record:11.夜のティータイム
カナタの歌声に共鳴するように、花びらの水泡と音符が宙を舞う。
歌い終えると、カナタはヨーダからそっと離れて自分の腕を不思議そうに見て言った。
「いたくない……」
ヨーダは無意識に自分が治癒魔法を使ってしまったことに気がつき、カナタの腕を掴んだ。
掴んだ腕には、まだ痣が残っている。長い前髪をかき上げカナタの顔を確認すると、痣はまだあるが、痛くはないという。
「コルトさんと、おなじだねぇ。すごいねぇ」
そう言ってカナタは笑った。ヨーダは構築式もよくわからない、自身で音も奏でていない治癒魔法を自分が使ったことに驚いた。どうやったかわからないが、それよりカナタの笑顔が見れたことが嬉しかった。
それにしても、笑った顔がとても可愛らしい。だからこそ頬の痣が余計に痛々しく感じる。痛みがないとはいえ、結局根本的な解決にはなっていないのだ。
「二人とも、下でお茶でも飲む?」
振り向くと部屋のドアの前に、エルが立っていた。カナタが嬉しそうにエルの名前を呼ぶ。
ヨーダはカナタを抱きしめていたことが気恥ずかしくなり、カナタから離れた。
「あら、お邪魔だったかしら。うふふ。うちの子可愛いものねぇ、ヨーダ君」
「そんなんじゃない」
「あら、素直じゃないのね。つまらないわ」
エルは本当につまらなそうな顔をしてヨーダを見ていた。そんな顔されても……。ヨーダはなんだかよくわからない気持ちになり、こちらを見つめるカナタに服のフードをかぶせた。
そんなヨーダの様子を見てエルがクスクスと笑う。そして二人を手招きしてから階段を下りていった。
深くかぶされたフードを直して、カナタがヨーダの手を引く。そうして二人も階段を下りていく。
階下の部屋に案内され、ヨーダがテーブル前の椅子に座ると、エルが紅茶を三人分淹れて運んできた。
目の前に出された紅茶を、カナタはやはり手をつけずにいた。
「カナちゃん、このクッキーね、ヨーダ君のお店で買ったの。コルトさんと一緒に、ヨーダ君も作ってるのよ? ねえ?」
エルは言いながらヨーダを見た。カナタもヨーダを見て、本当? と首を傾げながら言う。
「本当だよ。クッキーとマフィンは俺が作ってる。たまにだけど。このクッキーは俺が焼いたやつだよ」
ウサギの形をしたクッキーをつまんで、ヨーダはカナタの前に差し出した。けれどカナタは首を横に振って受け取らなかった。
ヨーダは何も言わず、クッキーを皿の上に戻した。受け取ってもらえないことは少し悲しいというか、さみしかったが、無理強いして食べさせるのも気が引ける。
「すごいねえ……ウサギさんかわいいねえ」
皿の上のクッキーを眺めながら、カナタがテーブルの下で足をぶらぶら揺らし、ニコニコ笑っている。
「ウサギだけじゃないんだ。犬の型もあるし、猫もクマもある。星の型も月もあるし、花もある」
「すごい」
「今度焼いて持ってくる」
ヨーダが言うと、カナタは足を揺らすのを止め、うつむいた。
「カナちゃん? ヨーダ君は無理に食べさせようとしているわけじゃないのよ?」
「うん」
カナタは小さくうなずいて、ヨーダに「ありがとう」と笑った。
別にまだ何もしていないんだけどなと、ヨーダは紅茶に入れた角砂糖をスプーンで溶かしながら思った。
「そういえば、明後日から五日間市場が開くけど、今度の船はコートラスから来るみたい。珍しいわねぇ」
エルが紅茶を飲みながら、テーブルの上にある小さなカレンダーを見て言った。
そういえば今月はまだ市場が開かれていなかった。外界から孤立しているこの街は、月に一度外からの船を受け入れて市場を開く。
いつもはエルトネという西の大陸の国から船がやってきて、食料や日用品を売っているのだが、今月はコートラスという国の船らしいと、ヨーダもコルトから数日前に聞いていた。
コルトはエルトネの紅茶が大好きなので、先月買いだめしておくべきだったと嘆いていた。
「ヨーダ君もコルトさんと仕入れに行くでしょう? 今月は船が遅れていたから、買い出しに行く人も大変でしょうね。カナちゃん、何か欲しいもの、ある?」
カナタの欲しいもの。ヨーダも気になった。けれどふるふると首を振るカナタを見て、エルが残念そうな表情を浮かべた。
ヨーダも同じように残念な気持ちになったが、ふと、廃教会でカナタと会話したときに聞いたアコースティックギターやアンナ・ティガルトのことを思い出した。
しかし、今まで楽器が市場に並ぶことなんて無かったし、レコードや楽譜が並ぶことも同じように無い。
カナタの喜ぶ顔が、見たい。何か音楽に関わるものが手に入ればなと、ヨーダは思った。




