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1 偽巫女がいる町

 やや都会寄りといえるこの町には、夜になると時折美少女巫女が出没するという噂がある。

 巫女とは古来から神へ奉納する舞である神楽を舞ったり、神からの託宣を受けたり、祈祷や占いを行ったりする役割を持つ女性だ。

 だが、その巫女はよく何かを追いかけて走り回っている姿が目撃されており、一体何を追いかけているのかは暗くてよくわからない。そもそもどこの誰だかも推測の域を出ておらず、外見から近隣の学校に通う女子高生だという噂がまことしやかにささやかれている。

 この美少女巫女に関してはそんなあやふやな情報が多いのだが、それでも容姿に関する情報はかなりの確度でもって広められているのは世の常といえるだろう。

 いわく、黒髪ロングの清楚な大和撫子系の美少女である。

 いわく、背は170センチくらいある。

 いわく、胸はツルペタである。

 いわく、スレンダーだがお尻はやわらかかった。

 などなど。

 これらの情報は人通りの多い夜の繁華街に出没した際の多数の目撃証言から確定情報と言われている。

 早い家だとすでに就寝しているような時間に巫女服を着て出歩くような本職の巫女は普通はいない。出歩くとしても普通の服を着ているから巫女と気づくはずも無い。

 ならば、そんな時間に巫女服を着ている長い黒髪の美少女がいれば、それは噂の美少女巫女で間違いない。


「おい、あれって噂の――」

「ああ、間違いない!」

「うわっ、かわいい……っ」

「あたし、正月に神社でバイトしようかな……」

「俺、お尻触っちゃった」

「この痴漢! 変態! おまわりさん、こいつですっ!」

「ちょっ、偶然だって! この人ごみで避けられなかったんだって!!」


 痴話喧嘩をしているカップルは放っておいて、帰宅ラッシュで人があふれかえる駅前で噂の美少女巫女が混沌としている人並みを器用に避けながらすさまじいスピードで駆け抜けていく。駅の周辺だけを見れば大都会と錯覚してしまうような開発がされているだけあって人通りが多い中、誰にもぶつかることなく走ることはかなり困難である。


「よっ、ほっ、はっ、ちょっ、そいやっ、待ちっ、やがれっ!」


 鈴の音を転がすような声はやや口汚く、言葉を吐きながら駆け抜けていく様子から何かを追いかけているということはわかるが、やはり周囲の者たちはあの巫女が何を追いかけているのかはわからない。

 ただ。


「あれ? 今、足下を何か通ったような……」

「きゃっ!? だ、誰っ!? あたしのお尻触ったの!!」

「え、お、俺じゃないよ! というか、俺のケツ触ったのは誰だ!?」


 巫女が走っていく方向にはこういった騒ぎが起きているため、この犯人を追いかけているのだと予測はつく。

 中には噂の美少女巫女を追いかけようとする者もちらほらと見られるが、駅から次々に吐き出される人波と駅に向かう人波の中で巫女の華麗な回避スキルと速度についてこれる者は一人もおらず、何かを追いかけるその姿は商店街へと消えていった。




 商店街に美少女巫女が走る姿を見せると、駅前とは違った反応が周囲から見られるようになる。


「お、巫女ちゃん、がんばれよー」

「あいよ!」

「人生に疲れたらうちで飲んで行きな!」

「あと何年かしたらな!」

「今度俺と飯行かねえか?」

「奥さん誘ってやれ!」


 時折おかしな掛け合いが混ざりながらも、聞こえてくるのはどれも好意的なものばかり。

 どこの誰かはわからない、けれども比較的高い頻度で姿を見せるこの巫女はこの商店街にとってはおなじみの光景といえ、いつの頃からかその姿を応援するようになっていた。この巫女が姿を見せるようになってから閑古鳥が鳴いていた商店街が徐々に活気を取り戻し始め、今では潰れかけていたことが嘘のように立ち直っていることから、正体不明の福の神ならぬ福を呼ぶアイドルといった扱いを受けているのだった。

