1.崩御
「……デル…リデル!」
「んぅ?ん?」
「サーリデル!起きてください!」
自分の視界をカールの巨体と強面が覆っていた。
今日は……ルーシーとデートの日だ!遅刻しているのかと一気に意識が覚醒して飛び起きる。新しくあてがわれた個室の窓から外の明るさを確認すると、どうにも朝の空気と光の加減だ。
「今何時だ?」
「朝の鐘が鳴ってすぐです」
どうやら遅刻している訳では無いようで、胸を撫で下ろす。夏の暑さによる汗か、冷や汗か分からない水分が体を濡らしていた。
「カール、その丁寧な言葉遣いやめてくれないか?らしくないぞ」
「仕方がないですよ。貴族ですからね」
「辺境伯にはそんな言葉づかいしないだろう」
「それは、随分と長い付き合いなもんで」
「俺たちも死地を乗り越えただろう?」
「……わかったよ。それじゃあ、普通に接するぞ」
「それでいい」
どうも強面で大雑把な荒くれ者の雰囲気を持つカールが、いきなり丁寧な態度になると滑稽に見えて笑ってしまいそうになるのだ。彼には素のままでいてくれた方が、自分としてもやりやすい。
「ん?そう言えば、こんな朝から何か用があるのか?」
「えっ!あっそうだ!辺境伯がお呼びだぞ!」
「今すぐか?」
「そう!今すぐ執務室に集まれってさ」
「分かった」
いきなり呼び出されるとは何事なのだろう。午後からはルーシーとのデートが控えているので、直ぐに終わる用事であれば良いのだが。そうでなかった場合は、どう謝ろうかと考えながら準備した。
寝巻を平服に着替えて辺境伯の執務室に向かうと、そこには既に騎士団長やバーミリオン男爵がいる。その後も続々とベゴニア子爵や森の手団長のコルソ、そしてルーシーも到着した。彼女と目があった時に「何か知ってる?」と表情で問いかけられたが、こちらも「良く分からない」と表情で返す。
取り敢えずルーシーもこの場にいるという事は、デートの事は仕方ないとしてもう一度誘うこともできるだろう。
「みんな聞いてくれ」
自分がルーシーの事を考えていると、辺境伯領の名士たちが揃った所で辺境伯が声を上げた。
「……国王陛下が崩御された」
呑気な思考が一気に戻って来た。朝にいきなり名士達が呼び出されるのだから、それはそれは重大な事が起こっているのだろうが、どうも国王が”死ぬ”という事に考えが至らなかった。
「王都から急使が来たのだ。10日前だそうだ」
「国葬となりますな」
ベゴニア子爵が静かに呟いた。
「あぁ、後日詳細が来るだろう。我々は帝国の動きに備えなければならない」
「徴兵いたしますか?」
兵役を担うマクナイト男爵家のルーシーが、辺境伯に問いかける。
「いや、まだいい。だが準備はしておいてくれ」
流石の帝国も国王が崩御した今、王国に侵攻するような事があれば、周辺国家全てを敵に回すと言っていい。そんな無謀な事はしないだろうと思いたいところだが、長年の戦争で弱体化しているとは言え、それを跳ね除ける軍事力を持つのも帝国の強さだ。
「これが呼び出した理由だ。今から詳細を詰める時間を設ける」
その後は午前の時間をすべて使って、国葬についての拠出金や、居残りの話し合いをした。このまま話し合いが終われば、午後には解放されそうなことに安堵を覚えた所で、事は簡単にはいかなかった。
「入ります!!!」
息を切らしながら、夏の日照りに晒されていたのか顔を紅潮させた男が入ってきた。少し遠い所からでも見えるような大粒の汗が顎から滴っている。
「報告があります!」
「話せ」
「西方大公が、王都を掌握!ダミアン・エーリヒ第二王子を国王として王都に迎えると、宣言いたしました!」
部屋の中にいる全員の表情に困惑が広がり、続いて隣の者と話し合う騒めきが広がった。
「意味が分からない!何を言っている!?」
辺境伯の言っていることも当然だ。寧ろこの部屋の中で今の報告だけで理解できた人間はいないだろう。
「順を追って話せ!西方大公が何と??」
「は、はい。西方大公が残留の近衛騎士団を掌握、それに加えて私兵を王都に入れ占領しました」
「西方大公が反乱を起こしたという事だな」
「……はい」
辺境伯が目を瞑り天を仰ぎ、周囲の人間も頭を抱えている。
そうしたい気持ちは自分も痛いほど分かる。これはどう転んでも国が荒れることが目に見えていた。もはやルーシーとのデートに行けるような状況ではない。
「して、その次の第二王子の話は?」
ゆっくりと目を開けた辺境伯が話を進めた。
「王都を占領した後、西方大公はダミアン第二王子を国王として王都に迎えると宣言いたしました」
「ということは、まだ第二王子は王都にいらっしゃらないのか?」
「はい」
「西方大公と第二王子は繋がっていないと?」
「……申し訳ありません。私には分かりかねます」
「そうだな」
辺境伯は少し思案に入り、その間も周りの者達が「本当は第二王子の指図」だとか「これは西方大公の暴走だ」などと色々話している。
「もし繋がっていないのであれば、西方大公の暴走として第一王子と第二王子が征伐することで、国を纏められるだろう」
辺境伯が言っていることは間違いないのだが、それはあまりに希望的観測が過ぎた。
「そんなこと、あり得るのでしょうか……。犬猿の仲ですよ?」
バーミリオン男爵が苦しげな表情で辺境伯に言うが、それは誰しもが知っている話で公然の秘密と言ってもいい。
「我々にできる事は無い。協力してくれることを祈るしかないのだ」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。