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路地裏の風使い  作者: 月塔珈琲
風とウタブミ編

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2/10

record:02.ちいさな幽霊

 翌日の朝。


 カーテンに光を遮られた部屋で目を覚ますと、ヨーダはフードをかぶり直し、昨夜机に置いた夕食のパンを手に取った。パンはもうぱさぱさに乾いている。


 そのパンを手にしたまま部屋を出て階段を降り、裏口の扉から庭へ行く。そしてそこに集まっている鳩たちにパンをちぎり、与えた。


「鳩にばかり食わせとらんで、自分も食わねば大きくならんぞ」


 そんな声がしたので振り向くと、背後にコルトが立っていた。


 コルトは小さな紙袋をヨーダの前に差し出し、言う。


「昼飯だ。どうせまた丘へ行くんだろう?」


 ヨーダは返事をせず、また、紙袋も受け取ろうとしなかった。


 最後のひとちぎりになったパンを鳩に放り投げ、コルトの横を無言ですり抜ける。


「そういえば、最近あの丘の教会で幽霊が出るって噂になってるのう。街の子供らが、肝試しするって昨日騒いでいた。おまえも一緒に行ってみたらどうだ?」


 そんなコルトの言葉を無視して、ヨーダは玄関から家を出た。


 見上げた曇り空は、自分の内面と同じだ。


 胸の奥にあるわずかな光さえ、隠してしまう。


 わずかにあったはずだ。母がいたころは。自分にだって。


 この街の子供たちと同じように、たとえ閉鎖的で外界から孤立したこの街に生きていても、外の世界に

夢を見て、将来の夢を語る。


 どんな些細なことだって、泣いたり、笑ったり、怒ったり。


 気象のように変わる感情の変化が、雲に隠れたままとなっている。


 雲の向こう側で、まだ光があるのかさえもうわからないし、考えるのも億劫だ。


 とにかく一人になりたくて、大通りを歩き、丘の上を目指す。


 街はずれの丘は、閉鎖された牧場と廃墟になった教会しかない。好んで人が訪れるような場所ではなか

った。


 大通りを歩く人々は、今日も自分と目を合わせようとしない。


 一歩一歩進むたびに、心が冷えていく。


 今日も何1つ変わらない。



 丘の上にたどり着くと、ヨーダは昨日と同じ樹木の根元に腰を下ろした。


 紅葉したその樹木を見上げると、葉の一枚一枚が、曇り空さえ燃やしてしまいそうに見える。


 そのまま寝転んで、目を閉じた。風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。


 風の音だと、思った。


 けれど、また昨日と同じように、ぽつりと歌声が聞こえた。


 ぽつり、ぽつり。


 耳の奥で露のように落ちる歌声は、瞼の裏で水面に円を描き、広がる。




 心のありかを忘れてしまったの

 この胸の奥には

 かつて自分を輝かせた光が

 空洞だけ残して 消えていった

 それはきっと 誰のせいでもないのでしょう

 なのにわたしは 誰かを責めるの

 憎しみにも似た この感情で

 この空洞を 埋めるため




 水面に広がるのは、綺麗な水の輪のようで、けれど火花のようでもあった。


 水の上で爆ぜる、小さな火花。


 綺羅と強く光り、一瞬で消えていく。


 耳の奥から、瞼の裏へ。輝いた火花はやがて目頭に熱をともす。




 わたしが失ったものは 何?

