オセロ 〜嘘とウソには天罰を〜
「君、ちょっと来てくれるかな」
割かし想像のつく呼び止め言葉だ。このスーパーではたびたびこの言葉が飛び交う。ちょっと来てくれるかな。この言葉に近いことを言われたのは、今までに何十回、何百回、さすがに百はいかないか、まあ、それだけたくさん言われたことのある、聞き慣れた言葉なのだ。
「何なんですか、僕にようでも?残念ですけど、僕はこれから用事があって」
それを聴くと、僕の腕をガバッと掴み、無理やりスーパーの奥の部屋まで引っ張った。どうやら僕は、万引きをしたと思われているらしい。
よし、ここまでは順調だ。
僕はこれまでに、何十回も万引きをしたと思われつづけた。コレは偶然でなく、故意によるものだ。今の話だけだと、聞いていてチンプンカンプンだろうから、より詳しくお話しよう。
何故、万引きをしたと思われつづけたのかというと、これは実に簡単な話である。僕は万引きしたと思われるのが仕事だからだ。より一層分からないかもしれないが、今言ったのが、僕の仕事、本職なのである。
仕事とはズバリこうだ。まず材料になる警備が硬そうなスーパー(これは万引きをしていないかどうかチェックするガードマンがいることを指す)を選び、行く。下味に、そこでガードマンが見ているのを確認して、持っているバッグに商品を、あたかも(ここがポイント)あたかも自分の物にするかのように、バッグに入れるフリをするのだ。ここまでしたらあとはラク。あとはただ、今みたいに部屋に連れて行かれたらいいだけ。簡単でしょ。仕上げに、僕は万引きをしていない、証拠でもあるのか、と強気になり。店がわに、バッグをみして下さい、警察を呼びますよ、と言わせればいい。そして、バッグに何も無かったらどう詫びるつもりだ、謝罪じゃすまねぇぞ、と味見し。何も入っていないバッグを見せ、店長、ガードマン、その他もろもろに謝らせて、最後にかる〜くスパイスを。お金を貰う。
と今まで話したのが僕の仕事で、今もまた仕事中なのである。
部屋に連れてかれると、店長らしき人が立っていて、僕を待っていた。
「一体なんなんですかこれは。そしてこの扱い。さては、僕が万引きでもしたと言いたいんでしょ」
「そうです。その通りです。お客さん、あなたは確かに、うちのスーパーの商品を会計も済まずに、バッグの中へ。そして外へ。だからこちらへ」
「言っておきますけど、僕は万引きなんてしてません。欲しいものがあったら、ちゃんと自分の金で買います。」
「ほう。では何故万引きを?」
「帰ってもいいですか、僕は万引きなんかしていないんです」
「残念ですけど、そうはいかないんです。うちの専属の、まあ、あなたみたいな人が万引きをしてないかチェックする、ガードマンがですね、見たって言うんですよ。あなたが万引きをしたというところを」
「それは本当ですか、その人呼んでください。きっと人間違いだと思いますよ」
そう言ってから少したつと、さっき腕を掴んでここまでつれてきたおじさんが、入ってきた。中年でふちの大きい眼鏡をかけている。大人ぶってるけど、子供の演技に引っかかる、まぬけなおじさん。
「この子が、店の商品をバッグに入れたのを見たんだね」
「はい、確かに見ました。この子が、店に置いてあったリップクリームを、入れるところを。最近の子は、男でも紅を塗るんですかねぇ」
なんとも不愉快な、腹の立つ言い方だった。だがここは仕事、落ち着いて落ち着いて。
「御冗談を!僕はリップクリームなんか持っていなければ、そんな所通ったことも無い!」
「いいえ、確かに通りましたよ。この眼でしっかりと見ましたから」
「見たといっても、それが僕であると言えるんですか!」
と強気で言っても実際はリップがおいてある所を通った。でもだからといって問題では無いのだ。リップクリームがおいてある商品棚のところは、上手いぐわいに監視カメラと人の死角になっているから。だから大丈夫。
「いいえ、絶対に通りましたよ。そしてあなたはリップクリームを取り、そのバッグの中に入れた。ちゃんと見ましたよ、この眼で」
「さて、どうだか。さっきから見た見たといってますが、それが本当だとしても何になるんです。見ただけでしょ。そんなに言うのならば、証拠を見せてください。証拠を。僕が取ったという」
「そんなの、目の前にあるじゃないですか。ほら、君のバッグ」
「でもそれは、バッグの中に入っていたらの話でしょ。入ってもいないのに、勝手に決め付けるなんて、名誉毀損だ!」
