表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
路地裏の風使い  作者: 月塔珈琲
風とウタブミ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

record:10.音にふれる

 翌日、ヨーダはいつも通り庭の鳩に餌をやると、コルトからパンの入った紙袋を受け取り廃教会へと向かった。


 カナタの「もう来ないで」という言葉を無視して、会いに行くことは果たして正しいことなのか悩んだが、昨日自分が傷を消したことでカナタに危害が加えられていないかが心配だった。


 会いに行くことで、それが得体の知れない誰かに見つかったとして、またカナタに傷が増えたら。


 まだどうやってカナタを守ればいいのかわからない。自分の行動が正しいとは思えないが、このまま放っておくこともできなかった。




 廃教会にたどり着くと、教会の扉を開き礼拝堂の奥へ入っていった。そこにカナタの姿はない。


 自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。走ってきたせいか、それとも不安な気持ちがあるからかわからない。


 二階にいるかもしれないと、ヨーダは廊下に出て階段を駆け上る。けれどカナタの姿はどこにもなかった。


 かわりに、一番奥の部屋で、数枚の楽譜が床に散らばっていた。カナタが書いたのだろうか? ヨーダは手書きのそれを拾い上げ、まとめると、一枚一枚書かれた楽譜を見る。


 音符の書かれた五線譜の下に、歌詞が書かれていたが、それは母国語ではなく他国の言語のようだった。


 深呼吸して、ヨーダは楽譜の五線譜を指でなぞる。すると書かれた音符が宙を舞い、悲し気なメロディを奏でながら円を描き回転していく。


 今までヨーダは、治癒魔法を使うときに音楽を奏でることをしなかった。ごく簡単な魔法なら音を奏でなくても使えていたからだ。カナタのように歌を歌うこともない。自分は歌うことが得意ではないし、どこか歌うことに気恥ずかしさもあった。


 けれど今になって、もっと音楽に触れていればよかったと後悔した。この楽譜の中に、どれだけの感情が描かれているのだろう。


 でも、わからない方がいいのではないかと思う自分もいる。こうやって楽譜を読む行為は、なんだか他人の日記を勝手に覗き見ている気にもさせる。


 楽譜は悲しいメロディだけを奏で続けている。そうして曲の終わりに差し掛かった時だった。


 音符で描かれた円の中心に一羽の青い鳥が現れ、ヨーダの周りを一周して消えた。一瞬のことだった。


 曲が終わると、ヨーダは楽譜を窓際の机の上に置いて、椅子に座り、カナタが来ないかと夕方まで待ち続けた。時間をつぶすため、部屋にある本をただ読んで待っていたが、結局カナタは姿を見せなかった。


 明くる日も明くる日も、同じようにカナタを待っていたが、その姿を見ることは叶わなかった。


 やはり痣を消した自分のせいで、何か酷い目にあっているのではないかとヨーダは不安になったが、それを確認する術がなかった。エルの元に行っても、カナタは数日帰ってきていないというし、キュリカに様子を探りに行こうとしても、あの場所は特殊な魔法がかかっているらしく、建物に近づくこともできない。キュリカへの道順は毎日変わるのだった。



 不安な気持ちを抱えたまま一週間が過ぎた頃。夕方の事だった。


 ようやくエルからカナタが帰ってきていると店に連絡があった。コルトが電話を受け、ヨーダは急いでエルの自宅へと向かう。玄関先で待っていたエルは、カナタが部屋にこもったきり出てこないと言った。


 ヨーダが部屋の前でカナタを呼んでも、返事はない。だが部屋の鍵がかかっているわけではなかったので、ヨーダはドアノブをひねって中へ入っていった。


 部屋の中は、一面の本の山と、床に楽譜やメモのような紙が散らばっていた。散らばった紙の上に、うずくまってカナタが倒れていた。驚いたヨーダはカナタを抱き起し、大丈夫かと声をかける。


 そんな心配をよそに、カナタはすやすやと寝息を立てていた。ヨーダは安堵の息を吐いた。


 長い前髪の隙間から、普段見えない長い睫毛と小さな鼻が覗き見えると、ヨーダはなんだか悪いことをしている気分になった。普段隠しているものを勝手に見てしまうのは、なんだか気まずい。


 けれどヨーダはカナタの顔にまた新しい青あざがあることに気づき、頬に触れて髪をかき上げ、他に怪我がないか慎重に確認した。すると耳たぶにやけどの痕があるのを見つけてしまった。煙草の火を押し付けたような痕だった。


 ああ、やはり危惧していたことが起きてしまったんだなと、自分の浅はかな行動を後悔し、同時にこんな酷いことを平気でする人間に怒りを覚えた。なんでここまでしなければいけないのか。理解ができない。


 今すぐ治癒してあげたいが、そうすればまた同じことが繰り返される。なんて残酷なんだろう。なんで自分は、治癒能力を持っているのに、それを使うことが出来ないのだろう。


 ぽたぽたと、カナタの顔に自分の涙が落ちていくのを見て、ヨーダは慌てて涙をぬぐった。カナタの顔に落ちた涙が、カナタ自身が泣いているかのように見える。そうだ、本当に泣きたいのはカナタだろうに。


 カナタの頬に落ちた涙を手でぬぐっていると、カナタがゆっくり目を開いた。琥珀色の大きな瞳がヨーダを捉える。


「どうしたの……? なにか、かなしいこと、あったの? だいじょうぶ?」


「かなしいのは、おまえだろ……人の心配してる場合かよ」


 ヨーダがそう言うと、カナタはゆっくり起き上がり、そのままヨーダを抱きしめた。そうして何か歌を口ずさむ。それは子守歌のようだった。歌いながら、ヨーダの背中をぽんぽんと叩いている。


「ばかじゃないの。おまえ、なんだよ……」


 ヨーダはそれ以上何も言えなかった。ただ歌い続けるカナタを、強く抱きしめることしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