 今では噂の巫女目当てでやってくる観光客もそれなりに増えてきているが、彼らに巫女の邪魔をしないことを徹底させ、日々走り回っている巫女を温かく見守っていることからその愛されっぷりがよく窺える。


「巫女さん、あっちいったよ!」

「うん、黒いのあっちいった!」

「ありがとよ!」


 商店街の中には巫女が追いかけているものを見つけることができ、逃げた先を教えてくれる小さな協力者の存在もあり、その助言を受けて追跡者はさらにスピードを上げる。

 長い黒髪を尻尾のようになびかせながら商店街を駆け抜け、巫女は目標を追い詰めていく。

 商店街を抜けて住宅街を駆けていく巫女に追われる何かが逃げていく先にあるのは小奇麗な神社である。

 夜に姿を見せる美少女巫女のおかげで聖地として広まることで羽振りがよくなり、つい最近改装工事が行われたばかりであるこの神社こそが、巫女が相手を追い詰めるために用意した終点。対象を逃がさないためのトラップが用意してある地獄の釜だった。


『ギャアアアアアアアアアアアアッ!?』


 追われるものが神社の敷地内に進入した瞬間、普通の人には聞こえない、おどろおどろしくも苦しげな絶叫が響き渡り、相手が動きを止めたことを確認した巫女は獰猛な笑みを浮かべて全力の加速を行う。

 地を奔る巫女の拳は握り固められ、これまでで溜まりに溜まった怒りが込められていく。もはやここまでくると、これから起こることは想像するのもたやすい。


「とっとと消えやがれっ、このっ、変態がああああああああああああっ!!」

『アギャアッ!!』


 神社の入り口で身動きの取れなくなっていたそいつに弾丸のように飛び込んできた巫女の拳が突き刺さり、風船が割れるような音とともに黒いもやで全身を覆われたそいつはあっけなく四散した。


『ア、アア……アああ……』


 弾け飛んだそいつは少しずつその存在感を薄れさせながら天へと昇っていく。そこにはすでに黒いもやは無く、それどころかどこか心が洗われるような暖かな光が包み込んでいるかのようにさえ見える。


『あぁ……最後にいいものもらいましたぁ……エクスタスィーッ!』

「お前ほんっとうに変態だな!?」


 満足そうな顔で消えていったそいつに聞こえないとわかりつつも、巫女はツッコミを我慢することができなかった。


「いやぁー、相変わらずお見事。そして、痴漢霊の討伐ご苦労様」


 境内で一部始終を見ていた男装の麗人が拍手とともに一仕事終えた巫女を労う。

 彼女が神社にいるのはここが彼女の家であることを考えれば何もおかしくは無いが、巫女はその可憐に整った顔を不機嫌そうに歪ませた。


「……俺は悪霊だって聞いたから依頼を受けたんだが? あんな変態だって知ってたら絶対にパスしてたぞ」

「悪霊には違いないよ。瘴気は確認したでしょ? 犯されたとかじゃないんだから、お尻を触られたくらいでそんなピリピリしないで機嫌を直してよ。せっかくのかわいい顔が台無しだよ」

「うるせー、顔のことは言うな。男になんか犯されて堪るかよ。あと、この巫女服はいい加減に何とかしろ」

「えー、それすっごく高性能なんだよ? うちの子たちにも人気の一品なんだよ? それを着ていればトラックに跳ねられたくらいじゃ死なないし、破れないし、汚れても水で軽く洗えばすぐに綺麗になるし、何より犯されないし」

「最後のはともかく、性能はいいんだが見た目を何とかしろって言ってるんだよ。せっかくの神器なのに、色々と台無しじゃねえか」

「巫女服こそ神器にふさわしいと僕は思うんだ。それに、うちの巫女たちは粒ぞろいだから汚そうとする不貞の輩は後を絶たないしね。巫女服を着ている間(仕事中)に僕のものに手を出されるのは不愉快なんだ」

