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13 切り札

『クカカカカカッ』

『コ、コココロス! コロスゥウウウウッ!!』

『クカカカカガギャガゴギュッ!?』


 周囲を囲む百体を超えるアンデッドとロードリーパーを睨みつけていると、突然ロードリーパーがそばにいたレイスを掴み取って半実体の骨を噛み砕きはじめた。レイスを食っているのだ。


「ずいぶん余裕じゃねえか……っ」


 敵と相対している状態で戦力の低下もいとわないその行為は、まるで余裕を見せ付けるかのようだった。事実、ザコだけならば、ロードリーパーだけならばまだしも、その両方を同時に相手にできるだけの力は晶たちには無い。

 仮にすべてが同時に襲ってきたとしても一度に相手をするのはせいぜい数体にすぎないが、潜在能力が未知数なロードリーパーの存在がネックになっていた。

 だが、ここまではまだ晶の予想の域を出ていないものでもあった。そして、勝算もある。


「ルリエル、可能な限り敵を集めろ。無理して倒す必要はねえ」

『ん、わかった。アキラの策に任せる』


 小声でルリエルと方針を決めた晶は、浮遊する剣と共にアンデッドの群れに踊りかかった。


「ふっ!」


 アンデッドたちの攻撃を回避しながら、次々に打撃を叩き込んでいく。一撃で倒せるものには容赦はしないが、そうでないのなら深追いはしない。ジャブの連撃だ。

 ルリエルもまたつかず離れずで周囲のアンデッドに斬りかかっていくが、深追いはせずにすぐに戻ってくる。

 これによって周囲のアンデッドが釣られて二人を攻撃しようとその魔手を伸ばすが、半実体のアンデッド同士がすり抜けることができるという特性は戦闘時には適用されない。攻撃の意思がその体を物質寄りに偏らせていることでお互いをすり抜けられなくなるのだ。

 浮遊剣の軌道は最初に比べればずいぶんと滑らかになっている。しかし、それは剣士としてはようやくゴブサギとまともに戦えるようになった程度のものであり、多数のアンデッドを倒せるほどの練度は未だ無い。それでも問題なく戦えているように見えているのは、ルリエルが無理な攻めを行わずに守りを固めているためだ。おまけに剣一本の身をいかすことで、アンデッドたちは縦横無尽に動き回るその小さな的に翻弄されていることも理由に当たる。

 そういう意味では、人並の大きさである的の晶はひどく苦戦を強いられていた。


「ぐ……つぅっ!」


 巫女服による防御力の高さのおかげでさほどダメージは無いが、こうも数が多いとどうしても避けられない攻撃が多く、その結果、晶の身にダメージが積み重なっていくことは避けられないのだ。

 さらに、晶たちを襲うのは何もザコだけではない。


『――――ッッッ!!』

「っ、しまっ――」


 ロードリーパーが大鎌を振りかぶり、その血に飢えた刃が晶の身を襲う。晶のか細い体は巨大な死の刃に抗えず、軽々と宙を舞って遠く離れた地面に叩きつけられてしまう。


『アキラッ!?』

「うぐっ……だ、大丈夫だ。まだやれるっ」


 押し寄せるアンデッドたちの間をすり抜けて飛んできた心配そうなルリエルに、晶はすぐに起き上がることで健在を示してみせた。

 身にまとう神器は晶の体を真っ二つにして血の花を咲かせることからは守ってくれたが、刃を叩きつけられて吹き飛ばされた際のダメージは完全にゼロにできるわけではない。何度も食らっていてはそのうち立ち上がれなくなることは目に見えていた。


(……まだだ、まだ分散している。使いどころはここじゃねえ)


 先ほどまでの乱闘でおよそ半分のアンデッドは釣れていたが、残り半分は未だ様子見の段階を出ていない。少なくとも、この様子見のアンデッドたちも巻き込んでやらなければ晶たちに勝機は無い。


「今度はあの連中をかき回すぞ!」

『ん、わかった!』


 晶たちは先ほどまで相手にしていた群れを相手にせず、傍観に徹していた残りのアンデッドにその矛を向けた。この残りにはデスリーパーが多く混在している。ほかのアンデッドよりも一段上の強さを持っているデスリーパーは、今の晶たちが普通に戦っても十分に強敵だといえる。


『先に、仕掛けるっ』


 機動力で勝るルリエルの浮遊剣が先行してデスリーパーへ攻撃を仕掛ける。ただ加速を利用しただけの直線的な攻撃だが、細かな制御が利きにくい代わりに十二分に威力のこもった有効な先手でもある。その速度はさながら弓から放たれた一本の矢のようだったが。


