第13話 平和協定締結の式典
「おは……。えっ!おじいさま、カッコいい!あっ、平和協定締結の式典に参加するの?」
じいちゃんは、正装用の軍服で、朝食の用意されている食堂に入ってきた。
「あぁ、急遽、陛下の護衛として儂も行くことになった。隣国の様子を見ておいた方がいいということになってな」
今日は、エビータ国で平和協定締結の式典が行われる。
エビータ国は、先王の死後すぐに、ガーラ国と聖エリス国との平和協定を結んだが、今日は正式に国民に宣言する日だ。
「ハンの正装姿は、久しぶりじゃのぉ!イケオジじゃ!」
前に座っているばあちゃんが、じいちゃんの正装姿にウットリと見とれていたのを、俺は見逃さなかった。
じいちゃん、ばあちゃんと呼んでいるけど、2人はまだ五十代後半ぐらいだ。まだまだ若い。
そういえば、この世界の平均寿命って、何歳ぐらいなんだろう?後から、チャールズに聞いてみよう。ん?チャールズって、いくつだ?
「旦那様、そろそろお時間でございます」
「あぁ、今行く。ルキリア、数日、儂は留守にするが、この城を頼むぞ」
「はい」
「ルキ、我はハンを見送って来るから、先にアツアツのフワフワパンケーキを食べてていいぞえ」
俺も見送りしようと席を立とうと思ったけど、じいちゃんとばあちゃんのラブな時間を邪魔してはいけないと、気を使った。
「おじいさま、お気をつけて」
「あぁ、行ってくる」
二人が食堂を出ていくと、料理長が『フワフワパンケーキ5段重ね』の皿を持ってきてくれた。
パンケーキはフワッフワで、シロップと生クリームが大量にのってて、フルーツもたくさん添えられてある。
俺は、生クリームをたくさんのせた大きい一切れを、口に頬張った。
(あぁ……。俺は、今、幸せだ……)
ガーラ国王宮で、国王のアーチーたちと合流したハンは、王宮内にある転移門の前に立っていた。
「ハン、今日はよろしく頼む」
「今日は、護衛3人と私だけですか……」
「あぁ、外交団は今後の貿易条項をまとめるために、すでに2日前から隣国入りしている。護衛3人は私に張り付くから、ハンは……頼むぞ」
「畏まりました」
国境にある転移門を経由して、アーチー国王一行はエビータ国王宮内にある転移室に到着した。
転移室では、エビータ国王となったライアンと第7王子のルナールが、アーチーたちを出迎えた。
「よ、よ、……ようこそいらっちゃいました。あっ、噛んだ……」
挨拶を噛んだライアンに、隣に立っていたルナールは、さりげなく、ガツっと肘鉄を喰らわせた……。
「ん……、ンッ、ゴホン。……ライアン国王自らの出迎え、感謝いたします」
笑いを堪えるアーチーの隣で、ハンは、目の前のやり取りを無言で見つめながら、小さくため息をついた。
隣にいたルナールは、何もなかったかのように、ライアンの代わりに口を開いた。
「ゴホン……。ガーラ国王、そしてお付きの方も、式典が始まるまで客室でお寛ぎください」
ルナールはそう言うと、先頭に立ってみんなを案内した。
お茶を準備したメイドが客室から退室すると、ハンはすぐに客室の中を隈なく調べた。
「大丈夫だ。怪しいところは無い」
「ハン、ありがとう。あの国王は、式典に来た私たちに何かを仕掛けるということは、ないと思うけどね……。あんな感じだし……」
「お会いするのは、2度目ですか?」
「あぁ、平和協定締結のサインをする時に会ったけど、あんな感じだったよ。でも、サインする前に、俺がカマをかけてガーラ国優勢の条件を出したら、すぐに斬新な妥協案をいくつも出してきた。仕事は出来る人だね……っていうか、たぶん彼は前世持ちだね」
「どの辺で、そう思われました?」
「私は前世持ちではないからね。だから、彼の考え方や政策が、この世界には無い、ものすごく新しいことだということがよく分かる。彼は、この国の内政に関わる組織を大幅に改革した。初めて見たよ、あんな編成……。今までにはなかった分業制の組織体制だよ。この国は、これからすごい勢いで変わる……」
「なるほど……」
「でもね、全員が新国王に賛同している訳じゃない」
「その辺の情報は入手済みですか?」
