8話
二日後、エマはレオナルドと共に予定通りマレリーの方へ視察に来ていた。
「まあ退屈な場所ですのね…あたくしあくびがとまりませんわ。」
ド派手な扇子を広げながら人目も憚らずあくびをするのは、宣言通り公務にくっついてきたリシェルだった。
「リシェルがついてきたいと言ったのだろう。」
「でも貿易で儲けが出てるって聞いてたしもっと華やかな場所かと思ってましたわあ。」
「ならば帰っても良いぞ。」
レオナルドがそう言うとリシェルは眉間に皺を寄せて黙りこくる。この二人はエディアスに着いてからというものずっと険悪だ。
リシェルはずっとエマが側近代理であることに腹を立てているようで、何かにつけてエマを執拗になじるがエマはさして気にも留めず、子猫が鳴いているなくらいのもので呑気である。
エマとしては何故かやたらと庇ってくるレオナルドだけが気になって仕方がない。
元々侍女としては大して目もかけられていなかったにも関わらず、だ。
「レオナルド殿下、本日はお越しくださりありがとうございます。」
深々と頭を下げたのは、マレリー地方エディアスの領主を務めているケイン・ターナー辺境伯である。
王家へ連名で手紙を書いた領主のうちの一人であり、マレリー地方三箇所を実質的にまとめているリーダーのような立ち位置にいる。
片眼鏡にシワが深く刻まれた目尻と立派に生えた髭が特徴的で、見るからに知性的な人物であるという印象だ。
「レオナルドだ、…隣は側近代理のエマだ。本来の側近は二週間の出張に出ている。」
レオナルドもケインの成熟した大人の姿に引っ張られて、落ち着いた話し方で挨拶をする。エマも一緒に頭を下げると、ケインは「お若い女性ですな、王子殿下の側近に女性とは珍しい…」と微笑む。
「さて、手紙に頂いていた不法越境者と不法移民についてだが…早速付近の視察をしたい。」
「ええ、もちろんでございます。もう準備は整っております。みな様のご準備さえよろしければ馬車に乗りましょう。」
ケインがそう言うと、出されたお茶も冷めぬ間に視察に向かうことになった。
馬ケインたち辺境伯の家紋付き馬車の後ろから王家の馬車とリシェルらが乗ったフォーテスキュー家の馬車が追いかける。エディアスの人々は、なかなか見ない光景なのか、自宅や仕事を放ってちらちらと見にきているのが窓から見えた。
「…随分と雑然としておりますね。」
「こんな感じではなかったはずなんだが。」
マレリー地方は、エディアス、フロックフィルド、ロアンの三都市から成立している。
昔から国境地域なため、王都よりも移民が多くさまざまな人種が暮らしている。
届いた手紙に書かれていたように、街にはところどころゴミが落ちており、空き家には落書きがされている。
どれもバルレンシア人が書いたらしいが、文字や文列はルミナリアの言語が使われており、それが一見してもわからないようになっている。
レオナルドは昔兄のセオドア、父の国王とともにかつてこの地にやってきたことがあったが、その時の印象とは全く違うと話し始めた。
「…昔はもっと整然とした街だった気がする。」
穏やかな市井の民と同じく、街は綺麗でにこやかに出迎えられた。記憶に残るエディアスの人々はそこまでバルレンシア人が多くなかったと言う。
「やはり不法移民が多いのだな。」