「実際に手を出すのはお前くらいだ……待て、もしかしてこの神社の巫女服すべてを神器にしたのか?」

「当然じゃないか」


 何を当たり前のことをと言うような顔でしれっと答えた彼女に巫女は呆れのため息を禁じえなかった。

 実はこの男装の麗人は数年前にこの町に新しく赴任した土地神である。こんなふざけたことを口にする者でも、仮にも神の名を冠する存在であるため神器を作ることはたやすいとは言わないまでも可能なのだろう。

 また、この神社で働く巫女は神である自分のものと思っているところがあり、神社で働く巫女たちが巫女服を着ている間は自分のものというおかしなルールを作っている。


「もう何年も着ているんだし、君もせっかく巫女服が似合ってるんだからいい加減諦めたらどうだい?」

「男に巫女服着せて喜ぶな変態」


 そう、噂の美少女巫女の正体である九重晶(ココノエアキラ)は男だ。

 晶はもともと霊感が強く、幼い頃から幽霊が見えたせいで悪霊に目をつけられて一家離散という苦い経験をしていた。その悪霊は先ほどの痴漢霊のように晶が叩きのめしたのだが離散した家族はみな行方不明となっており、彼は長い間を孤児院で世話になってきた。

 金に余裕のある孤児院などあるはずも無く、晶は霊体と戦うことができるという自分の特性を生かして悪霊に悩まされている人に悪霊退治の話を持ちかけてはわずかばかりの報酬を孤児院にいれる日々を送っていた。当然、そんな怪しげな話に簡単に乗るような者は少なく、報酬が不払いに終わることも幾度と無くあった。

 だが、数年前に赴任してきたばかりのこの土地神が晶の少女にしか見えない容姿と才能に目をつけ、謎の美少女巫女が土地神から依頼を受けて悪霊を退治して回るという現在の構図が出来上がった。かつて商店街で閑古鳥が鳴いていたのも悪霊のせいであり、巫女姿の晶が依頼を受けてその悪霊を倒したことで活気を取り戻したため、商店街にとっては文字通りの救世主であるといえる。

 晶は高校に入学すると同時に孤児院を出て依頼の報酬で一人暮らしをするようになり、依頼は神社のアルバイトという形で学校側に受理されている。一件一件の依頼の報酬はそれほど高額ではないが、退治している悪霊の数が多いため貯金残高を見ればすでにちょっとした財産が出来上がっていることだろう。

 悪霊を退治していると聞くとフィクションに登場するような術や呪具を駆使した戦いをしているいかにもな巫女に聞こえてくるが、実際は先ほどのように殴る蹴るの肉弾戦である。術を習得するために山にこもって修行をするような時間は晶にはなく、霊刀を使うと普通に銃刀法違反で捕まってしまうため、こんな泥臭い方法でしか戦うことができなかったのだ。

 もっとも、霊体に触れるにはそれだけ強い霊感が必要になることを考えると、素手で悪霊と戦うことができるという晶の強い霊感は非常に得がたい才能であり、肉体という鎧を持たない霊体に対してはそれだけで強力な武器といえる。


「だいたい、この巫女服は神器っていうよりも呪いのアイテムなんじゃないかと思うんだが」

「ふむ、どうしてかな?」

「どれだけ髪を短くしていても、巫女服を着たら一瞬でこの長さに伸びるんだぞ!? 俺は呪われた日本人形かよ!!」

「……そんな機能もあったのか」

「おいちょっと待て!?」

「とまあ冗談はともかく、そのおかげで正体がばれてないのも事実でしょ?」


 この土地神が言うとおり、美少女巫女の正体が割れたことは一度も無い。

 学校にいる間の晶の格好は顔を半ば隠すようなやや長めの野暮ったい髪型に度無しの黒ぶちメガネをかけたものであり、美少女巫女とはまるで結びつかないどころか普段は自分の声を気にしてあまり喋らないこともあって根暗扱いされている。しかし、よく見ると顔は同じであり、体つきも男の象徴を見なければ女性と見分けがつかないと土地神に言わしめたものである。

