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11 仲間

「さて、だいぶずれ込んだが、本題にはいるか」

「は、はい……っ」


 トトを連れて宿屋に戻った晶は巫女服を着ていない。今はごく普通の服とズボンを身につけており、巫女服は外で干されているところだ。

 髪もポニーテールに結ってあり、いつもとずいぶんと印象が違う凛々しい外見になっていた。それでもやはり少女にしか見えないのだが、そこはもう彼もあきらめていた。


「もうあの神官には関わるな」

「え、で、でも……」

「でもじゃない。ルリエルにも言ったが、このままじゃ消されるぞ」


 冗談を感じさせない晶の口調にトトは息を呑む。

 話の裏は、実はすでに取ってあった。教会全体ではまだわからないことも多いが、あの神官に限って言えば黒も黒、晶の予測がまったく冗談ではないくらい真っ黒だった。

 幽霊とは基本的にどこにでも入り込むことができるため、暇にあかせてあちこちに首を突っ込む情報通な幽霊というのが少なからず存在している。その霊によって集めている情報の方向性は違うのだが、この町においてはあの神官の男の悪名は幽霊の間でも有名だったのだ。

 ヴィルヘルム・ゼクセン、二十八歳。ある地方貴族の出身で、現在の地位には実家のコネで就いた。悪霊退治に赴いては多額の寄付金を受け取り、その大部分を自分の懐に入れている。その裏では異端審問と称して若い女性を連行して犯して売り払ったり、逆に気に入った女性を違法な方法で奴隷に堕として手に入れたりしている。

 これらの情報は晶が巫女服を洗濯している短時間の間にルリエルが近場の情報通から聞いてきたものだ。ほんの十分足らずでこれだけ情報が手に入るくらい、あの男は悪名高かったということだ。

 当のルリエルは教会の一部の人間だけかもしれないとはいえこれほど腐ってしまっていたことにショックを受け、軽く落ち込んでしまっている。

 それを聞いたトトも、自分がいかに危険なことをしていたのかを思い知って顔を青ざめさせていた。


「本当は町を出たほうがいいかもしれないくらいだが、この町を離れるのはやっぱ無理があるだろ?」

「それは……」


 トトの両親は共同墓地に眠っており、家は両親と一緒に暮らしていたものをそのまま使っている。思い出の詰まった家から離れるのは、幼い少女には難しいものがあるだろう。


「俺たちは近いうちにこの町を出る予定だからいいが、あの神官に目をつけられるのはまずい」

「……え、町を離れる?」


 その時、トトの心に奔ったのは不安からくる強い焦燥感だった。

 ようやく出会えた理解者と離れ離れになることは、一人で生きることに慣れたはずの彼女に感じたことの無いような寂しさと不安を刻み付けていた。


「こ、この町で暮らすのは、無理なんですか?」


 藁にもすがる思いでトトは尋ねるが、心のどこかでは無駄だろうと感じていた。


「こうも悪霊が多いとな。一人で町中の悪霊を相手にできれば留まってもよかったんだが」


 さすがに晶でも一人で無数の悪霊を相手に勝つことは不可能だ。せめて、まっとうな(・・・・・)霊能者が一人いれば協力することでなんとかできるかもしれないが、それは無いものねだりにすぎない。

 予想通りの結果にトトは落胆を隠しきれない。クァンルサスの悪霊の多さは長年この町で暮らす彼女でさえ辟易しており、いつまた悪霊に取り憑かれるかもしれないという恐怖を常に抱えている。悪霊と戦える晶であっても――否、戦えるからこそ、この町にいることで精神をすり減らしてしまうのは彼女にも想像がついていた。

 この町は、幽霊が見える者にとってはそれだけ暮らしにくい場所なのだ。


「いつ……町を出るんですか?」

「正確には決めてないな。まあ、そろそろ準備をはじめようとは話してるけど」

『……ん、早ければ一週間以内』


 時間はそう多く残されていない。

 トトは確かにこの町に愛着もあるし、家族と過ごした家はとても大切なものだった。他の町へ行って新しい生活をはじめるだけの資金が無ければ、冒険者としても最低クラスの実力しかないこともあってこの町で生活するしかなかったともいえる。

 だが、それ以上に彼女は独りでいることに――独りで耐え忍ぶことに疲れてしまっていた。理解者と出会うことで、ずっと目をそむけていたそれに気づいてしまったのだ。


(もう、一人は嫌……寂しいのは嫌……寒いのは、嫌だよ……)


 泣きながらすがりついた晶の体はとても温かかった。困りながらも優しく頭をなでられたのがとても心地良かった。

 その時は亡くなった母親を思わせる印象を晶に抱いていたトトだが、服を着替える際に男だと知らされてずいぶん驚かされていた。獣人族の鼻を騙すほど、晶は匂いも女と判別がつかなかったのだ。

 晶が男だとわかったとたんに甘えるのが恥ずかしくなっていたが、そんなものは離れ離れになることへの焦燥に比べれば些事にすぎない。

 思い出の場所がなくなったとしても思い出そのものがなくなるわけではないが、一度出会えた奇跡にもう一度出会える保障は無いのだ。


「……あ、あたしも」


 冒険者登録をしているとはいえ、狩りを得意とする獣人族のたしなみで多少弓を使える程度でしかない自分がどれだけ役に立つのかはわからない。もしかしたら足を引っ張ってしまうことになるかもしれない。それでもトトは言わずにはいられなかった。


