第4章:日本海の敗北 1
第4章:日本海の敗北 1
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2030年5月18日 午前5時03分 —— 日本海 北部戦域
空は暗く、海は静かだった。
その“静けさ”の中に、すべてが詰まっていた。
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午前4時。日本海に異様な“線”が現れた。
衛星画像上では、ただの点に過ぎなかった。
しかし、それらが一定の間隔で東へ進行していることに、最初に気づいたのは、航空自衛隊・百里基地の警戒官だった。
「未確認艦船群、能登半島沖、直線隊列。
20隻……いや、更新。確認艦影、41隻に達しました。」
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防衛省地下作戦室の空気が変わった。
「……これはもう、“見せている”な」
幕僚の一人が呟いた。
「隠していない。レーダーにも赤外にも丸出しだ。
つまり、“止めなければ進むぞ”という意思表示だ。」
その通りだった。
中国艦は、あえて戦闘態勢を偽装せず、
“戦闘隊形を維持したまま、粛々と進んでいた。
日本海は、まだ静かだった。
だが、**それは“嵐の直前に訪れる沈黙”**であると、誰もが知っていた。
舞鶴基地では、艦の出港準備が粛々と進められていた。
命令系統はすでに臨戦モード。
だが、そこに緊張や怒号はなかった。
そこにあったのは——淡々とした別れの作法だった。
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護衛艦「いせ」「こんごう」「あさひ」……現有の主力艦すべてが、
“防衛ではなく、迎撃”として海へ出る。
「装填、対艦ミサイル、100%完了」
「残弾は?」
「主砲弾薬、110%。CIWS、制限射撃必要なし」
「予備艦載ヘリ、搭載完了。」
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護衛艦「いせ」の艦橋では、艦長・日向が出撃前の最終ブリーフィングを終えていた。
「今から向かうのは、“戦場ではない!“
“消される可能性がある場所”だ。
……だが、それでも俺たちは出る」
艦橋の誰もが無言だった。
彼らは軍人ではない。
戦うための“自衛官”だった。
だが、“守るべき国”が今や戦場になっていた。
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午前6時、舞鶴湾を囲む丘から、
複数の艦影がゆっくりと港を離れるのが見えた。
地元住民の姿はなかった。
避難指示が出され、港は閑散としていた。
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海面には、蒸気の膜のような霧が薄くかかっていた。
5月とはいえ、朝の冷気が張り詰める。
その中を、護衛艦群がひとつずつ、静かに滑り出していった。
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艦隊は日本海へ向けて広がった。
「いせ」「あしがら」「ゆうだち」「あさひ」……計12隻。
その先には、レーダーで確認された敵艦60隻、無人機母艦20隻。
明らかに“質”ではなく、“量”で押す布陣。
対抗するには——飽和攻撃を精鋭で迎え撃つしかなかった。
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日向艦長の手元には、
防衛出動命令書のコピーがあった。
だが、そこに書かれていたのは、こうだ。
「目的:我が国に対する武力攻撃を排除するため、必要最小限度の武力を行使する。」
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——最小限とは、どこまでか?
——排除とは、撃つことか? 止めることか? 忘れることか?
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彼らは答えを持たないまま、
海へと出ていった。
第一次波状攻撃:自爆+防御ドローン
海上に浮かぶ自衛艦隊のレーダーが、一斉に“うなり”を上げる。
「ドローン接近多数!識別不能、全機自爆の可能性あり!」
指揮艦「かが」より、全周防御モード指令が発令。
CIWSと短SAMが火を噴いた。
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しかし、敵のドローン群は巧妙だった。
•第一波:自爆ドローン(小型、低空、突撃)
•第二波:防御ドローン(中国艦から前方400mに展開、ミサイル防御用)
ドローンがドローンを守る。
艦船が守るのではない。
この“空中盾壁”が、あらゆる迎撃を無力化していく。
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対艦ミサイル攻撃:艦の“沈黙化”
護衛艦「たかなみ」型に向け、
中国艦3隻が同時に艦対艦ミサイルを発射。
弾頭は装甲甲板を貫けなかった。
だが、CIWS、VLS、通信マスト、FCS(火器管制システム)が壊滅。
「たかなみ」は、動けるが撃てない船になった。
「浮いているが、戦場に存在しない——それが、沈没以上の敗北だ」
同様に、「みょうこう」も主砲を失い、火災で艦橋が焼かれた。
沈没は免れたが、戦線離脱。
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魚雷による“沈没”
そのとき、海中から静かに近づく影があった。
中国の093A型攻撃型原潜が、2隻の自衛艦に接近していた。
護衛艦「すずつき」へ、533mm魚雷2本が発射。
1発が艦底中央を貫通し、爆発。
艦内に瞬時に数百トンの海水が流入。
船体が持ちこたえられず、13分後に横転沈没。
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「撃沈とは、爆発で消えることではない。
機能を奪われ、“傍観者になることだ。」
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空中支援の断絶
F-35A、F-15Jが上空待機しながらも、
敵機J-20、J-16、そして無数のUAVが全方向包囲網を形成。
「目標ロスト! ECM(電子妨害)強い!視認もできない!」
最初に撃墜されたのは、E-767早期警戒機。
これにより、空の“指揮塔”が折れた。
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基地に戻るはずのF-15J数機は、
帰還先滑走路に展開された自爆ドローンによって着陸不能となり、海上投棄または墜落。
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日本艦隊:壊滅ではなく“無力化”
•32隻中、沈没:5隻(魚雷による)
•戦闘不能:21隻(センサー・武装喪失)
•航行不能:3隻(舵損壊・火災)
•実戦行動可能艦:わずか1隻(損傷軽微)
戦果:中国艦の損失
沈没:3隻
戦闘不能:13隻
・的達成度:95%(日本艦隊の制圧に成功)
・ 損害比率評価(艦艇):(3沈没 + 13戦闘不能) ÷ 80 ≒ 20%
