第16話 ルキリアの覚醒
「ルキ、今日はハンが王都の建国祭に出席しておるから、夕食はルキの好きなハンバーグにしてもらったぞぇ」
「やった!じいちゃんは、和食の方が好きだから、ハンバーグはたまにしか出ないからね!おばあさま、ありがとう!」
俺は料理長が持ってきてくれた『Wチーズのせドデカハンバーグ』に、舌鼓をうちながら幸せを感じた。
「おじいさまは、今日は王都に泊まり?」
「たぶん酔った陛下に絡まれて、今日は泊まりになるじゃろな」
夕食後、城に併設している救護室の仕事を終えたセイは、寝る前の体調を確認しにルキリアの部屋に向かった。
「……そろそろ、ルキがベッドに入る時間じゃな」
ルキリアが小さい頃から、セイは必ず就寝前にルキリアの体調を確認していた。目に暗黒の魔力が漏れ出してからは、特に注意して変化を見逃さないようにしていた。
(んっ……?)
セイは、ルキリアの部屋の前を『通り過ぎながら』、さりげなくルキリアの部屋に認識阻害をする光の結界を張った。
(……来たか)
セイは、ルキリアの部屋から遠く離れた客室に、あたかもルキリアがいるかのように見せかけながら「ルキ〜、入るぞえ」と、声をかけて部屋に入った。
そして、部屋に入るとすぐに、左手の薬指にしている指輪に魔力を込めた。
「うわぁ、騙された〜」
黒いマントを羽織った5人が、セイの後ろに現れた。
「あの坊ちゃんの部屋、厳重に魔法で隠されてたから、おばさんの後を追ったら分かると思ったのに……」
セイは、ゆっくりと5人に振り返った。
「お前らは、誰じゃ。んっ?まとっている魔力が……、人族と魔族の掛け合わせじゃな。……なるほど、そういう存在か」
「おばさん、何でそんなこと知ってるんだ?」
「そんなことは、お前らには、教えられんなぁ。……ルキを攫いに来たのか?」
「いや、違うよ。俺たちはね……」
「エリック!余計なことを喋るな!」
黒いマントの1人が、よく喋る男を、低い声で黙らせた。
♢*♢*♢*♢*♢
「ルキリア、無事か!」
突然——じいちゃんが、俺の部屋に慌てた様子で転移して来た。
「おじいさま!あれ?今日は、王都に泊まるんじゃ……」
俺は、じいちゃんの顔色が青ざめているのに気がついた。
「おじいさま、どうしたの!」
「セイがこの部屋に来なかったか?」
「まだ来てない……」
「……ルキリア、この部屋から出るなよ」
じいちゃんはそう言い残すと、すぐに部屋を出て行った。
(何があったんだ……?)
俺はすぐに、城内全域の魔力感知をする魔道具を起動させた。
「ばあちゃんが、本館の外れにある客室にいる……。他にも数人の魔力を感知してる……」
俺は、すぐさま部屋を飛び出してじいちゃんを追いかけた。
そして、遠く前を走るじいちゃんに、俺は大声で叫んだ。
「じいちゃん!本館外れの客室!」
じいちゃんは、俺に振り向くと、「部屋に戻れ!」と叫んだが、俺はじいちゃんを追いかけた。
ドガァァァン!!
客室のドアが爆ぜ、辺境伯城に夜の静寂を破る轟音が響いた。
そして、空気が破裂したような衝撃と共に、3人の黒いマントの男たちが、部屋の外に吹き飛ばされた。
(ばあちゃんの閃光衝撃波だ!光が空気を急膨張させて爆発させるやつ!)
「うわぁ、痛え〜。おばさん、やるね〜」
吹き飛ばされた男たちは、走ってきた俺たちに気がつくと、すぐに立ち上がった。
(ばあちゃんの攻撃を受けたのに、全くダメージがない!)
「セイ!」
「おばあさま!」
部屋から、2人の黒いマントの男たちに拘束されて、左頬が腫れ上がり、左目の周りが紫に変色したばあちゃんが出てきた。
「ハン、すまん……。捕まってしまった」
(ばあちゃん!!!)
