6話
「セオドア殿下…?!」
リシェルの腕を止めたのは、ルミナリア王国の第一王子、セオドアだった。セオドアは穏やかそうに微笑んで、力なく降ろされたリシェルの腕を離した。
その微笑みはもはや力の抜けた顔、とも言うべきか、およそ王族とは思えないほどの緊張感のなさが、しっちゃかめっちゃかになっていた執務室に妙な存在感を放つ。
「兄上、なぜここに。」
「いやあ、父上からレオンの側近が明日から侍女に変わるって聞いて、そんな面白いことほっとけないって思ったんだ。」
「期間限定ですよ。」
アルバードからすかさず訂正が入る。
「へえ、」そう言うときょろきょろと辺りを見渡してエマを見つけると、「ああ、もしかして貴方かな。」と近寄ってくる。
「エマでございます、お久しぶりです。第一王子殿下。」
「固いなあ…昔はアルバードと一緒になってレオンをいじめてたくらい気やすかったのに。」
「ご冗談を。」
あはは、とまた気の抜けた笑い。
エマとしてはクビが飛ばされそうな冗談はやめてほしい。
「セオドア殿下、療養はあけたのですか?体調は?」
「まあまあかなー。まだ本調子じゃないけど。」
セオドア・ルミナリア。
ルミナリア王国の第一王子である。
レオナルドの見た目が国王に似ているとすれば、セオドアは王妃に似た容姿である。
彼らが兄弟であることを裏付ける唯一のものは、瞳のヘーゼルブラウンである。
セオドアは眠たそうな顔、と評されるくらいには心身ともに穏やかな人間であり、王族にはない親しみやすさが国民からの支持を得ている。
一年半年前に体調不良で療養に入ってから、その姿を王宮内で見かけることはなかった。
エマもアルバードも、最後に会ったのはセオドアが療養に入る以前の十三歳の頃である。
「アルバード、そういえばなんでエマが側近なの?」
「色々ありまして。」
「ほーーん。そっかあ。レオンは羨ましいなあ。可愛い婚約者に、可愛い側近。いいなあ。」
ちらり、とイタズラな視線をエマに向ける。
「あはは、そんな虫ケラを見るような視線むけないでよ。風邪引いちゃうなあ。」
「兄上、こいつが虫ケラを見るような視線をくれるのはいつものことです。俺もアルバードもいっつも虫と同じ扱いですから。」
「そんな不敬など働きません。私が部下だからってご兄弟で言いたい放題して…」
「いえ、いつも虫ケラとして見られてます。」
「ならばアルバード様の不躾な物言いも不敬ではないですか。」
「もう!!レオン様!!お暇ならあたくしと過ごしますわよ!!そちらにいる使用人なぞ放っておいてまたお茶会の続きですわ!!」
また放置されているリシェルが騒ぎ始めた。
「…兄上、俺に用事って?」
「ああ、そうだった。これも父上から聞いたんだけど、マレリーに行くんでしょ?」
「…なぜ?」
「いやあ、マレリーのエディアスに友人がいてね。手紙を届けて欲しいんだ。」
「早馬を出せばよろしいでしょう。」
「そうもいかないんだよねえ、その友人、住んでいる場所を明かしているのは僕だけなんだよね。
本当は届けたいんだけどさ、僕療養中でしょ、だからマレリーに行くならそのまま渡して欲しいなあって。」
そう言うと、白い封筒をレオナルドに手渡し、セオドアはくるりとドアの前に立った。
「では、あまり長居をすると可愛らしい小鳥がそろそろ怒り始めるだろうから、お暇するね。
アルバードはいないけど、エマがいるしまた遊びにくるよ。」
そう言ってそのままバタン、とそのまま部屋を後にした。
「…ではレオナルド殿下、そろそろ収拾つかなくなってきたので、いい加減仕事をしていただきますよ。」