 美少女巫女の顔を見たことがあり、晶のことを知っている者であればこの二人を結び付けて考える者が出てもおかしくは無いはずだが、先入観とは恐ろしいもので男である晶と女と思われている美少女巫女を結び付けて考える者はこれまでに一人もいなかった。


「おかげで毎日髪を切る羽目になってるけどな。これ、髪の寿命吸ってたりしないだろうな……?」


 晶は己の艶やかな髪を一房つまんで訝しげに呟く。どれだけ女に見えようとも男であることに変わりないため、いつか禿げるのではないかと戦々恐々としていた。

 土地神はそれが神器に付与された神の力によってもたらされるものであって寿命を削る類のものでないことを知っていたが、彼女にはそれを教える気が無いどころか彼が将来を憂う様子を楽しんですらいた。もっと言えばほかにも教えていない特殊な能力があるが、それを教えると晶に巫女服をつき返されてしまうのが目に見えているため、彼女はそれも明かすつもりは無かった。


「まあ、巫女服のことは諦めてよ。報酬はいつもの口座に振り込んでおくからさ……このやり取りって、ハードボイルドでちょっとかっこいいよね」

「黙れ中二病」

「中二病ってどうしてあんなにかっこいいんだろうね。何かそれっぽい神器作ってみようかな……」


 実際にそれを作ってしまうとそれはもう中二病ではなく本物なのではと晶は疑問に思うが、その手の知識があまり豊富とは言えないため口にすることは無かった。


「神器はそんなぽんぽん作るもんじゃないだろうに……とにかく、報酬のことはちゃんと頼んだぞ?」

「わかってるって。心配性だなぁ、晶君は」


 お前がそんなだから心配なんだよと言い捨てて、晶は鳥居をくぐって帰路に着いた。このまままっすぐ部屋に戻れればよかったのだが、一度ロッカーに預けてある服を回収してどこかで着替えなければ正体が特定されてしまいかねない。いっそ神社で着替えさせてもらえればいいのだが、土地神の度重なるセクハラに嫌気が差し、目撃者にあの神社の巫女だと勘違いされる可能性も考えて人気の無いトイレなどで着替えるようにしていた。服だけでも着替えてしまえば、案外気づかれないものなのだ。


「……あれ、何か忘れてるような?」


 晶を見送った土地神は、彼に何かを忘れている気がして首をひねった。絶対に言っておかなければいけない、重要な何かがあったはずなのだ。


「……………………あっ!?」


 毎日ひそかに晶をストーキングさせていた式神が突然彼を見失ったことでようやく忘れていたことを思い出すが、時すでに遅く、もはや無意味なものになってしまっていた。

 晶がいつも使っている帰り道に小さな空間の(ひずみ)が発生しており、自分の力を込めた呪具を使ってふさいでもらうつもりだったのだが、彼は見事にそこに落ちてしまったようだった。


「完全に異世界に落ちてるよね、これ…………これは、新しい美少女巫女を用意する必要があるかな」


 諦観のため息をついて、土地神はこれ以上被害者が増えないうちに歪を修復するべく夜の街に消えていった。彼が歪の向こう側に引っかかっていることをかすかに期待はしていたが、望みは薄そうである。

 異世界に落ちてしまった者を引き戻すことは他世界への干渉ととられるため行うことができないのだ。


(向こうがポンポン禁を破るからこっちも破る、ってわけにはいかないしねぇ)


 こういうところは現代日本にすっかり毒されてしまったといえる。

 こうなると、晶が自分の作った神器である巫女服を手放さなければそう簡単に死ぬことは無いだろうということだけが数少ない救いだった。

土地神「晶たんの巫女服hshs」


というわけで、幾度も書き直し、繰り返し設定を変更し、誤字脱字は大丈夫か、設定に矛盾は無いか、ちゃんと面白そうかとビクビクしながらもついにやってしまいました……。

正直、自分で作ったものに対しては自分の感性があまり信用できないので不安でいっぱいですが、よろしくお願いします。

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