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1.雪中行軍


 我々は静かに急いだ。

 戦場に到着する時には、敵軍が左右に割れて、それに集中している時が一番良い。

 エメリヒ第三王子の要望は、その手でアルトゥール第一王子を討ち取る事だ。出来れば人の海が左右に割れて、目の前に道が出来ているような状況が一番望ましい。


 這う這うの体で撤退した道をまた戻る事は、どうにも気持ちが落ち着かない。雪が目に入りそうになり、目を瞑る度に瞼の裏に先程の戦闘が鮮明に映し出されるのだ。一度の敗北がここまで自分を追い込むとは思っていなかった分、ずっと動揺が続いているような感覚になる。


 道の途中に雪が積もり始めた死体があった。

 最初に見えたのは、自分の部下であった東方騎士団のひとり。次に現れたのも東方騎士団の男だ。彼の乗っていた馬の下敷きになる形で空を向いている。その後もぽつぽつと味方の死体が道端に捨て置かれていた。一方で我々と交戦した北軍の近衛第三騎士団の死体は一切ない。敗北した側は死体を回収することは出来ないという事を、思い出させるには十分な惨状だった。

 1刻程道を進んだところだろうか、我々の殿(しんがり)軍の内で一番最初に倒れた男の死体に到着した。彼の死体の周囲の雪が一段低く、少し黒く見えるのはその下に大量の血が染み込んでいるからであろう。


「……アイゼンデ…後で弔ってやるからな」


 誰に話すでもない静かな決意を口に出す。

 アイゼンデの亡骸を発見した直後と言っても良いタイミングで、雪の奥でチラつく黒い影を見た。我々は敵偵察部隊に遭遇したのだ。戦場では感傷に浸る暇もない。


「居たな…見えたか?カンブリー、フレディ」

「……いえ」「いや」


 微かに、だが確かに、自分の目は敵の姿を捉えた。その姿は直ぐに雪の中へと隠れてしまったが、見えたのだ。徐々に軍団が前へと進むごとに、雪の降りが一瞬弱まる毎に、敵の姿がより濃く鮮明に見える。向こうに見える2人の騎士は、こちらを見ていない上に馬上に居た。


「二人は、まだ見えないか?」

「はい」

「分かった」


 これ以上近づくと相手はこちらの接近を察することが出来る。

 右手の握りこぶしを掲げ、軍に停止を促した。自分の停止命令は後ろへと伝播して行き、全軍が足を止める。

 今見えているのはふたり。一度こちらの方向を見たがまだ気づいていない。王国の哨戒部隊は、最低単位が2人だ。広範囲に部隊を放っているのなら納得できる人数。少しの時間観察したが、彼らはお互いに顔を合わせて言葉を交わすのみで、他に話しかけている様子はない。

 体に通していた弓を手に取り、腰の矢筒から矢を2本取り出した。


「エドガー、カンブリー、フレディ。付いて来い」


 3人を伴って行くのは、2人以上の人数が居た時の為だ。


「3人が気のせいでもいい、少しでも敵を認識出来たら教えてくれ」


 なるべく馬の速度を落とし、一歩一歩近づいて行く。雪が降っている事で音も消えているため、何とも言えない緊張感が、我々の間に漂い続けている。


「あっ!、今一瞬……いや、気のせいかも…」

「いや、いい。十分だ」


 声を上げたカンブリーに合わせて馬を止めて弓を構える。

 標的となっている事を知らない2人は、まだこちらを認識できていない。雪が降りしきる中であるために、それも考慮した狙い方に変える。

 距離だけで言ってしまえば、いつも以上に近づいている事は間違いなく。外すような距離でもない。この点においては雪の視界の悪さに感謝だ。

 番えた矢を一気に引き切り、一本目を放った。続いて2本目。

 飛び出てくるかもしれない、隠れた敵兵を射抜くために腰にある矢筒に手を伸ばしたところで、2人の首元に命中したのが見える。ひとりはそのまま落馬、2本目が命中した男は、馬の首にもたれかかるように首を抑えながら力なく倒れる。

 横の森の中や、そのほかの場所から敵が飛び出してくることはない。主人を失った2頭の馬が、その場をぐるぐるとしているだけだった。


「フレディ、後ろを呼んできてくれ。進むぞ」

「分かりました」


 後方に向かったエドガーが全軍を伴い進んでくる前に、先へと進んで倒した敵の処理をする。


 その場に落馬した敵は道端へと死体を寄せ、馬はこちらのものにする。その場に主人を乗せたまま旋回していた馬も、上に載っている死体を落としてもう一人と同じ場所に死体を寄せた。

 その作業が終わると共に、雪の中から2列に並んだ軍隊が姿を現した。

 そこに転がる死体について質問する者はいない。ただ我々はまた先頭として軍団を率いて進み続ける。


 その後、敵の哨戒部隊にはもう2度遭遇した。その者達も同じように、自分の矢に射抜かれて絶命し、雪の中へと斃れ、そのまま降り積もる雪の下へと記憶と共に姿を消していくだろう。

 彼らも我々と同じように、王国内の内乱という兄弟げんかの延長戦のような物に巻き込まれ、軍に招集され戦う身となった訳だ。同情を禁じ得ないし、おおよそエメリヒ第三王子を王として頂く者として、持ってはいけない様な感情も沸いて来る。『この場でエメリヒ第三王子に矢を放てば全て終わるのだろうか』と。


 勿論、物事がそんな単純でない事も分かっているが、思わずにいられなかったのだ。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。


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