・損害評価係数(重み調整):艦隊主体の損耗で -15%、ドローンは評価外
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「沈んだわけではない。
だが、もう“戦う船”はなかった。」
——堂島提督 最後の艦隊記録より
5月18日 午前6時28分──日本海 深度270m
「たいげい」は、深海の静けさに身を沈めながら、
狩られる側の孤独と、狩り返す者の静かな決意を噛みしめていた。
中国海軍の“餓狼戦術”──
4隻の攻撃型潜水艦による多面包囲。
正面・上下・後方からの進路遮断。
これは、逃がす気など一切ない、海の中の断首作戦だった。
だが、その構成に一つだけ綻びがあった。
「後方には入れなかった。
……“たいげい”が、思った以上に静かだったからだ。」
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機を待つ沈黙の時間
「前方正面、深度270。距離10.6キロに093A型。
艦影、軽く傾き、推進回数低下中。索敵集中中と推定。」
艦長・葛西一佐は、わずかに眉を動かした。
「罠にかけたつもりで油断してるな。
……なら、こちらも“牙”を見せる。」
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攻撃準備開始。
•魚雷管1・2装填確認。
•ソナー照準、パッシブロック。
•発射角22度、補正1.4。
「ターゲット:093A型、旗艦識別あり。撃て。」
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魚雷、発射。
静かな海に、わずかな振動。
その音が、“死神の足音”だった。
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敵艦は察知した。
しかし反応が遅れた。
“たいげい”の音が、まるで海そのもののノイズにしか聞こえなかったのだ。
「回避行動!スクリュー出力上昇確認!——間に合いません!」
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衝突。爆発。
深海に、くぐもった雷鳴が響いた。
中国海軍093A型、艦底中央を直撃。
前部格納区画が破裂し、艦首ごと折れるように沈下。
撃沈、確認。水中衝撃波、複数の破片浮遊。
艦内で、誰も声を上げなかった。
だが、全員が理解していた。
“これからだ”
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30年5月18日 午後4時50分
日本海・深度385メートル
「たいげい」は、海の闇に身を委ねていた。
敵攻撃潜水艦1隻を撃沈。
しかし包囲網は完全に崩れたわけではない。
敵残り:3艦
周囲の水は冷たく、重く、すべての音が沈んでいく。
だが、その“沈黙”こそが、「たいげい」の最大の武器だった。
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無音の撤退行動
脱出ルートは、海底の谷間。
水深400メートル近く、底質は泥炭と岩層。
水温差による温度躍層がセンサーを混乱させる。
「出力、20%以下。
魚雷管は全て封鎖。外部可動音源ゼロ」
電磁波照射ゼロ。ソナーは完全にパッシブ。
艦は、もはや**“動く影”**に過ぎなかった。
しかし、影の中にはもう一つ“牙”があった
ソナー員が息を呑む。
「後方斜め下、約9.7キロ。音源。
駆動周期パターン、093A型と一致」
「……こちらの尾行に入ったか?」
敵もまた、獲物を狩る“沈黙”の狩人だった。
だが、「たいげい」は逃げるためだけに動いていたわけではない。
「待て……進路、そのまま……反転用の“谷”を利用する」
艦長・葛西は、海底地形図を見つめた。
「この反転斜面で、流れと温層に紛れ、背中から撃ち返す」
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“影”への奇襲
午後6時12分。
「たいげい」、深度変化を利用し一気に反転。
ソナーが叫ぶ。
「敵、位置確認!死角に入った!向こう、気付いていません!」
——そして命令は静かに下された。
「魚雷管1・2、目標照準固定。
撃て。」
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無音魚雷、2発発射。
海の中に、何も起きなかった。
ただ、数十秒後、爆発の残響だけが水中に重く響いた。
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093A型、中国潜水艦 撃沈。
「たいげい」、敵2隻撃破、損傷なし。
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生きて帰るために
そこからの旅は、さらなる沈黙だった。
水中音響を抑えるため、全マニュアル排水。
照明も最小限、回転数も極端に制限。
艦内温度は13度まで下がり、乗員たちは防寒具を着用。
誰一人、音を立てなかった。
帰るために、艦そのものが“海そのもの”になった。
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そして、帰還
5月20日 午後9時12分。
「たいげい」は、燃料残量3%、予備電力6%という状態で、舞鶴へ帰還。
艦橋に葛西一佐が立ち、報告を終える。
「帰還遅延、3日。被害、小破。
敵潜水艦、2隻撃沈確認済。
任務、完了。」
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艦体は汚れ、排水部からは油がにじみ出ていた。
だが、艦首に小さく傷跡が残る以外、“たいげい”は誇らしげだった。
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奇襲は、海底から
だが、その海の底には、すでに別の命令で動く“者”がいた。
名称不明
形状:円筒型無人潜航体(AUV)
全長:約5.1m
移動:水流を使わず海底に静置
起動方式:音紋照合+水圧スイッチ
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発令された命令は1つ。
「たいげい」が帰還したとき。
艦の水中音紋が、ある深度・水圧・方位と一致したとき。
“爆破せよ”。
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午後9時41分。
「たいげい」の右舷から固定索がつながれ、乗員が交代で下船を始めていた頃。
海中のそれは、静かに目を覚ました。
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起爆まで、23秒。
艦の側面、バラストタンクの底部から、
“カン”という金属音が1回だけ鳴った。
それは、誰にも聞こえなかった。
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爆発は水中で発生。
艦底に対する内向き衝撃。
成形炸薬が鋼板を貫き、
瞬間的に排水・浮力制御機構を機能停止させた。
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艦内にアラームが鳴る。
「艦底圧力上昇!主排水ユニット異常!