『オォンッ!』

『っ!? 防がれ――あ、あ、あ、あ、目、目が、まわ、る、る、る、るる』


 デスリーパーは見事に反応してみせ、その大鎌でルリエルを弾き飛ばした。

 人間よりも遥かに重量の軽い剣は、物理法則に逆らえずに大きく弧を描きながらながら飛んでいく。

 剣を体とすることに慣れていればまるで一流の剣士が扱っているかのように絶妙な力の動きを再現することで簡単に弾き飛ばされることもなかったが、まだ日の浅いルリエルでは斬るか突進するかしかできることがないのだ。


「っとぉ! ……もう一撃、行ってくれるよなっ?」


 飛ばされてきた(ルリエル)の柄を走りながらキャッチした晶は、その勢いを利用してそのまま横投げの投剣フォームをとった。ルリエルの了承はまだないが、せっかくの勢いを殺してしまう手は無かった。


『う、え、え? アキラ、ちょっと待――っっっ!!』


 回転がかかりながらもルリエルは再びまっすぐにデスリーパーのもとへと飛んでいく。ただし、先ほどルリエルが攻撃したものとは別の固体にだ。

 人間は肉体に強い回転がかかると三半規管が混乱して上下の感覚が怪しくなるが、これは幽霊になってもあまり変わらない。霊体に三半規管に該当するものがあるのかは不明だが、目を回すことはありえるのだ。


(あ、後で添い寝を要求する。目を回したから介抱という理由なら、きっと受けてくれるはず……)


 こんなことを考えられるルリエルには案外まだ余裕があるのかもしれないが、そもそも添い寝を要求できそうなタイミングではもう目を回していないだろうというツッコミは免れ得ない。

 飛んできたルリエルをデスリーパーが防いでいる間、晶は晶でレイスやホロゴーストたちをかき回していた。

 すでにあちこちに擦り傷や切り傷をこさえた晶はだいぶボロボロになっていたが、まだ余裕はあった。


「――づぅっ!?」


 最初に戦っていたアンデッドたちが追いつき、ロードリーパーが再び振り下ろした大鎌を晶は左腕を盾にして防ぐが、大鎌を受け止めた左腕から何かが砕ける音が聞こえて肘から先の感覚が異常を訴えかけていた。左腕が折れたのだ。


「……っのぉおおっ!!」


 じくじくと痛み始める左腕をかばいながら回し蹴りをロードリーパーの胸部に叩き込み、そのままひねりを加えて巨体をねじ伏せた。晶の力はロードリーパーが相手であっても十分に有効なのである。

 ロードリーパーが地面に倒れた衝撃で一時的にアンデッドの多くが動きを止めた間に、晶は腰の後ろに回されたウエストバッグから一つの小瓶を取り出して一気に中身を飲み干し、空になった小瓶を投げ捨てた。

 次の瞬間、折れた左腕を焼かれるような激しい痛みが襲い、徐々に治まっていく。数秒後には折れていた左腕はおろか、傷だらけになっていた体全体がまるで時間が巻き戻ったかのように綺麗に治っていた。

 晶が飲んだものは市販品の、一般に中級ポーションと呼ばれるものだ。値段の問題で一本しか用意していなかったとはいえ、その効果は通常の下級ポーションよりもずっと高い。これが今まで晶が余裕でいられた理由の一つである。


(つっても、もう残ってるのは下級ポーションが数本……次に折れたら全部一気飲みでもしねえと治らねえだろうな)


 そんな余裕を与えてくれるような数でも相手でもない。アンデッドたちはすでに立ち直り始めており、ここからはもうポーションを使っている暇は無いと考えたほうが自然である。

 もっとも、その必要はもう無いかもしれなかったが。


「――ルリエルッ! 合流するぞっ!」

『んっ、後で添い寝!』

「今言う意味がわかんねえよ!」


 ツッコミを受けながらルリエルがアンデッドを引き連れて晶のそばに戻ってくる。

 乱戦状態に入って晶は再びあちこちに小さな傷をこさえはじめていたが、ルリエルが戻ってきたことでこの場にいるアンデッドが頭の中で描いていた範囲内にすべて収まったことを確認していた。奥の手を使うのは、このタイミングしかなかった。


「五秒だけ時間稼ぎ頼む!」

『んっ、まかせて!』


 ルリエルからの心強い返事を耳に晶は左の裾先に手を突っ込み、落ちないよう内側に仕込んであった一つのビー玉を取り出した。普通のビー玉と違って中心には光を凝縮したような輝きが灯っていてとても綺麗だが、何も鑑賞するために取り出したわけではない。