「あたしも、一緒に連れて行ってくださいっ」


 その言葉は晶たちが待っていたものだった。

 晶にとっては初めて出会った幽霊が見える自分以外の人間――日本出身の彼が自然と獣人族のことも人間と呼んだのは、早くもこの世界の考え方に染まってきた証拠だろう――であり、孤児院で面倒を見ていた子供たちを髣髴とさせるトトを放置して旅立つのは気が引けていた。

 ルリエルにとっては晶以外に自分を認識できて友好的な数少ない人間だ。まだ出会ったばかりで別れるのはもったいないと思っていた。

 もし、トトがこの町に残ることを選択した場合は冒険者ギルドにそれとなく頼んでおくくらいしか晶に手は無かった。教会とあまり仲が良くなく横のつながりが強い冒険者ならば、同じ冒険者の少女であるトトが真っ黒な神官の餌食になることに憤慨してくれるのではと考えていたのだ。それでトトの安全が保障されるというわけではないが、何もしないよりはずっとましではある。

 それも彼女が一緒についてくることを選んだのならとる必要の無い手だった。


「ん、なら一緒に行くか。よろしくな、トト」

『あ……それ、わたしの癖』

「……ん、よろしく、おねがいしますっ」

『トトまで…………ん、よろしく、トト』


 こうして、晶たちに一人の小さな仲間が加わった。




 必要なものの買出しや準備について詳しく決め、その日から晶たちは着々と準備を進めながら交流を深めていった。

 ルリエルが銀の聖女だと知ってトトがガチガチになってしまったり、それを嫌ったルリエルがトトを矯正しようとしたが微妙にうまくいかなかったりといったハプニングはあったが、一緒に旅をする上で特に問題になりそうなことは何も無かった。

 とはいえ、トトは金銭的に余裕があるわけではないため出発の日までは一人で薬草採取依頼を続けるつもりだった。晶のほうはそうでもないため一緒に旅をするのだから無理せずに準備に時間を使うことを提案したのだが、彼女は町を出るまでは甘えたくないと言って断ったのだ。そうなると、時間をもてあますことになる晶も出立まではこれまでどおり依頼を受けることになった。

 また、トトは家を引き払うまでは自宅を拠点にすることを決めていた。晶たちはすでに出発前日までの宿泊費を支払っているため、必然的に会えるのは依頼完了後の冒険者ギルドだった。

 お互いに依頼を終えた後に冒険者ギルドで待ち合わせ、なんてことをしていると嫌でもほかの冒険者の目についてしまう。晶たちが近くクァンルサスを出ることが知れ渡るのはすぐだった。

 もっとも、冒険者が町を移動するのはさほど珍しいことではない。それでも別れを惜しむ者が多かったのはトトの隠れた人気ゆえか、晶を未だに女だと思っている者がいるからか。

 それから数日後、晶は出立前の最後の依頼を受けに冒険者ギルドへやってきていた。討伐依頼は報酬が出るのに時間がかかるため、出立直前まで受けるわけにはいかない。


「おぉ、アンデッドキラーじゃねえか。今日がこの町での最後の依頼なんだって? 寂しくなるじゃねえか」

「別に冒険者を廃業するわけじゃなし、そのうちこっちに戻ってくることもあるかもしれないぞ」


 クァンルサスよりほかの町のほうが悪霊が多ければそれもありえることだ。それでも、当分この町に戻ってくることが無いのは確実だが。


「それに、冒険者ってのはそういうもんだろ?」

「確かに言えてらあ」


 二人は苦笑を浮かべあった。

 一所に留まり続ける冒険者はそう多くは無い。大抵は自分の力がどこまで通じるかを試し歩き、おいしい依頼があればそちらに赴くものだ。

 と、そこで職員の男は今朝から気になっていたことを晶に尋ねてみることにした。


「そういやよ、トトちゃんがまだ来てねえんだが、お前さんは知らねえか?」

「え、トトが?」


 言われて依頼掲示板を確認してみると、そこには彼が一度も見たことが無かった薬草採取依頼がまだ残ったままだった。

 これが残っているということは、今日はトトが顔を見せていないということだ。

 晶は昨日の段階でトトが今日は依頼を受けないと言う話は聞いていない。つまり、彼女の身に何か良からぬことが起きたということにほかならない。


「……悪い、今日の依頼は止めておくわ」

「おう、トトちゃんの様子を見てきてやってくれ」


 晶がカウンターから離れて冒険者ギルドを出ようとすると、トトが来ていないことを心配する冒険者たちが晶に彼女は大丈夫かと呼び止めてきた。トトがこのギルドで愛されていることがよくわかる。


「何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ。ものによっちゃ報酬無しで受けてやるぜ、ダッハッハッハッ!」

「そのときは頼むわ」


 晶は彼女のことを心配する冒険者たちに見送られて冒険者ギルドを後にした。

ガゾロフ「俺が仲間になってやってもいいぜ、ダッハッハッハッ!」

トト「え、遠慮しておきます……」


冒険者同士は意外と横のつながりが強い。

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