第11話 暗黒魔力の目覚め
フルーラ辺境伯のハンが王宮を訪れてからしばらくして、ガーラ国にエビータ国から親書が届けられた。
「陛下、エビータ国から親書が届きました。エビータ国の第7王子が、国王代理として非公式の謁見を願いたいと」
(国王代理……?)
親書が届き、数日後――
「エビータ国第7王子、ルナールと申します。本日はこのような場を設けていただきありがとうございます」
ルナールは片膝を折り、丁寧に頭を下げて挨拶をした。
「非公式に謁見とは、どういった要件で?」
「国王に代わり謝罪に参りました。ガーラ国の南端で、さも侵攻を企てているような動きをしたことを謝罪に……」
アーチー国王は、目を細めて首を傾げながら静かに問いかけた。
「あの動きの意図は?」
「先王が亡くなり、ようやく戦争を止めることが出来ると浮かれた兄が、貴国と平和協定を結んで商業的交流を図りたいと、焦って道を作ろうとした次第です。恥ずかしながら、新国王が手順を踏まずに先走ったことで、貴国に大変なご心配をおかけしてしまったことをお詫びいたします」
「そういうことでしたか……」
「はい。新国王となった兄と私は、貴国と平和協定を結び、貿易交流を盛んにしたいと考えております」
「ところで、平和協定に関しては、軍部の賛同は得られましたかな?軍が不満を持っているなら、王は長くない」
ルナールは、アーチーの問いかけに、僅かに視線を泳がせた。
ほんの一瞬だったが、その揺らぎは明らかだった。
「軍部と重鎮たちの賛同を得ております。彼らも長く続いた戦争に疲弊していたようです」
「ところで、この国の王都郊外の屋敷で、貴国が実験らしきことを行っていると報告があったのだが……」
「あっ……、それは……」
ルナールは、俯いて悩んだ様子を見せたが、小さくうなずくと緊張した表情で顔を上げた。
「……わが国の内情をお話しいたします。その上で、貴国のお力添えをいただきたく……」
ルナールは、エビータ国王族の獣化の問題を正直にアーチーに話した。
「そうですか……。そういうことであれば、共同研究開発ということで、迅速に研究を進めましょう。そして、両国の平和協定を早急に締結させましょう」
♢*♢*♢*♢*♢
「えっ!エビータ国と平和協定を結んだ!?」
「あぁ、儂も驚いた。第7王子が国王代理として、あのトンネルの件を謝罪に来たらしい」
「じゃぁ、ブルーマウンテンの国境に、結界を張る必要はなくなったんだね」
「あぁ、だが隣国の件で、陛下からお前に相談があるらしい」
(えぇ!国王が俺に相談?)
「明日、王宮に呼ばれている。儂も同行する」
「何の相談だろう……」
「魔信便には詳しくは書かれていなかったからな。外には出せない内容だろう」
次の日、俺はじいちゃんと一緒に王宮に向かった。
「陛下、孫を連れて参りました」
陛下の執務室には、王弟殿下と、もう1人、黒髪に紅目の俺とじいちゃんと同じ色を持つ男性がソファに座っていた。
陛下は、俺たちにその男性を紹介してくれた。
「ハンも初対面だと思うが、彼は王立魔法薬研究所のシャーロット博士だ」
彼はソファから立ち上がると、じいちゃんと俺にフルネームを名乗った。
「ジルバ・シャーロットです」
「フルーラ辺境伯のハンだ。そして儂の孫のルキリア」
「ルキリアです」
シャーロット博士は、俺をじっと見ていたが、なぜかふっと微笑んだ。
(えっ、この人、俺のこと、じっと見てたよね……。なんだろ……、この人のまとってる魔力、みんなと違う……)
「ハンと同じ色が3人揃うと壮観だな……。よし、話を始めよう」
陛下は、俺たちにエビータ国王族の『獣化』について話した。そして獣化を止める薬の研究と並行して、魔道具でも獣化を止める道具を作りたいということだった。
(獣化……。じいちゃんが前に言ってた……)
「ルキリア君、魔道具で獣化を止めることは可能だと思うかね?」
(えっ、魔道具で……?暴走した魔力と神経系の両方に干渉する必要がある。そんなことを魔道具だけでやるのは……)
「……今の俺の知識では、魔道具だけで止めるのは難しいと思います」
「そうか……。魔道具では、やはり無理か……」
陛下は俺に、この話はなかったことにと言って、笑顔で俺の頭をグリグリと撫でた。
(なぜかみんな、俺の頭、グリグリ撫でるよなぁ……)
そして俺は、王都の有名なお菓子を、たくさんお土産に貰って、フルーラ辺境伯城に帰ってきた。
俺は王都から戻って、ぽっかり空いた時間をどうしようかと城内をうろうろと散策していた。
書庫の前を通ると、チャールズが山のように本を積み上げているのが目に入った。
「チャールズ、何してるの?」
「あら、ルキリア様!お散歩ですか?私は少し手が空きましたので、書庫の整理をしておりました」
本が並んでいる棚を何気なく眺めていると、背表紙に『魔の森の歴史』と書かれている本を見つけた。
(そういえば、先代が魔の森について調べていたって、じいちゃんが言ってたな)
「チャールズ、ここの本は、自由に借りていっていいの?」
「興味を惹く本がありましたかな?ここに、お名前と本の題名を書いてからお持ちください」
俺は『魔の森』に関する本を数冊手にすると、自分の工房に足早に向かった。
「うーん……。本には、それほど詳しいことは書かれていないな……」
ハッと思いついた俺は、魔道通信機をポケットから出すと、モーリーに連絡を入れた。
「ルキリア、どうした?」
「あのさ、族長に話を聞きたいことがあるんだけど……」
「あっ、ちょっと待ってて…… (じいちゃん、ルキリアが……) 」
(この魔道通信機、保留機能つけた方がいいな……)
「ルキリア!じいちゃん、いつでも大丈夫って言ってるから、明日、昼メシ食いに来いよ!今日、アンダースネーク捕まえて来たから、それを昼メシに出してもらうよ。うますぎて、びっくりするぜ!」
(スネークって……ヘビ?)
