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路地裏の風使い  作者: 月塔珈琲
風とウタブミ編

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13/15

record:13.レグルスの輪

「おーいエドワード! エクリア! 遅かったじゃないか! 何やってたんだ?」


 エクリアに手を引かれ、ヨーダが連れてこられたのは、数年前に潰れた飲食店だった。

 大通りから外れ奥まった地下にあるそこは、昼も夜も酒を出す店だったので、ヨーダは一度も訪れたことがなかった。


「楽団長、すみません。エクリア探すのに手間取ってしまって」


「ああ……っておまえら、なんだその子どもは?」


 楽団長と呼ばれた男は、もじゃもじゃ髪の黒い頭を掻きながら、エクリアと青年、エドワードに問うた。


 ほかの楽団員も、楽器を運びながらエクリアとエドワード、そしてヨーダを見た。


「楽団長、ちょっとこの少年をリハーサル見学させたいんですけど」


「見学ぅ?」


 声を上げたのは、楽団長ではなく、スキンヘッドで大柄の男だった。男は訝しむようにヨーダを見て、腕を組み楽団長の横に立った。


 ヨーダは楽団長と男に、小さく頭を下げる。


「なんだよ街の子供じゃないのか? コイツ。おいガキ、人に挨拶するときはフードぐらい外せ」


 言って男がヨーダのフードに手をかける。ヨーダはとっさに男の手を振り払った。


「なんだこのガキ。可愛くねぇ。帰ってもらえ」


 男はまるで野良猫を追い払うように、シッシッとヨーダに手を振って見せた。


 まぁ待てアガルト、と楽団長が男の肩に手を置き、制止する。


「見学って、この子ども、街の子だろう? エドワード、おまえ」


「わかってますよ。街の人間に、必要以上にかかわってはいけないんでしょう?」


 エドワードは、ヨーダの手を握りしめたままのエクリアを見た。エクリアはようやくヨーダの手を放し、楽団長とその隣で腕を組む男、アガルトに手話で何かを伝える。


 楽団長は深いため息をついて、困ったように言った。


「なるほど。事情はわかった。でも、俺たちも境界が曖昧な規則の中にいるんだ。必要以上にかかわってはいけないっていうのがどうにもなぁ。レグルスの輪が、いつ発動するかもわからないんだ」


「……レグルスの輪?」


 何のことだろう? 発動する? ヨーダがエクリアを見ると、エクリアはエドワードを見た。エドワードは楽団長をちらりと見やり、自分の首元に手をやる。


「俺たちは、この街に入る前にレグルスの輪という魔法をかけられているんだよ」


「なっ……エド、おまえ!」


「エドワード、それ以上話すな」


 楽団長とアガルトは目を見開き、慌てた様子でエドワードを止める。


「大丈夫でしょう、現段階で首は絞まっていない」


 言ってエドワードが自身が着ているシャツの襟を開いた。その首筋には、赤い星型のあざがある。


「街が決めた基準の“余計なこと”をすると、この赤い星が首の周りを一周して首を絞めるんだよ。この魔法を、コートラスの人間はこの街に入る前にかけられている」


 言い終えたエドワードと、楽団長、アガルトの三人ががお互いの顔を見て、ふう、と息を吐いた。


「そういうわけで、オレたちは命がけでこの街に来てるんだ。厄介ごとは御免だ。帰れ」


 アガルトが腕を組み、ヨーダを見下ろし言った。コートラスの人々が、そんな状況の中にいるのを知らなかったヨーダは申し訳ない気持ちになり、安易に関わるべきではないなとこの場から立ち去ることを決めた。


 ヨーダが小さく一礼して立ち去ろうとすると、エクリアがヨーダの腕を掴んだ。そうしてそのままぐいぐいと店の奥までヨーダを引っ張っていく。


「おいおいエクリア、厄介ごとは御免だって言ってるだろ!」


 アガルトの制止を振り切って、エクリアはヨーダをカウンターの席に座らせると、エドワードから黒いバッグを受け取りファスナーを開けた。


 取り出したアコースティックギターを片手に、エクリアは床に胡坐をかいて座り、それからチューニングを始めた。それぞれ楽器の調整をしていた他の楽団員たちも、おもしろそうにヨーダとエクリアを見ている。


 居心地の悪さを感じたヨーダは、立ち上がりその場を離れようとした。けれど次の瞬間、エクリアのアコースティックギターが空気を震わせ、ヨーダの目の前で音を弾かせ、散っていく。


 流れ星のようなその音に、ヨーダは立ち上がったまま動けなくなった。やれやれ、と楽団長が演奏を止めようとするアガルトの肩に手を置き、制止する。度胸があるのは、いつだってあいつだね。エドワードが楽団長に笑いかける。


 これがカナタの言っていた、アコースティックギターの音色なのか。耳で聞いているはずなのに、心臓の奥底に響いていく感覚があった。


 そこに、ざらりとした砂のような質感の歌声が乗った。ヨーダが歌声のほうを見やると、ウエーブのかかった長い髪の、赤いドレスの女がけだるげに歩いてエクリアの横に立った。


 曲名なんてわからない。初めて聴くメロディとリズムに、ヨーダは心臓が弾けそうだった。そうして思う。ここにカナタがいれば、どんなに喜ぶことだろう。と。


「……ちょっとぉ、リハーサル遅れてるっていうから奥にいたのに、いきなり演奏始めるってどういうワケ?」


 エクリアが一曲演奏し終えると、赤いドレスの女がけだるそうにエクリアに文句を言い始めた。エクリアは女に人差し指を一本立てる。


「はぁ? 答えになってないわよエクリア。この状況でもう一曲ってどういうことぉ?」


 赤いドレスの女がそう言うと、エクリアが立てていた人差し指をそのままヨーダに向けた。

 何この子どもは? と赤いドレスの女はヨーダを指さし楽団長を見た。


「マクベル、エクリアの客人だ。もう一曲聴かせてやってくれ」


「聴かせてやってくれって、この子、街の子どもじゃないのぉ? 一体どういうつもりなのよ楽団長まで……」


 赤いドレスの女、マクベルが言い終える前に、エクリアがまたアコースティックギターを弾き始めた。はぁ、とマクベルがため息をつく。今度はエクリアの演奏に合わせて、ほかの楽団員も楽器の演奏を始めた。


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