「うん。空挺団長のマルコに、不穏な動きがある。ハン、……見失わないように頼む」
「承知しました」
ハンは、アーチーに頷くと、スッとその場から姿を消した。
その頃、マルコの執務室には、空挺団の精鋭部隊4人が集まっていた。
「団長、みんな準備は整いました」
「そうか……。式典が終わった後に、ノクタリア国に出発する。集合場所は、いつものブルーマウンテン北の大木の上」
「「「「イエッサー」」」」
ハンはアーチーの護衛として、その後方の席に控えた。そして、会場を見回すと、チラッと会場の奥に目をやった。
招待された客人とこの国の貴族たちの後ろに、騎士団、海兵団、空挺団の幹部が整列しているのが見える。
みんなが席に着いてしばらくすると、エビータ国王が壇上に上がった。
「……えー、本日は、ガーラ国と聖エリス国の皆様に、遠路はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます。……三国間において平和協定が締結されましたことを、ここに宣言いたします。
我が国は長年、戦争に国力の大半を費やしてまいりました。しかし戦争は、何も生み出しません。我が国の国民は疲弊し、技術は停滞し、子供たちは戦場に送り出されてきました。これからのエビータ国は、戦いではなく、開発と交流に力を注ぎます。……私は、この国の未来を戦場ではなく、日常の中に取り戻したい。……ただ、それだけです」
会場が静まり返った後、アーチー国王が静かに拍手をした。
ライアン国王は、汗を拭いながら壇上から降りて席に戻った。
そして恰幅の良い女性が、ドレスの裾を翻しながら壇上に上がった。
彼女は、ルナールが必死で探した、戦前のエビータ国最高の歌い手と呼ばれていた女性だった。
進行役のルナールが立ち上がり、壇上の女性に目配せをした。
「平和の歌」
会場のざわめきが、すっと消えた。
そして女性は、大きく深呼吸してからみんなに笑顔を向け、美しい声で歌い始めた。
『私たちの世界 空は青く大地には緑が広がり
そして遠くには 白い山々が見える
私たちの世界 海は波がしぶきをあげて
そして空高く 鷹が空を舞う
誰かが歌う 平和の歌を
希望の声
愛の声
神は歌う 平和の歌を』
それは、戦争に疲弊したエビータ国民が、長い間失っていた「日常」を歌ったものだった。
女性が歌い終わった後、会場全体が歌に引き込まれてシーンと静まり返った。
その静けさの中、アーチー国王と聖エリス国教皇がスッと立ち上がって拍手をすると、みんなが続々と立ち上がり、会場は大きな歓声と拍手に包まれた。
そして、それを見つめていた空挺団長のマルコが、誰にも気づかれないように席を立ち、振り返ることなく、静かに会場を後にした。
その姿を、ハンはじっと見ていた……。
そしてその夜——マルコを含む空挺団精鋭部隊5人は、エビータ国から姿を消した。
「全員揃ったな……。ここを発ったら、もう俺たちはこの国には戻れない。……少しでも迷いのある者は、ここに残れ」
誰も動く者はいなかった。みんなが、覚悟を決めた目で、しっかりとマルコを見つめた。
「俺たちのいる場所は、団長の側と決めています。団長が迷っているなら、俺たちは団長と共にここに残る」
サムの言葉に、マルコは、フッと笑った。
「……ふふっ。迷ってるのは俺か……」
「団長、北への旅を楽しみましょうよ!」
エリックは、ピクニックにでも行くような軽い感じだったが、その声がみんなの緊張を少し緩めてくれた。
「俺、雪を見るの初めてだ……。ちょっと楽しみ……」
「団長、俺たちのことを思って悩まなくていい。俺たちは、団長と共に行くと腹を決めてるから」
空挺団精鋭部隊の仲間の声が、マルコの背中を押してくれた。
「すまん、俺がブレそうになった。よし、行くぞ!」
マルコは、みんなの顔を見回した。
そして、マルコに空からの戦い方を教えてくれた、前空挺団長から引き継いだコールが、静まり返った山中に、低く響いた。
「エアボーン!」
空挺団の精鋭たちは一斉に叫んだ。
「「「「オール・ザ・ウェイ!」」」」