「……わかった。楽しみにしてるよ」
次の日、俺はルーピンと一緒に、地下都市へ向かった。
「族長、お久しぶりです!」
「ルキリア君、久しぶりですね。モーリーから、聞いています。ルキリア君が私に話を聞きたいというのは、どんなことでしょうか?」
「実は、魔の森について教えていただきたいんです。曽祖父が、魔の森について調べていたらしいんですが、その理由を知りたくて……」
「……聞かない方がいいかもしれませんよ」
「えっ……」
「ハン殿が、貴方に伝えなかったことですから、私の口からは……」
「えっ……族長、教えてください。祖父が俺に言わなかったことって……」
はぁ……と、大きくため息をついた後、族長は口を開いた。
「色ですよ。ハン殿と貴方が持つ色です」
「色?」
「大昔に魔の森にあった魔国の王、『魔王の色』です。黒髪に紅目……」
(あっ、シャーロット博士も同じ色だった……)
「この色は……珍しい色なんですか?」
「私が知る限り、この色を持つ者はハン殿とルキリア君しかいません」
(俺も……じいちゃんと博士以外に、同じ色を持つ人を見たことがない……)
「貴方の曾祖父は、自分の息子が魔国の王と同じ色を持っていることを不安に思ったのかもしれません」
「魔王……。族長、魔の森と魔王について、詳しく教えてもらえますか」
族長はしばらく沈黙してから、深くため息をついた。
「はぁ……。わかりました。少し長くなりますがお話ししましょう」
族長は、俺をソファに座らせると、真剣な面持ちで語り始めた。
「魔王は、大昔に魔の森にあった魔国の象徴でした。そして魔の森に住む魔族たちは、魔王の忠実な部下として仕えておりました。特にヴァンパイア族は、魔王を崇拝し、魔王が姿を消した後も『魔王復活』を望み、いつでも魔王を迎えられるようにと、最北の地にノクタリア国という国を建国しました」
(ノクタリア国?……)
それから族長は、魔の森に住む魔族について話してくれた。
昼食を食べた後、俺たちは地上に上がって、暗幕結界が張ってある広場の草の上にゴロリと寝転んだ。
「アンダースネーク、うまかったな。また獲れたら連絡するよ」
「獲るのは難しいの?」
「あぁ、奴らはかなり深い所にいるからな。それより……ルキリアは異世界から来たんだな」
族長とモーリーに、俺は落ち人だからこの色を持つのではないかという推測を話した。
この2人になら話してもいいと思った……。
「俺……、まだこの世界が夢の中みたいで、ここにいる俺は本当の俺なのか……実感できてないんだ」
「お前……」
「でも何かが……俺をこの世界に引きずり込もうとしてるようで……怖いよ……」
モーリーは、俺の話を聞いて眉をしかめると、怒気をあらわにして勢いよく跳ね起きた。
「引きずり込む?ルキリア、お前、もうこの世界に立ってんだろ!この世界にいる自分を、他人事みたいに言うなよ!」
「えっ……」
「あっ、ごめん。……つい腹が立った。俺の親友だと思っている奴が、この世界にいる自分を偽物みたいに言ってたから」
「……親友」
「お前が現れた時……、初めて話の出来る友達が出来たって嬉しかった。だから……、腑抜けたことを言うなよ!」
「腑抜けたこと……」
「ルキリア、この世界で、……覚悟決めて生きてみろよ!お前がこの世界から逃げたくなったら、俺が殴ってでも、お前をこの世界に立たせてやるから……」
(覚悟……。俺、逃げてたのか?前世で現実から目を背けてたみたいに……)
突然、突き刺すような冷たい視線と魔力が、一瞬、どこからか俺たちに飛んできた。
「ルキリア様、早く地下へ!」
——同時に、俺の目が急に焼けるように熱くなった。
「痛い!うっ、ぐ……!」
「どうした!ルキリア!」
俺が手で目を抑え込んでいると、モーリーが俺の顔を覗き込んだ。
「目が……真っ赤に、なってる……」
ルーピンは俺をサッと担ぎ上げると、風魔法を使ってすぐに地下への入口に飛び降りた。
「ルキリア、大丈夫か?」
「……大丈夫、もう痛みは、無くなった」
「誰かが、見てたな……。飛んできた魔力は、冷たい血の香りがした」
モーリーがルーピンに顔を向けると、ルーピンは大きく頷いた。
「はい。冷たい闇魔力の気配を感じました。誰かが覗いているような……」
氷柱に反射する光が瞬き、氷で覆われた美しいノクタリア城の冷たい一室で、銀髪の男は冷たい笑みで『遠見の鏡』を覗いていた。
「ふふっ。少しだけ魔力で刺激したら、あの少年の力が反応したようですね……。早く魔王様の力を開放していただきたいのですが……。そばにいる鼻のいいネズミと犬が邪魔ですね……」