——艦体浮力、制御不能です!」
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葛西艦長はすぐに事態を把握した。
「——これは、外部からの“攻撃”だ。
……つまり、迎え撃たれたんだ。我々の帰還そのものが。」
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「たいげい」は傾きもせず、ゆっくりと沈んだ。
浮力を失った鋼鉄の塊は、まるで
「この港に戻ってはいけなかった」と言われているかのように
静かに、海底へ沈降していった。
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設定型水中ドローン:戦争の“第五の兵器”
この攻撃手段は、のちに中国軍の特殊兵器部門が開発を認める。
•型式:深海待機式爆発ドローン(海底AUV-爆型)
•導入:2029年より配備試験開始
•特徴:“敵艦の帰還そのもの”を罠とする発想
「港湾の安全神話を打ち砕くためには、
“帰ってきた者を狙う”必要がある」
——中国人民解放軍 海洋無人機部局 会議記録(流出)
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葛西一佐の最期
全乗員の退艦は間に合わなかった。
艦橋に残った葛西一佐は、最後に一言だけ記録を残していた。
「“無念”。」
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「たいげい」沈没。乗員死者9名。
生還者:32名
艦体回収:不可能(艦底破壊+放水状態)
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「現代戦は、ただ勝つだけで終わらない。
帰ってくる者が、最も無防備だ。
だからこそ、“勝って帰る”ことが戦争では最も難しい。」
——舞鶴湾 潜水艦戦術部総括報告より
2030年5月1日 午後10時22分──日本海 若狭湾沖 約35km
日本列島は連休中。
人々の注意が、戦争という現実から少しだけ逸れていた夜。
海の底では、絶対に見つかってはいけない作戦が実行されていた。
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作戦名:沈床花弁
目的:舞鶴港に帰還・入港する日本海軍艦艇を、静かに撃沈する。
実施部隊:中国人民解放軍海軍 特戦水中任務旅団「黒鯨」
展開人数:12名(6チーム×2人)
使用装備:
•魚雷型爆破装置 ×6
•全長:5.1m
•炸薬:成形炸薬250kg
•起爆方式:艦体音紋+水深+方位一致の三重認証型
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設置行動
開始時間:午後11時09分
天候/潮流:満潮から下げ潮、海面穏やか、視界良好(海中約2m)
音響状態:海底層安定、港湾内は定在波影響あり
小型推進装置を使用し、各チームは以下6地点に潜入:
1.潜水艦岸壁下(たいげい用接岸口)
2.魚雷庫横ドック底部
3.艦艇旋回域中央
4.ドライドック西口側底部
5.港湾センサー設置区域の死角部
6.給油桟橋直下
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5時間43分の“無音の地雷設置”
作業中、発話禁止。有線キーボード使用通信・手信号・圧力コード通信のみ使用。
装置は**全て海底に“設置・半埋没”**させ、熱源を最小に抑えた休眠状態に入る。
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「起爆は、艦体の帰還時。
一撃で機能停止し、浮力制御を不能にする。
戦う艦ではなく、“帰ってきた艦”を破壊するのが目的だ。」
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任務完了と帰還
翌日 5月2日 午前4時52分、全チーム母艦へ帰還。
潜水艦は即座に後退・深海域へ潜行。
通信封鎖。行動証拠ゼロ。
設置された爆破装置は、以後18日間、音もなく湾底で眠り続けた。
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「最初に沈むのは、海の中で勝った者。
勝者を殺せるのは、彼らが“油断した場所”にある爆薬だ。」
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結果
2030年5月20日
帰還艦「たいげい」、舞鶴湾内にて装置の音紋起爆により撃沈。
被害:艦艇1隻喪失、乗員9名死亡、港湾機能一部麻痺
中国側発表:なし
日本側公式認定:“原因不明の水中爆発“