3話
「ああめんどくさい。」
国王謁見の時間が終わり、振られた仕事を消化するために執務室へと歩く。
その道すがら、レオナルドは大きなため息と共に心底嫌そうな顔でもう一度めんどくさいと呟くのだった。
「殿下、そのようなお言葉は慎んでください。
今もマレリーの民は苦しんでおられます。」
「どれもこれもマレリー地方の奴らが勝手にやってきた結果だろう。
大変になったからこっちに全て投げ出すなら、連名で手紙を送りつけてきた仲良しの領主どもはなんのために存在するんだ。」
アルバードの忠告に火がついたレオナルドは、国王の前では流石に言えなかったのか、堰を切ったように不満を漏らし始めた。
アルバードは言い方が不味かったな、と反省しつつも「しかしながら殿下、ここは廊下ですから。」と目の前の幼馴染をたしなめて、やたらと長く感じた廊下の先の執務室のドアを心なしか急いで開ける。
「レオン様!」
すると執務室から高い声とともにレオナルドに飛びつかんとする令嬢、リシェルが出てきた。
「ぅわ…!」
「お待ちしておりましたのよ、あたくし。先程の『埋め合わせ』、きちんとしていただきますわよ。」
「リシェル…あ、会えて嬉しいよ…でも今は無理なんだ…「もういつもそうやってはぐらかされてばかり!今度の今度は騙されませんわ!」…ああ…」
レオナルドは婚前にもかかわらず抱きつくリシェルに崩落した。
アルバードはリシェルから見えない位置で、眉間を押さえ天井を仰いだ。
そののち、リシェルを止めもしないリシェルの侍女と、そのそばにいた侍女のエマを睨みつけた。
アルバードはエマに「廊下に出ろ、」と視線で合図を送る。エマは「ゲ、」という顔を隠しもせずそのままドアの外に出た。
「…アルバード様、どうなさいましたか?」
「全く白々しいな…わかっているだろう。何故止めなかった。」
「リシェル様のことですか?
止めるも何も、止まりませんでしたわ。
私も散々執務室はよくない、とリシェル様のおつきの方と共に止めさせていただきましたが…あの様子。
リシェル様は、殿下が国王陛下から呼ばれ四阿から去った後は相変わらずの暴れ馬でございましたから。」
アルバードは侍女のエマがため息がちにそうこぼすのを見て、言葉を返せずにいた。
「…ああそんなことよりもアルバード様。先程お戻りになられた殿下、随分とご気分優れない様子でしたが。」
差し詰め国王から厄介ごとを押し付けられた、とエマは見ているがどうやらその読みは当たっていたようだった。
「…エマ嬢、俺からお前に話せるような内容は今日の昼食の献立くらいなものだろう。」
暗に探るな、と釘を刺されたエマは、その白い頬に手を置きながら微笑み、実はですね、と続けた。
「私、マレリーの方に友人がおりますの。最近治安が悪いと手紙が届いたことがあって、少々気になってて…」
エマがチラリとアルバードを見上げると、端正な顔をひくつかせながら「お前は大体なんでも知っているな。」と呆れながら肯定した。
「……先程の謁見の際に、マレリーの不法越境者と不法移民をなんとかしろ、と。」
「あらまあ。」
「殿下が不機嫌なのはその移民対策をすることになった一因が民にあるから、…とお怒りなのです。
まあ、私も少し火をつけてしまったところはありますが。
…あとは、王太子の器かどうか見定める、と宣言を受けたんですよ。」
アルバードは銀縁のメガネを外して布でレンズを拭きあげながら、最後の言葉だけ小声にして答える。
「では殿下はまたお忙しくなるのですね。」
そう言うと、「まあな。…ただ少し気がかりなことがあって。」とアルバードが声を小さくしてエマにだけ聞こえるように伝える。
「私、このあと二週間ほど殿下を離れなければならない用事ができてしまい、公務に付き添うことが難しくなりました。」
「…一体そんな長いこといなくなるのはどのようなご用事ですか。」
「言えません。」
公務の内容を言えるのにそれは言えないってなんだその基準は、とエマは怪訝な顔でアルバードを見る。
アルバードはその顔に気付かぬふりをして、居直り、スーツの襟を整えながらエマを見つめる。
「そういうわけなので、エマ嬢、あなたに側近代理を命じます。」
「______はあ?」