 そのビー玉を持ったまま振りかぶり。


「――急急如律令っ!」


 強く地面にたたきつけられたビー玉が、割れた。

 その瞬間、強烈な光があふれ出して周囲を白く染めていく。

 それはいつぞやにあの神官が使用した神の浄化の力と非常に良く似た力。これもまた神の力なのだから当然だ。

 しかし、あのすべてを否定するかのような極光とは違い、すべてを温かく包み込む陽光のような輝きである。

 この光は、悪霊のみを浄化する光だ。普通の幽霊を巻き込んで無差別に浄化するようなことは無い、制御された光だ。


『ア、アァ……ぁあぁ……』

『オレ、ハ……ソウか……』

『オォォ……アタタかいぃ……』


 やさしい光に包まれてアンデッドたちが浄化されていく。中には魔物の状態から成仏するような存在まで出始めていた。


『すごく、温かい……これが、アキラの知り合いの……』


 ルリエルもまた成仏こそしないが、その温かな力に感動している様子だった。


(あのセクハラ神がこんな繊細で温かい力を使うなんて、詐欺もいいところだよな……まったく)


 それでも晶は意外だとは思っていない。あれがそれなりに善良で町の住人に気を配る神なのはとっくに理解しているからだ。

 あのビー玉は土地神の力が封入された、一定範囲の悪霊のみを選択して浄化する使い捨ての呪具だった。その確かな威力はアンデッドにも有効であることは、この結果を見れば嫌でも理解できる。

 だが、これは決して使い勝手のいい道具などではない。主に値段的な意味で。

 晶は万が一の際の切り札としてこれをお試し価格という触れ込みであの土地神から百万円で一個だけ購入したが、通常の販売価格は一個で一千万円である。これを使って悪霊退治の仕事をするとまず間違いなく大赤字となってあっという間に借金まみれになってしまう。

 これで正真正銘、最後の虎の子を使い切ってしまった。これで倒しきれていなければいよいよガチンコの我慢比べとなるが、果たして。


『――ォ、ォオオォ……ッ』


 ロードリーパーは、いた。生きていた。

 光が収まり、辺り一体が綺麗に浄化されたにもかかわらず、そいつだけは未だ健在だった。


「嘘だろ……」


 晶にしてみれば、あの光を耐え切れる存在がいること自体が驚きだった。仮にも神の力を受けてまだ存在を保っていられるのは、さすが聖霊と対極を成す邪霊といえる。

 とはいっても、六本あった腕は三本に減っており、くずくずに焼け爛れた右半身は今も少しずつだが浄化されているのが見て取れる。このまま戦えば少なくともロードリーパーを倒すことはできそうだ。


『アキラ、早くあいつを倒そう。トトが待ってる』

「……そうだったな。呆けてる場合じゃねえか……ん?」


 気を取り直して再び握る拳に力を入れていると、晶はどこか遠くから音が聞こえてきていることに気づいた。


「これは、地下か……?」


 地震に慣れた日本人である彼はすぐにそれが地下からのものであることを察したが、地震にしては妙だった。

 音は地響きと共に大きくなっていき、地面の一部がひび割れ始める。それは地面の一部が盛り上がることで発生する割れ方だった。


「っ、まずいっ!?」


 晶が自分用の剣を即座に抜いて盾のように構えた瞬間。

 大地が、爆発した。

 そうとしか表現できないような光景が彼の目の前で起き、そしてその中から飛び出してきた巨大な何かが彼をトラックに跳ね飛ばされたボールのように吹き飛ばした。


『アキラッ!!』


 ついさっきロードリーパーに弾き飛ばされた時と同じように、けれどもより危険な飛ばされ方をしたように見えた晶のそばにルリエルが飛んでくる。


『アキラ、大丈夫……っ?』

「ぐ……がふっ……な、にが……っ」


 晶は痛みをこらえながら薄く目を開けると、自分を跳ね飛ばしたものの正体を見極めようとした。

 爆発で発生した土煙の中には家ほどもありそうな巨大なシルエットが見え隠れしている。太い四本の足を持つところをみると、あれも魔物なのだろうと予想がつく。


「ブルルルルルッ!」


 巨大なシルエットが大きく身を震わせたかと思った瞬間、土煙が一気に吹き飛ばされてしまった。その身震いで発生した圧力はそれだけに留まらず、すぐに行動できるように身を起こそうとしていた晶を大きくよろめかせる。


「なっ……あれは!?」


 土煙の中から姿を見せたそいつは、巨大な二本の牙を持っていた。あの爆発で晶を吹き飛ばしたのはこの凶悪な牙であり、剣を盾のように構えていなければ、もしかしたら晶の体はあの牙に貫かれていたかもしれない。

 そこで晶はようやく牙による一撃を受けた剣が根元近くから折れてしまっていることに気づいた。それほど高いものではなかったが、切れ味よりも強度を重視した分厚い金属の剣が一撃だ。その威力の高さがうかがい知れる。


『血の色の毛皮に、あの巨体……!』

「そうか、あいつが……っ」


 アグリル街道に出没し、いつの間にか姿を見せなくなっていたブラッディボア――その成れの果て(ゾンビ)だった。

土地神「ドヤァ」

晶「いや、倒しきれてねえだろ」


ボス戦は倒せると思ったところからが本番。

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