それを見た瞬間――
俺の目が急激に熱くなって、頭の中から世界の音が消えた。
そして全身から黒い魔力がものすごい勢いで噴き出し、俺の身体に巻き付いていった。
「……ばあちゃんに、何をした……?」
「あっ、成功かな?」
男は、俺の姿を見て、嬉しそうにつぶやいた。
俺の真っ赤な目から、黒い魔力があふれ出た。
そして喉の奥から、押し殺したような声が漏れる……。
「グオォォォォォッ!!」
空気が震えた。
それは怒号ではなく、この世のものとは思えない咆哮だった。
「ルキ!」
「ルキリア!」
俺の黒い魔力が渦巻いて、吹き飛ばされた男たちに絡みついていき、次第に3人の姿が黒い魔力に埋もれていった。
「ぅがぁぁぁ、頭が潰れる!」
「ぐあぁぁぁぁ、体が捻じれる!」
「ぐぉ……息が……」
ばあちゃんを押さえていた男は、魔力に圧倒されて動けないでいたが、仲間の声に正気を取り戻したかのように俺に叫んだ。
「やめろ!この女の心臓を破裂させるぞ」
俺は、声を発した男に顔を向けて手を伸ばすと、空を掴んで何かを握りつぶすようにグシャっと手を握った。
「ウッ、グゥァッ……!」
男は、不可視の圧力にミシミシと骨を軋ませた。
「何なんだ……この化け物は……」
男の声に反応して、俺の体から溢れ出している魔力が、一気に膨張して城全体を包み込んだ。
「ルキ!やめるんじゃ!」
じいちゃんが一瞬の隙をついて、ばあちゃんを押さえていた男を弾き飛ばすと、駆け付けたチャールズたちにばあちゃんを預けた。
そしてじいちゃんは、俺のそばに飛ぶと、黒い魔力を吹き出している俺を見つめてから、思いっきり力を込めて抱きしめた。
そして、俺の耳元ではっきりと告げた——
「ルキリア——お前は、儂の、孫だ」
俺の手首にあったブレスレットが「パキンッ!」と音を立てて、パラパラと床に転がり落ちた。
そして、じいちゃんに抱きしめられた瞬間、俺の目に涙が溢れて、黒い魔力が一瞬霧散しかけたが、頭の中の「声」がそれを許さず、無理やり真っ暗な闇へ引きずり込まれた。
俺は、上下左右の感覚もわからない、真っ暗な闇の中に浮いていた……。
『ようやく、此処に来たか』
「……」
『お前の中の怒りが極限に達して、お前は自ら『暗黒の力』を芽吹かせた』
「なぜ俺にこんな力を……」
『お前は、儂の使命を担う者……』
「……使命……俺には関係ない……」
『使命は、お前の意思には関係ない……人は運命ともいうらしいな』
「運命って……」
『過去にも儂の力の種を芽吹かせたものがおる。そして、知ってか知らずか……この世界の災いを払った。お前もこれから来るこの世界の窮地を救うことになる』
「世界の窮地……俺が……?」
『お前と繋がりのある者たちを守りたいのだろう?』
「この力は……どんなもの……?」
『この暗黒魔力は、時空を繋ぐ。並行世界に飛ぶことも、飛ばすこともできる――属性などない無限の魔力だ』
「……並行世界と、無限の魔力……」
『お前は、どう使う?……その暗黒魔力を……』
声はどんどん遠くなっていった。
『どう使う……?』
最後の言葉が、俺の中で残響した。
「ルキ……、ルキ!目を覚ましたか!チャールズ、ハンを!」
チャールズが、バタバタと部屋を出て行く音がした。
「おばあ、さま……」
「……良かった。ルキが目を覚まして……」
ばあちゃんは、俺をギュッと抱きしめながら涙を流した。
「……俺は、何を……」
バンッ!とドアを開けて、じいちゃんが部屋に入ってきた。
「ルキリア!大丈夫か!」
「おじいさま……」
じいちゃんは、ほぼ全身に包帯を巻いていた。
「あっ……、俺が……傷つけた……」
「ふん、こんなもん、かすり傷だ」
俺は、ばあちゃんが殴られたことを思い出して、ハッとばあちゃんの顔を見た。
「あっ、顔は……」
ばあちゃんは、片眉を上げてニカッと笑った。
「あんなもん、我の治癒魔法ですぐに治したわ」
「えっ、あっ、でも……じいちゃんの傷は?」
「……ハンの傷は、治癒魔法が効かん」
(ばあちゃんの治癒魔法が効かない?)
「なぜ効かないの……」
「傷口を黒い魔力が覆っていて、光の魔力を弾いてしまうんじゃ……」
『無限の魔力』
俺はあの暗闇で聞いた言葉を思い出した。
(傷口を覆っているのは俺の黒い魔力だ……。俺なら払える……でも、この力を使うのが……、怖い……)
じいちゃんは、ベッドのそばの椅子に座ると、あの後の話をしてくれた。
「5人の内、2人はあの場からすぐに姿を消した。セイが吹き飛ばした3人は、ルキリアの黒い魔力に縛られた後、意識を失って未だに目を覚まさない。奴らは魔力封じの腕輪を嵌めて、地下牢に寝かせてある」
「……」
「……ルキリア、少し休め。あいつらのことは、儂が処理する」
「殺すの?」
「意識が戻ったら、首謀者を吐かせる」
「……俺も、あいつらに会う」
じいちゃんは、天井を見上げて大きくため息をついた後、俺に頷いた。
「わかった……会わせてやる」
(俺に……使命なんてあるのか?
俺が……この世界の災いを払うのか?
俺は……じいちゃんを傷つけたこの力が……怖い……)




