9話
視察現場に到着し、馬車を降りて辺りを見渡す。
すると日に焼けた肌にそばかすが特徴的な少年たったった、と軽快な足音でやってきた。
「おじさん!珍しいねここに来るなんて!」
「伯爵がおじさん…甥か?」
「ああ殿下…甥っ子ではないんですがこの町に住まう少年なんです。テディー、挨拶なさい。」
テディーと呼ばれた少年はレオナルドを見ると居直って、少々大袈裟に姿勢を整えて名乗ってからぺこりと頭を下げた。
「こんにちは!僕はテディーと言います!」
「よくできたよテディー。」
穏やかな声で褒める伯爵を、テディーは嬉しそうに見上げる。この様子なら他の子どもとも同じなのだろうか、とエマも微笑ましくそのやりとりを見守る。
すると、隣からふん、と鼻で笑う声がした。
エマやレオナルドがそちらを振り向くと、リシェルが妙に苛立たしげに伯爵やテディーのことをくさしはじめた。
「血縁でもないのにおじさんなど気安く呼ばせるなんて、貴族の風上にも置けませんわね。」
「あはは、言葉もございませんね。」
「この女の子はなんで怒ってるの?」
遠慮という言葉を全く知らないであろうテディーは、リシェルが癇癪持ちであることを知るはずもなく、リシェルの眉根を寄せた表情を見てニコニコと笑う。
リシェルはさらに腹を立てたようで、ピシャリと言い放った。
「苗字もないような子ども風情があたくしに気軽に話しかけるなんてこの身の程知らず!!捉えて仕末なさい!!!」
「え?!」
全く意にも介さないテディーはクリクリの目を見開いた。
それが殊更ムカつくようで、リシェルは見事な扇子を持つ右手を振り上げた時だった。
「…っ、レオン…さま!」
「リシェル、今日はもう帰ってくれないか。」
振り上げられた右手を止めたのは他でもないレオナルドだった。まさかレオナルドが止めるなんて…とリシェルと同じくらい驚いたエマは、『殿下、』と声をかけようと口を開いた。
「…市民をくさすような人間を視察に連れてきた俺の判断が間違っていた。周りから散々止められてきたのに。」
そうやってポツリとレオナルドがこぼすと、リシェルの大きな瞳に絶望が映し出された。
「…そんな…何をおっしゃいますの?…誰ぞに止められたというのですか?」
エマも見たこともないほどのリシェルの慌てぶりに、彼女の専属侍女もかなり狼狽えているようだった。
(困ったなー、このあと視察以外にも予定詰まってんのになー。)
エマもリシェルとレオナルドの動向を静観し、現場には冷え切った空気が流れて誰も視察どころではなさそうだな、と黙るしかなかった。
「……リシェル、少し頭を冷やしてこい。」
流石の空気の悪さに気がついたのか、レオナルドはそう言うとそのまま固まっているケインとテディーの方へ向き直った。
リシェルは呆然と立ち尽くした後、レオナルドの気が自分に向いてこないとわかるとそのまま走り去ってしまった。侍女もリシェル様?!と追いかけていく。
(意外なことがたくさん起こったわ…まさかあの殿下がリシェル様を突き放すなんて。)