 何も変わらず 微笑むあなたの

 心はそこにあるのに

 わたしは――……



 火花のような歌声が、ぴたりと止んだ。


 ヨーダは目を開き、起き上がる。そうして自分の頬を濡らす涙に驚いた。


 指で涙を拭うと、目頭に熱を感じた。なんだろう、なぜ自分は今泣いているのだろうか。


 そこに、まるでガラスをひっかいたような叫び声が聞こえた。


 驚いて声がした方を見ると、少し離れたところにある廃教会から子供が五人、転がるように飛び出し走

り去っていく。


 何だあれは。ヨーダは立ち上がり、廃教会へと向かった。


 そういえば今朝コルトが言っていた。街の子供たちが、あの廃教会へ肝試しに行くと。


 こんな朝早くに、幽霊なんていないだろ。ヨーダは子供たちが去ったあと、廃教会の中へ足を踏み入れた。


 薄暗く黴臭い礼拝堂。煤けた石膏像の前を通り過ぎ、ステンドグラスの窓を見上げる。


 このステンドグラスに描かれているのは、「エステル」だ。ヨーダは光を通して煌めく、翼の生えた少年の姿を目に留めた。



 この世界の人間は、外界から閉ざされたこの街の住民を含め、生まれた特にエステルの洗礼を受ける。


 その洗礼とは、生まれた日の夜に、西の窓からやってくるエステルという天使に光を授かることだ。


 エステルが生まれたばかりの赤子に手をかざすと、水泡のような光が赤子を包み、瞼に三つ星型の痣が浮かび上がる。


 痣は一週間ほどで消えていく。この洗礼を受けないと、赤子は盲目になるといわれている。



 エステルのステンドグラスを眺めながら、ヨーダはこの教会がまた廃れる前も、あまり訪れたことがないなと思った。


 この教会は、ヨーダが三歳の頃に神父が姿を消してしまった。


 何故神父が姿を消したのか。理由は誰も知らないという。


 神父には後継ぎがいなかったし、街は外界から新しく神父を呼ぶこともしなかった。


 その後管理をされなくなったこの教会は、あっという間に寂れ、今の廃教会となった。


 廃墟になった教会へ足を運ぶほど、熱心な信者はこの街にいなかったのだろう。


 この周辺には他に、閉鎖された牧場しかない。


 ぼんやりステンドグラスを眺めていると、頭上で何か軋むような音が聞こえた。


 ヨーダは礼拝堂から廊下に向かい、二階へと続く階段を上がろうとして足を止めた。


 ぼう……と、階段の踊り場で白く小さな光の粒が現れ、消える。


 不思議と恐怖は感じなかった。もとより自分が、この街では幽霊のような存在なのだ。本当に幽霊がい

るのなら、会ってみたいものだとヨーダは思った。



 軋む階段を上り、二階へたどり着くと、ほこりが舞う廊下を歩いた。蜘蛛の巣を払いのけ、奥へ奥へと進んでいく。


 すると、廊下の突き当たりにある窓のそばに、白い人影が見えた。薄暗い廃教会の中。その窓から差し込むわずかな光が、その白い人影を照らす。


 これが幽霊? ヨーダはその正体を見て、がっかりした。


 薄汚れた白いテーブルクロスが、洋裁工房で見るようなトルソーに引っかかっていただけだった。


 ヨーダはそのテーブルクロスをトルソーから引き剥がし、それをかぶってため息をついた。


 やっぱり、幽霊なんていないのか。


 けれど、自分は幽霊に会って一体どうしようというのか。


 友達にでもなるつもりか? 馬鹿らしい。


 戻ろう。ヨーダはふと窓の外を見た。曇り空。今にも雨が降り出しそうだった。



 ――……カタン。



 背後で小さな音がした。ヨーダはとっさに振り向こうとして、それをやめた。


 窓に映る自分の左後方に、白い人影が見えた。


 まさか、本当に幽霊? ヨーダはゆっくりと振り返った。白い人影は、確かに存在し、そこにいる――……


「……に」


「……に?」


「にぎゃーーーーーー!!」


 叫んだのは、幽霊の方だった。


 しっぽを踏まれた猫のようなその叫び声に驚き、ヨーダは後頭部を窓にぶつけた。


 その音を合図に、幽霊は廊下を走り出した。ヨーダはそれを追いかける。


 何で俺は、幽霊なんて追いかけているんだ?


 いとも簡単に、幽霊は捕まった。階段の手前で、自らすっころんだのだ。


 そもそもこいつ、幽霊じゃないだろ。あんな間抜けな叫び声、聞いたことがない。


 ヨーダは階段前でうずくまる幽霊の正体をあばいてやろうと、幽霊のかぶっている白い布を引き剥がし

にかかった。


 けれど幽霊は、必死でヨーダの手を振り払い、それを阻止した。この幽霊、なかなか力が強い。


 再び白い布を引っ張るヨーダの手を、幽霊がひっかく。


「いてぇな! このやろう!」


 ヨーダは自分の手をひっかいた幽霊の手を掴んだ。その手の感触が、ざらり、としていたので、一瞬ひるんでしまった。


 その隙を幽霊は見逃さなかった。勢いよく手を振りほどき、それからヨーダの顔面に頭突きを喰らわせてきたのだ。


 ヨーダが顔を両手で覆い、後ろにふらりと倒れそうになると、幽霊は頭を抱えヨーダに覆い被さるように倒れてきた。


「……おまえ! ふっざけんなよ!」


 ヨーダは幽霊のかぶっている白い布を引き剥がした。どうせ街の子どもの誰かが、いたずらでやってい

ることだろう。


 そう思っていたヨーダは、引き剥がした白い布の下見える白髪に驚いた。


 キシキシと痛んだ、ボサボサの髪。そして頭を抱えている荒れた手と、傷と痣だらけの細い腕。


 こんなやつ、知らない……。


「おまえ、誰?」


 頭を抱えてうずくまる幽霊は、顔を上げることなく、ただ震えていた。

 そして鈴のような声で、


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 と、つぶやくように言った。

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