5.雪解け
帰郷を楽しみにしていた自分とアントンを始めとするカーマイン辺境伯領の男達だったが、そう簡単に行かないのが人生だ。
「リデル団長!エメリヒ王がお呼びです」
近衛騎士団の部下が自分を急ぎ呼び出しに来た。
この冬の期間は全てが予定通り進んでおり、一度も急遽エメリヒ王に呼び出される事は無かった。
「陛下、ここに」
「うむ、ボウデンの隣に」
タリヴェンド城の城主の間には東方大公と、今日の護衛担当であるボウデン騎士爵が座っており、自分はその隣に末席として座る事になる。
自分がついた後も続々と現在タリヴェンド城にいる貴族が集まり、大して時間も掛からず城主の間は一杯になった。この場には、タリヴェンド城内にいた全ての貴族が集合している。
「皆、集まったな」
エメリヒ第三王子の顔はとても明るいとは言えない。皆の到着を待っている時も、静かに指で机を叩いてたのだ。いい知らせではないだろう。
「南軍が兵力の動員を始めた」
「…それは”新たに”ということでしょうか」
カーマイン辺境伯の声だった。
「そうだ、どうやら王都近郊は既に雪解けが始まったらしい」
「え!」「そんな…」「早いぞ」
居並んだ諸侯は未だに雪に閉ざされたタリヴェンド城と比べての感想を口にしていた。
それが静かになるまで少し間を置いたエメリヒ第三王子はさらに続ける。
「しかも、この春の前に根こそぎ徴兵するつもりらしい」
「では、南軍は行動を再開すると」
「あぁ、間違いなく…な。よって我々も備えなければならない」
春先という農作業で男手が必要になる時期に、南軍は全力の動員を始めたのだ。つまりは内戦の再開を考えている。であれば、我々も動かなければならない。諸侯がそれぞれこれからについて会話を始める。
皆、空を仰いだりでこれからの展開を考える中、「今年は厳しい年になりそうだ」と誰かが呟いた。
その言葉は内乱についてではないだろう、恐らく食料の話だ。春先の畑仕事に男手がいなくなれば当然の如く作業は遅れ、戦闘で土地が荒れ、その結果秋の収穫が少なくなる。
幸いにオロール王国は広大な穀倉地帯と、それに影響された酪農も盛んにおこなわれているので、1年2年程度は餓死者が出る事は無いほど、それぞれの領主と領民が食料を貯めている。
いざとなれば国庫を開放することで暫くはしのげるだろうが、それでも其々の貯蓄は減ってしまうだろう。数年凶作が続けば、あっという間に窮地に立つことになる。それを憂う声だった。
諸侯の暗い表情を見て、仕切り直すようにエメリヒ第三王子が口を開く。
「休暇に返している貴族たちを呼び戻せ!動くことのできる者は全て徴兵せよ、集結場所はここだ」
「承知致しました」
東軍の兵站を担当するトム・パーシアン侯爵が静かに頷いた。
「さぁ、決戦の準備だ」
経験したことが無いほど早い春の訪れと共に、内乱の火が再び燃え上がろうとしている。
「…という訳で、すまないが帰郷は無しだ。引き続き王の護衛と近侍、訓練をおこなってもらう」
「……はい」「了解です」
疎らに返事が返って来るのは、近衛第二騎士団の面々。明日にも休みというところで、それが撤回された分、落胆も大きい。特に故郷での婚礼が控えていたアントンなど、頭を抱えてしまっている。
「お前たちの気持ちは痛いほどわかる。だが、これがすべて終われば、我々に出世が待っているぞ」
「……」
当然の如く盛り上がらないが、これ以上かける言葉が見当たらなかった。自分だってカーマイン辺境伯領に帰って、ルーシーと話したいのだ。
「備えろ、以上だ。解散」
だが、我々東軍には備える時間さえ与えて貰えないのが現実だ。
南軍が軍を集結させたのはそれから更に60日後のことであったのだが、南軍の中に軍の集結を待たずに動き出した者達がいた。正確にはエメリヒ第三王子が軍の招集を開始した10日後には、先鋒が動き始めたのだ。
一方の我々は、軍隊召集の早馬が各地に走り始めたところで、軍を動かすどころの話でなかった。この初動の遅れが、冬には雪ですべてが塞がれる北方地域の弱点ともいえる。
動き出したのは、南軍の矛の役割を担うヴィアネッロ侯爵だ。
彼は自ら先鋒3000を率いて、総勢1万1000という南軍の大半を東へと向けた。王都に残したのは、南方でムタルド教国との戦いから帰還した兵と居残りの部隊合わせて約7000のみ。残りの6000名とカタラーニ侯爵はムタルド教国との睨み合いを行ったままだ。
彼らの標的は現在がら空きの東方大公の領地である。
今まで南軍は、南方大公の死や北軍との戦闘で敗北した事、ムタルド教国の侵攻などで足に重りを付けた状態だったが、そのすべてがある程度落ち着いたのだろう。王都近郊から東方地域までの雪解けが、例年より早く進んだことを利用し、先手を取ろうとしていた。
一方の我々”東軍”は”北方”地域で閉じ込められたままだ。それも兵力が不足している状態。
ムタルド教国と南軍の戦闘が長引くと判断した、東方大公の見立てが間違っていたとは思わない。むしろ、1万2000という大兵力で押し寄せたムタルド教国を8000の兵で打ち破ったと噂のカタラーニ侯爵が凄い。それにいち早い南軍の立て直しと、早い春を誰が予想できようか。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




