1話
美しい調度品で整えられた執務室。
豪華な書斎につき書類にペンを入れる目の前の主人へいましがた焼き上がったクッキーと淹れたての紅茶を差し入れる。
「殿下、お紅茶と茶菓子でございます。」
「ああ、そこに置いておいてくれ。」
レオナルドのヘーゼルブラウンの瞳がチラリとエマの手元の皿を見て、また書類に戻る。
サラサラと羊皮紙の上をペンの走る音がエマの耳に心地よく響いた。
書類の中身が目に入らぬよう、エマはそっと瞼を閉じて頭を下げながら執務室の壁についた。
数時間程前
ルミナリア王国第二王子レオナルドは、婚約者のリシェル・フォーテスキュー侯爵令嬢とともに王宮の中庭にある薔薇園の四阿で休憩がてら茶を飲んでいた。
リシェルはブロンドのふわふわとした癖毛を敢えてまとめずハーフアップにアメジストの埋め込まれたバレッタを留めている。
レオナルドはそのふわふわのわたあめのような髪の毛が好きで、よく撫でている。
今も優しく撫でられながら、リシェルはとろけたような瞳でレオナルドを見つめていた。
「レオン様、あたくしとっても幸せですわ。」
「ああ、ありがとう、俺もだよ。」
ニコニコ、ウフフ、と中庭の四阿だけが外の忙しい日常から切り離されているかのような優雅な雰囲気を醸し出す。
(この似たようなやりとりだけで四十回目ね。そろそろ胸焼けがしそう。全く甘ったるいったらありゃしない。)
リシェル様がいつまで経っても殿下を離してくれないので、元々予定されているはずの国王との謁見の時間はとうに過ぎている。
いつ割り込んで話しかけようかエマがタイミングを見計らうのも虚しく、どうやら時間切れのようだった。
「レオナルド殿下、国王陛下がお呼びです。」
レオナルドの側近アルバードが少々眉を寄せながら、四阿の階段の下で声をかけた。
「…ということだ、リシェル、悪いけどまた今度ゆっくり会おう。」
そう言って、わたあめを撫で続けていた右手を名残惜しそうに離しながらレオナルドはその場を離れた。
礼をしながらレオナルドの背中を見送ってからエマは、残された四阿の茶菓子やティーセットなどを盆に乗せて片付けを始める。
(そろそろかしら。)
「んもう!!いっっつもそうやって言うのよねレオン様!
ああやって言っておきながら埋め合わせをしてくれることなんてほとんどないじゃない!!
あー腹立つわ!」
ああやっぱり。
聞こえないように小さなため息をついた。
このふわふわのかわいいお嬢様は、見目の良さに反してとても過激な性格をした御令嬢。
レオナルドの適当な口の良さをいつも去ってからキャンキャンと高い声で喚き立てる。
エマは密かにリシェルのことを「反抗期娘」とあだ名をつけて、ヒステリーを起こす回数を数えている。
決して馬鹿にしているわけではない。




