2.ルーシー
「けどな、他に選びようがない。南軍や北軍に味方するよりは大分マシな選択肢だったと思うぞ」
カーマイン辺境伯が少し荒れ始めようとする会を落ち着かせる。だが、ベゴニア子爵はあまり納得していない様子だ。
「と言いますと?」
「北軍は東軍と戦闘する間、南軍に背後を取られるのを防ぐために、王国領内で焦土作戦を実行したんだ。もし、アルトゥール第一王子が王に成っていたとしたら、国は荒れただろうな」
我々東軍に所属していた者達に最近入って来ていた情報であるが、初耳のベゴニア子爵は、あまりの出来事に言葉を失っている。
「南軍は支柱の南方大公を失って前線部隊が分裂状態だ。今攻めることが出来たら必ず勝てたであろうが、それが雪に防がれているのが残念だ」
「では、この冬で南軍は立て直すのでは?」
「仮に前線のいざこざが片付いても、今度は実権を握ろうとする西方大公と法衣貴族 対 他貴族の権力闘争が待っている」
今回ばかりはベゴニア子爵は反論することは無かった。
「エメリヒ王が一番いいのは間違いない。東方大公の権力は更に強くなるであろうがな、オロール王国は安定するだろう」
カーマイン辺境伯がとどめの言葉を放つと、ベゴニア子爵は静かに頷いた。
ルーシーはこの話し合いの最中、ずっと静かに前を向いている。特に意見を出すつもりも無さそうだ。
「リデル”近衛第二騎士団長”、なにか他にあるか?」
「「「「えぇ!!」」」」
カーマイン辺境伯領に残っていた4人が声を出して驚いた。ルーシーやナッフート騎士団長でさえも例外なく、目を丸くしている。
「それは……随分…偉くなりましたな」
普段はカーマイン辺境伯に対しても丁寧ではない言葉遣いのコルソ団長が敬語になっていた。
それも当然で、オロール王国の近衛騎士団は第一から第五までの軍団は、王とその家族の近侍を兼ねる事になる。その為、団長にはそれ相応の地位と領地、具体的には伯爵位が与えられるのだ。
つまりはこの部屋の中でベゴニア子爵を飛び越して、カーマイン辺境伯の次の爵位になっていると思われている。もちろん誤解であるが、カーマイン辺境伯の執務室は随分と空気が硬くなっている。
「光栄な事に仮の立場をとして頂いておりますので…爵位は騎士爵のままです。皆さまはお気になさらず」
自分の言葉に、爵位を飛び越されたと勘違いしていたベゴニア子爵が、明らかに深く息を吐き出し、胸を撫で下ろしたのが分かった。
ルーシーなんかはどこか不安を露わにするような目をしていた気がするが、今は先程までの落ち着いた表情に戻っている。自分の気のせいなのかもしれない。
「そ、そうか……だが、近衛騎士団長としての仕事はしているんだろう」
「はい」
「では全てが済めば……なぁ…」
辛うじて少し口調が戻ったコルソ団長だが、含みのある言葉を残している。つまり、このまま東軍の勝利で終わるとなれば、自分がそのまま近衛騎士団長となり、果ては伯爵と言いたいのだろう。
「さあ、今日は私も疲れた。これにて終わりにしよう」
散々、場をかき乱したカーマイン辺境伯は満足した表情で、執務室から我々を追い出す構えだ。
この緊張したり弛緩したりと、忙しい場の空気から自分も早く離れたい気分だ。ありがたく追い出される事にした。
「お久しぶりです」
「久しぶりね、元気そうで良かった」
カーマイン辺境伯の執務室を出た廊下でルーシーを待って声をかけた。
すこし口角を上げて微笑むルーシーは今日も美しい。
「偉くなっちゃって」
「仮の立場ですから、運がよかっただけです」
「運も実力の内よ、道中は大変だったの?」
「大変でした、上手く行かない事しかないですね」
「ふふっ、野暮な質問だったかしら」
「いえ、全く!」
当たり前のことを聞いたかしらと言いたげなルーシーだ。
「そういえば、海を見てきましたよ」
「ホント!?どうだった?本当に水がしょっぱいの?」
「本当でした!あの塩加減は絶対に飲めないですね…塩漬け肉よりしょっぱいですよ」
「へー、本当なんだ……綺麗だった?」
「船から見る景色は綺麗でしたけど……自分は船がダメでしたね」
モーラ辺境伯領からの船旅は、今思い出しても吐き気を催してしまいそうなほど鮮明な記憶だ。
「船かぁ~、レイトリバーを下るのと違う?」
「揺れの種類が違いました」
「成程ね、でも海は見てみたいな」
「王国のゴタゴタが落ち着いたら、一緒に見にいきましょう。護衛させてもらいますよ!」
「あら!近衛騎士団長に護衛されるなんて、王族みたいね」
ルーシーはこちらの言葉を冗談のように捉えているようだが、自分は至って本気だ。
「お任せください!道中何の不自由も無く海へとご案内いたしますよ」
「でも、近衛騎士団長だったらそんな暇は無いんじゃない?」
「暇を作り出して見せます」
「ふふっ、だったら楽しみに待てそうね」
その後も少しの間話を続けた。この時間が永遠に続けばいいと思わずにはいられないが、寒い廊下に貴族令嬢を立たせ続ける訳にもいかず、別れの言葉を交わしてその場を後にした。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




