record:14.決断
薄暗く狭い店内が音にあふれ、胸の奥まで響くその振動が鼓動に変わる。
マクベルの乾いた歌声は砂漠のようだった。エクリアの音は星空を連想させる。他の楽団員の音も、魔法を使っているわけではないのに、キラキラと音の粒が光っている感じがした。
二曲目の演奏が終わると、エクリアがヨーダに指を動かし何かを伝えようとしていた。それを見たエドワードが、ヨーダに言う。
「アンナ・ティガルトの曲、何がいいかって聞いてるよ」
どこか諦めたような表情のエドワードと、ニコニコと笑顔のエクリア。ヨーダはアンナ・ティガルトについてよく知らないので、それをエクリアに伝えようと口を開いた。
「アンナ・ティガルトのこと、俺はよく知らない。その、聴かせたい奴がいて、そいつが好きなんだ」
「そういえばさっきもそう言ってたな」
だってさ、エクリア。エドワードがエクリアを見ると、エクリアは考えるようなしぐさをしてから、また手を動かす。まったくおまえは……。エドワードが頭を掻くと、エクリアは早く伝えろと言わんばかりにヨーダを指さした。厄介ごとを増やそうとするな。アガルトが言い、楽団長は苦笑いしている。
「そいつを、今から連れて来いって」
エドワードがそうヨーダに言うと、エクリアが頷く。
「今から?」
「そう。今から。俺たち昼まではここにいるからさ。今そいつがどこにいるかぐらいわかるんだろ? 小さな街だし」
「……わからない。でも、探してくる! 昼までには絶対連れてくるから!」
そう言い残し、ヨーダは店の階段を駆け上がった。
カナタは今、どこにいるだろう。廃教会か、エルの家か。もしキュリカだったら、会うことは叶わない。それに、カナタを見つけたとして、一緒に来てくれるだろうか?
前に、人に見つかってはいけないって言ってたな。街には人があふれてる。誰にも見つからないなんて、無理かもしれない。
でも、何かあったら俺が何とかする。俺が守りたいから。エクリアの演奏を聴いてほしいから。
最初に、一番近いエルの自宅へ走った。市場の仮設テントの間を、人にぶつかりそうになりながら通り抜ける。
街のはずれにあるエルの自宅の前で、ヨーダは呼吸を整えながらドアを叩いた。
はーい、と、エルの声がして、ドアが開いた。
「ヨーダ君? どうしたの? 大丈夫?」
「カナタは? 今ここにいる?」
「いないわ。昨日キュリカに帰ったままよ。どうしたの?」
「……ごめん、また今度話すよ! 急いでるんだ!」
心配そうな表情のエルを置いて、ヨーダは次に廃教会へと向かった。林を抜けて丘を駆け上がる。いつも通っている道なのに、今日は廃教会への道のりが遠く感じた。
息を切らせて廃教会の扉を開く。ステンドグラスから差し込む光が、埃だらけの床を照らしている。
礼拝堂に、カナタの姿はない。二階にいるかもしれない。ヨーダは階段を駆け上がり、二階の奥の部屋へと進んだ。部屋の中は、以前来た時のように楽譜が散らばっている。ここにも、カナタの姿はなかった。
会えなかった。ヨーダは呼吸を整えながら部屋を出た。呼吸するたび、胸の奥が痛い。
会いたかった。会って喜ばせたかった。ただそれだけなのに。どうして叶わないのだろう。
時間はまだある。キュリカに行ってみようか? いや、あの場所に自分は入ることが出来ないのだから、行っても無駄だろう。毎日変わるキュリカの道順を、攻略する方法なんてわからない。
それでも、会いたい。無駄でもいいから、キュリカにも行ってみよう。ヨーダは廊下を走り、階段の踊り場まで下りた時だった。階段の手すりに触ると、ぐらりと体制を崩してしまった。
そうだ、この階段の手すりは、この前もコーネルの息子がバランスを崩して落ちた――……。
そう思い出しても、遅かった。ヨーダはコーネルの息子と同じように、一階の廊下に落ちてしまった。
全身が痛い。なんとか起き上がろうとすると、右手首と右足に激痛が走る。
「何やってんだよ……俺は」
痛みのある右手首を見ると、痛みがあるだけで見た目には何も変化がなかった。けれど右足はしびれたように動かない。
「……ヨーダ?」
声がして、ヨーダは顔を上げる。聞き間違えるはずがない。小さな鈴のような、けれどどこか芯のあるこの声。
「ヨーダ……!? おちたの!?」
「カナタ……」
最悪だ。かっこ悪い。ヨーダは顔を両手で覆った。こんなはずじゃなかったのに。動かない右足が熱を帯びていく。カナタがヨーダの前にしゃがみこみ、青ざめた顔でおろおろとしている。
「……心配しなくても、大したことないよ。それより、行ってほしい場所があるんだ。大通りの外れの、一番古い木造の建物わかるか? そこの地下で、コートラスから来たアコースティックギターの奏者がいる。おまえのこと、待ってるんだ。俺も後から行くからさ、先に行っててくれる?」
ヨーダが言うと、カナタはぶんぶんと首を振った。
「いかないよ! それよりケガしてるんでしょう?」
「いいから、こんなの平気だから……行って来いよ。エクリアって女の人が待っててくれてる。おまえに聴いてほしいんだ。俺は自分でこの足治してから行くからさ」
「……ヨーダ、ぼくは、街には行っちゃいけないんだ……見つかったら、ダメなんだ」
「理由は知らないけど、それはわかってる。だから一緒に行こうと思ったんだ。一緒に行って、何があっても俺が守ってやろうと思ったんだよ……」
なのに、馬鹿みたいだ。ごめん、とヨーダはつぶやくように言った。カナタは大きく首を振り、大粒の涙をこぼした。
「アコースティックギターの演奏初めて聴いたけど、星空とか、流れ星みたいだった。おまえに聴いてほしかったんだ。でも、一人じゃ怖いよな。ごめん、無理に行かなくていいから」
カナタが涙を手で拭って、立ち上がる。
「……ぼく、行ってくる!」
そうヨーダに言い残し、カナタは走って廃教会を出た。
後から行くから。そう言いヨーダはその背を見送る。正直不安でいっぱいだった。
カナタが悪い奴に見つかったら、また殴られたり、やけどを負わされたりするのかな。
こんなの、俺のわがままじゃないか。勢いだけで、あいつのこと、ちゃんと考えてやれてないじゃないか。
引き止めればよかった。心の中で、頭の中で、矛盾してる考えが思い浮かんで胸が痛くなる。
手が冷たい。足もしびれて動かない。
カナタに嘘をついた。自分でケガを治すことなんて出来ない。
治癒能力を持つ魔法使いは、カルミナを授かり、カルミナを使わなければ自分の傷は癒せない。
治癒能力は基本的に人のために使うもの。理由は知らないが、そういう風に決まっている。
やっぱり、追いかけなきゃ。何があっても、追いかけなきゃいけない。
そう思い立ち上がろうとしたが、ふわりと視界が揺らいで、だんだんと意識が薄れていった。




