
ルリエル『ロリ巨乳はどう?』
晶だって男なんです。許してあげてください。