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第4章:日本海の敗北 3 『レールガンの夢と散華』

『レールガンの夢と散華』

記録種別:戦術新兵器運用報告(抜粋・機密解除済)

――序章:静かな嵐の夜

5月19日、夜半。

東京湾にひっそりと浮かぶドックに、3隻の艦艇が並んでいた。2隻は試作艦。1隻は練習艦。その甲板には、異様な形状の砲――長大な導体レールが天を睨み、微かな唸り声を発していた。

「これが最後の一手か」

指揮官の呟きは、誰の耳にも届かないほど静かだった。

この兵器に、未来を賭けた。

――第一幕:黒い雨と青い雷


5月20日、未明。

日本海上空に、無数の黒点がゆっくりと現れる。中国軍の飽和型自律ドローン群――通称〈嵐雲ストーム・クラウド〉。

空を埋め尽くすその影は、旧時代の艦砲やミサイルでは対処しきれぬ“量の暴力”だった。

だが、その瞬間――

「発射ッ!」

空気が割れ、次元が震える。

青白い閃光が走り、1発が20の影を貫いた。超電磁誘導により加速されたタングステン弾は、音速の7倍で空を裂く。

5分、10分、50分――

3,533機のドローンを撃墜。海面から浮上した中国の小型潜水艇2隻も、一撃で消えた。

ドローンの壁の隙間を穿つように敵フリゲート艦を撃破。

しかし――

――第二幕:静かなる死

「発電機、オーバーヒート!」

「蓄電モジュール、出力限界!」

「レール冷却不能、再射不能!」

それは、“威力”という夢の代償だった。

レールガンは1発ごとに町1つ分の電力を喰らい、艦の機関すら焼き尽くした。

1隻、また1隻と――、海へ沈んだ。

集中攻撃を受け、盛大に爆発しながら鳴り響く警報を無視して、それでも弾を撃ち続けながら、まるで使命を果たさん戦士のように。

――終章:遅すぎた栄光

翌日、東京の通信局が最後の記録を受信する。

「我々は勝てなかった。だが、無力でもなかった。」

「この火は、誰かが未来で灯してくれるはずだ。」

3隻の艦と、その乗員全てが帰らなかった。

彼らは「レールガンの英雄」として称えられたが、誰もがこう呟いた。

「威力はあった。だが、“海全体に降るミサイルとドローン”には、足りなかった。」

そう語ったのは、防衛装備庁の一人の技術者。

試作段階の兵器に、国の運命を預けねばならなかったあの夜を、彼は今も夢に見る。

「あれは兵器じゃなかった。ただの、願いだったんだよ。」

________________________________________

技術者の回想録より抜粋

記録番号:DLG-195(機密解除済)

あれは、夢だったのかもしれません。

私たちは“レールガン”に、戦局を変える力があると信じていた。信じなければ、やっていられなかった。

当時、1発の砲撃で船を沈黙させられ、20機以上のドローンを落とせる兵器は他になかった。

高初速による破砕波で、機体ごと空気ごと薙ぎ払う。機械に“風”は読めない。だからあれは効いた。確かに、効いたんです。

ただし――平均チャージ時間は5分。

これは、設計通りでした。タングステンコアを撃ち出すには、100MW近い電力が要る。これは一般家庭の25,000日間で消費する電力に相当する。これを艦内で溜め、冷却して、再加速させる。そんな狂った話が現実にできたのは、奇跡に近い。

でも、奇跡に“継続性”はなかった。

エロージョン――レールの内壁摩耗。

最初に出た20数発は、精度も破壊力も申し分なかった。だけど60発目を超えたあたりから、プラズマアークが暴れ始めて、命中精度が落ちてくる。回避機動を取られれば、当たらない。

補修パーツ? あるわけがない。あれは全て“手作り”だったんですから。

艦が沈んだ原因? それも知ってますよ。

蓄電ユニットの冷却が追いつかなかったんです。あれを止めずに回し続けたら、いずれ爆発する。でも止めたら、撃てない。撃てないなら、死ぬしかない。

だから、彼らは撃ち続けた。

レールが焼けて、銃身が溶けて、艦の電源系統が軋んで、最終的には通信も絶たれた。

でも、最後まで1隻も退避しなかった。

あの夜、私はモニター越しに彼らのレールガンが火を噴くのを見ていました。

1発、また1発。青い閃光のたびに、空の影が散るのが見えた。

けれど、終わったんです。

私たちは、敗れました。

敗れたのに、褒められました。

それが一番、つらいんです。

もし聞かれたら、私はこう言います。

「あれは兵器じゃなかった。ただの、願いだったんだよ。」と

そうです、願いです。

“技術で、未来を変えられる”という、たった一つの幻想。

でもね――

たとえ幻想でも、私はもう一度、同じ選択をすると思います。

彼らのために。


森合もりあい 誠二せいじ

所属:元・陸上自衛隊 高射特科部隊 → 防衛装備庁 技術開発部

階級:一等陸佐(技術官へ転属)

________________________________________

■背景

森合 誠二は、防空の「末端」から出発した人間だった。

配属先は、陸上自衛隊の高射特科部隊。

彼の任務は、敵航空機や巡航ミサイルに対する迎撃体制の維持。旧式の88式地対空誘導弾やペトリオット改、時には手動管制のフェーズドアレイレーダーと向き合う、泥臭い最前線だった。

20代半ば、自衛隊の海外技術交流プログラムを通じて湾岸戦争の終盤期、クウェートに技術補佐官として派遣される。

この地で出会ったのが、米陸軍対空要員のダニエル・メイスン大尉だった。

________________________________________

■戦地での出会い

ダニエルは、ホークミサイルシステムという旧式兵器で空を守る現場指揮官だった。

森合とダニエルは、国も言語も違えど、**“数に追いつけない防空”**という同じ悩みを共有していた。

基地の片隅で二人は何度も議論した。

「防空に必要なのは、火力じゃない。反応速度と、同時対処数だ」

「それでも、“間に合わない”ことはあるだろ?」

「だからこそ、もっと先の技術が要る」

この対話こそ、森合が**“速度と貫通力”を信条とする火器研究者**へ転身する原点となった。

________________________________________

■喪失と転機

ある夜、敵機による小規模な空襲が発生。

ダニエルは、2目標同時の迎撃に入るも――

ミサイル管制が追いつかず、2機目の爆弾が直撃。基地にいた部隊員ごと即死。

森合は、その日の昼まで現場にいた。

**「間に合わなかった」「技術が古すぎた」「無力だった」**という自責の念を、彼は生涯にわたって抱えることになる。

帰国後、彼は志願して防衛装備庁へ転属。

そこで始めたのが――次世代高出力レールガンの研究だった。

________________________________________

■信念

森合の口癖は変わらなかった。

「1発でいい。確実に10を落とせる火力をくれ。

遅れず、止まらず、届く奴を──」

火力ではなく、“間に合わせること”。

ダニエルに間に合わなかった彼は、次の誰かに間に合う兵器を求めた。

そうして生まれたのが、即応性重視・命中精度妥協型・量産可能のレールガンだった。

「使い捨てでいい、間に合うなら」

それが、森合の設計思想だった。



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