「ははっ、君はテレビの見すぎだ。名誉毀損は、公然と事実を指摘して人の名誉、社会的評価を傷つけたときになるんです。ということは、もし名誉毀損だなんていうんだったら、それは君が万引きしたのは事実だと言っていることになるんですよ」
変に詳しい。素人弁護士かよ!て突っ込んでやりたいが、ここは仕事。抑えて抑えて。
「ふぅ〜ん。そうですか。だから何か?」
「だからって・・・さぁテレビで万引きしているのを見て真似たのか知りませんが、バッグの中見して下さい」
「無かったら、どうするんです?責任でも取ってくれるんですか?なかったらそれなりの代償をいただきますよ!」
「代償??ええ、どうぞ。無かったら代償を取るなり、名誉毀損にでも好きなようにして下さって結構。まあ、無かったらの話ですが」
やはり不愉快。今度はこっちが鼻で笑ってやる番だ。
ゆっくりとバッグを渡す。奴は、バッグのチャックを開け、中に入ってもいない、リップクリームを探す。そして、一通り中身を探してリップクリームが無いのに気づくと、まるでゴキブリを追いかけるように、素早く手を動かしてリップを探し・・・。というのが僕の台本に書いてある。だが、現実という台本には途中、編集があったようだ。
奴はバッグから手を出すと、僕の目の前にリップクリームを出した。僕のバッグからリップが出た。予想外の展開とはまさにこの事を指す。ひょうたんからこま バッグからリップ?
「さあ、どうです。これでも万引きしていないと?」
何を言っていいのかわからない。面食らって喋れない。今までにないパターンだ。おかしい、実におかしい。確かにリップを取るところまではした。だが、リップをこれの中に入れた覚えは全く無い。つまりこのリップは、あってはならないはずなのだ。なのにある。
「もしもし、あなたの言った証拠、ありましたよ。これで決まりですね。あなたはこのリップクリームをバッグに入れたんだ」
入れた覚えのないのに、ある。無かったのに。なんでだ?ひとまず深呼吸。これが大事。 奴が手を入れ探って出てきた。あぁそうか。そういうことか。単純だ。
「さあ、もう言い逃れは出来ませんよ。おとなしく認めたらどうです」
「すいませんが、一人にしてもらいませんか?ちょっと考えさせてください」
「いきなり何を言うんです、君のバッグからリップが出てきたんですよ。いまさら何を考えるんですか?」
「まあ、これで彼が万引きしたのを認めたらいいわけだから。少し頭を冷やさせてはどうだろう。まだ子供なんだ」
「店長が言うなら、別に良いですけど。でも、頭冷えますかね。興奮してるみたいでけど」
ふぅ〜ん。頭が冷えない?馬鹿にするな。最後に驚いて興奮するのはあんただ!
それから一人にしてもらって、30分位たったが僕は何一つとして考えることは無かった。むしろ羽を伸ばさせてもらったくらいだ。考える時間なんて別に要らなかった。ただ、奴と一対一になれたらよかったから。
それから少し時間が経った。
静かな部屋にガチャリとドアノブを回すゴングが響き、僕は戦闘態勢に入った。
「どうですか、少しは認める気になりました。」
「いいえ、むしろ逆です。自分がやったんじゃないと思うようになりました」
「なんてことを言う。いい加減認めた・・」
「まさか、自分がはめられるとは思ってませんでしたよ」
「はい?」
「ここでは万引きをした人を捕まえた数によって、給料に差が出るんですよね」
「そうだが、なぜそれを?」
「紙。貼ってあるから」
部屋の壁に、棒グラフで捕率が書いてある紙と「人掴めば金も掴む」という、わけの分からぬ紙が貼ってあった。どのグラフもあまり伸びが良くない。だが、一人だけグラフの伸びが右上がりになっている。誰だ?まぬけおじさんだ。
「あなたは、何もしてない人に万引きをしたと見せかけて、捕まえているんです」
「はい?」
「事務室までつれてきて、相手にしてないと主張させ。バッグの中を探すふりをして、最初から手に握っていた商品を、あたかもバッグの中にあったかのようにして見せ付ける。違いますか?」
「はい?なんですか、それは。一人考えて何を言い出すかと思えば、私があなたを万引きの犯罪者に仕立て上げただなんて。馬鹿らしい。そんなの証拠も何も無い、勝手な妄想じゃないか」
「証拠があったら、妄想でなくなるんですね?」
「証拠があっても、断じて私はそんなことをしていない」
「やったという証拠があったら、あなたがしたことになりますよ。その妄想は事実に」
「じゃあ、その証拠を」
