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路地裏の風使い  作者: 月塔珈琲
風とウタブミ編

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9/15

record:09.犠牲

 ヨーダが三人分のマグカップを洗っていると、閉店準備を終えたコルトがカウンター席に座った。


「のうヨーダ……かわいそうだと思うが、カナの傷は治さんでやってくれないか」


 言いづらそうに口を開いたコルトの顔を、マグカップを洗う手を止めてヨーダは見た。


「なんで……」


「あの子の怪我を治すと、逆に怪我が増える。あの子を虐待している奴の神経を逆なでするんだろう」


 蛇口から流れる水の音が、遠くに聞こえる。ヨーダは全身から血の気が引いていく感覚を覚えた。


 「そこまで考えが及ばず、わしはあの子の顔の怪我を治したことがある。その次の日、あの子の顔には新しい怪我があった。前よりもひどい怪我だった。あの子は何も言わなかったが、おそらく殴られて、あげく殴ったところにさらにやけどを負わされていた。煙草の火を押し付けた痕だよ。ひどいものだった」


 ヨーダは自分の考えの浅はかさに気づいた。傷を治してやれば解決する問題ではないことはわかっていた。けれど、痛々しい傷やあざを消す行為が、余計にカナタを危険にさらすことになるとは考えてなかった。傷を癒せばカナタは喜ぶかと思っていたが、それは自分の自己満足にすぎなかったのだ。


「それからは傷跡だけ残して、痛みだけ取ってやってるんだ。残した傷跡も、消える速度を遅くした。やっていることはただの時間稼ぎで、根本的な解決にはならんがのう」


「誰が、一体誰がやってるんだよ……ジジは知ってるのか? あいつを虐待してるやつのこと」


「……キュリカの内部のことは、わしにもわからんよ。あそこは七の主とその孫、あとはわずかな人間しか出入りできんからな。ただあまりにもカナへの虐待がひどいからのう、あの子がキュリカを抜け出してエルの家に戻っているときを見計らって、一度うちに連れて帰ろうとしたことがある。けど、本人が拒んでキュリカに戻ってしまった」


 情けない。コルトはため息交じりに言った。


 ヨーダは再びマグカップを洗い始める。洗いながら、なぜカナタは虐待されるのがわかっていてキュリカに戻るのか考えた。


 報復が怖いからだろうか。現に傷を癒せば、その倍傷を増やされるという状況なのだ。


 ただ報復が怖いからという理由で、カナタが保護されることを拒むのであれば、そうならないようにこちらが守ればいいだけのこと。


 でも、もっと信頼関係が築けないとダメかもしれない。たった一、二度会っただけの自分が、ちゃんとカナタを守れると信用してもらわないといけないし、自分自身カナタを守れるようもっと強くならなくてはいけない。


「傷跡を残して、痛みだけ取るって、どうやるの?」


 洗い終えたマグカップを食器棚に戻すコルトに、ヨーダは聞いた。


 コルトは少し考えて、答える。


「カルミナがないと、おまえにはまだ無理だろう。あれは魔法を使うものとかけられるもの、両方に負荷がかかる。カルミナで負荷を軽くせんと、体に負担がかかりすぎる。構築式となる音楽は簡単に覚えられると思うがの」


 言って、コルトは空中に光る五線譜を浮かび上がらせた。円を描き回転する五線譜の上で、白い音符が跳ねる。


 ほんの一瞬だけ見せて、コルトは五線譜を消した。ヨーダは不満そうにコルトを見る。


「そんな顔をするな。おまえがカナを助けたい気持ちはわかるが、カルミナがない今、自分を犠牲にすることは感心せん。自己犠牲は決して良いことではないからのう」


「俺は、自分を犠牲になんかしないよ。誰かとは違うから」


 ヨーダはコルトを残し、店の奥へと入っていった。やれやれ、とコルトがため息をついたのを背後で感じながら、ヨーダは自分と同じ真実の瞳を持つ父のことを思った。


 何で父親が死んだのか、母やコルトからは一切話を聞いていないが、噂なら知っている。


 騙されて、騙されたのを知っていて、それでも人を守ろうとしたという父の事を、馬鹿にする街の住人がいるからだ。


 自分は父親とは違う。


 ヨーダは、洗面台の鏡に映った自分の姿に、写真でしか知らないはずの父親の面影を見た気がした。

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