「証拠ですか、あなたが持ってるじゃないですか。そのバッグの中にありますよ。確かにバッグの中から、リップクリームは出ましたが、それが誰の手によって、入れられたかは分かりません。普通ならば、僕のバッグから出てきたんだから、僕が取って入れたに違いないと、誰もが思います。でもそしたら、おかしいんです。僕が取ったならそのリップクリームに僕の指紋が付いてなきゃいけないんです。でも、そのリップには僕の指紋は付いていません!あなたの指紋だけ!つまり、あなたがが入れた事になるんです。」
「何故、リップに君の指紋が付いていないと?」
「触って無いからです。あなたがバッグから出してから、一度も触れる機会の無いまま、あなたが持ったままだからです。ですから僕がそのリップに指紋を付けることなんて不可能なんです」
「棚から取ってたじゃないか」
「取ってません。だから付きません」
「本当に付いていないと」
「付いてませんね。なんなら警察にでも行って調べたらどうです」
「手袋でもして取ったかも」
「無いです。あなたは、僕が手袋をして取った所を見たんですか。万引きをする人間が、わざわざ目立つように、手袋をして万引きしますか?」
「・・・・・・・しないだろう・・・」
「そうです、しません。ですからそのリップに、僕の指紋が付いていないのが証拠です。あなたが僕を万引き犯に仕立て上げたと認めるんですね」
しばらく、沈黙が続いた。大分イライラしているようだ、立ちっぱなし。そりゃそうだ。16のガキに一杯食わされてるんだから。少しして、踏ん切りがついたのか、ああ、と息をつき椅子に座った。
「では、早く僕がやっていないと、他の人たちに伝えてください」
「分かった。だがこの事は、誰にも・・」
「言いません。けど、あなたしだいです。一応バッグを渡す時に言いましたから。なかったら、それなりの代償は頂くと、」
「何!金を取るのか」
「当たり前です。簡単に言うと、慰謝料っていうやつです。別に払わなくてもいいですよ。ばらされてもいいならね」
「何をガキが!私は一銭も払わんぞ。第一にな、今言った事を、他の奴に言っても誰も信じないぞ。私はただ、君が変なことを言い出すから、今日は仕方なく許してやろうと思って・・」
「最近は便利な世の中になりまして。ついさっき喋った言葉を綺麗に、そのまま携帯電話に録音する事が出来まして」
ちらりと携帯を見せてやった。そう、さっきまでの会話全部録音させてもらった。もちろん奴の自白入りで。
「どうぞ、お気持ちが決まり次第、こちらに連絡を。そうそう、最後にひとつ。名誉毀損の話が出てましたけど、名誉毀損で指摘する事実は、真偽または有無を問いません。つまり、あの時例えあの中にリップクリームが無くても有っても、それが僕に対して社会的評価を傷つけたとみなされたら、名誉毀損なんです。あなたも弁護士なんかのテレビの見過ぎじゃないですか」
言ってやった。開いた口がふさがってない。
「良い返事をまってます。では、さようなら。」
〜PS、反省会〜
まさか20万もくれるとはね。そんだけ今の仕事が好きなのかしら。まっ関係ない話だけど。チョットやりすぎかな?まぁいいか。でも、あの時リップには、僕の指紋が付いてたかもしれないんだよな。一応取って入れるフリをしたわけだし。えっ!?それで自白したって事は、僕が取ってるところを、見てないってこと?
何だか分けがわからない。あのおじさんは、していない白を黒にする。僕は、黒から白に。つまり、万引きをしたと思われていなかったてことだよな。うーんまだまだだな、僕。反省反省。
さて、これでまた少しラクしていけるぞ。
奴も悪いことしてるから、こんな天罰が下るんだよ。じゃあ、僕もそのうち・・・
まず、読んで下さってありがとうございます!
この小説には原案にあたる小説がありまして。その小説を読み、こんな面白いS-Sが書きたい!と人読みで一目ぼれし、影響されて作ったものです。
といってもS-Sにしては長編のような入りだしで長いし、短編にしては物足りなく短い。まさに、帯に短し襷に長し、という感じになってしまいました。(このくだりどっかで見たことが・・・)
で、書くにいたって、その原案の作者さんに、書きたい!モチーフにして書きたいのです!と嘆いたところ。どうぞ書いてください。できたら出来上がりの作品を読ましてください、となんとも嬉しいばかりのコメントを貰ったのです!そして出来たのがこれですが。
はたしてこれが見せれるような作品であるかどうか分からないので、未だに見せてはいないのです。