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11.ルイジア関


 ルイジア関に到達した近衛第二騎士団は、殿を務めた者達のお陰で追撃の姿は見えず。関の内側にすんなりと入ることが出来た。だが我々は、ぼろ布の方がまだ綺麗だと言えるほどの状態だった。

 血を流していない者はおらず、その体は雪で濡れ、土と血で汚れ、その寒さで震えていた。同時に殿の者達が帰って来ていない中、我々のみが火に当たっていいのかと考える余裕もなく、そのまま飛び込みそうな勢いで、数少ない焚火に身を寄せながら体を温めている。


「ご苦労様です」


 周囲から次々に集まって来る者達が、お湯と布を持ち寄って来た。それで顔と体に付いた血と泥を拭きとる。


「もう十分だ。ありがとう」


 体はまだ関節を曲げる度に、泥と血で張り付いた皮膚に張り付いた布が剥がれる状態だ。顔は少し表情を変えようとしたり喋るだけで、張り付いた血か泥か何かがひび割れるような感覚が残っている。

 だが、それも気にする余裕もない男達が後ろから追ってくるはずで、それを関の上から援護して出迎える必要があった。



「来たぞ!!」


 誰かが叫んだのは、雪が徐々に強くなって視界の確保が困難になり始める直前だった。

 3人の騎兵がルイジア関の門前まで全力で到達し、その後方、こちらの矢が届かない所に馬を止めたのが、5人の騎兵。3人の騎兵は我々第二騎士団の騎兵で、殿を務めた7人の生き残りだった。その中にはアイゼンデの姿は無く。トルガーは剣と右肘から先を失っていた。

 遠くに見えるのは追撃を行っていた近衛第三騎士団の騎兵。彼らはルイジア関の上と、その後ろの丘に注目をしていた。数の偽装のために残った兵の大半が並んだルイジア関の上と、後方の丘に数多く立てられた貴族の旗の数々。

 特に貴族とその部下が持つ旗は、兵を伏せる為に全て丘の上に残したままであった。戦場で戦況と手柄の把握の為に重要な目印となる旗を残したことで、この場に全軍が居ると騙されてくれることを願うしかない。


 その後しばらく近衛第三騎士団の騎士はこちらを観察すると立ち去って行った。

 我々近衛第二騎士団の”ひとつ目の仕事”が終わった。


 エメリヒ第三王子から託された、たったひとつの仕事をこなすだけで、我々は既に厳しい状態に追い込まれていた。死者は騎兵が15名、アーチャーと魔導士を除いて負傷をしていない者はいない。これから更に継続して戦闘を行うとなると、行動できるのは騎兵の内3分の1程度だ。実際は近衛第二騎士団は半分の兵力になったと言っても過言ではなかった。事態は深刻だ。


「随分と酷い状態だな」


 到着と共に意識を失ったトルガーをはじめとする部下たちが魔導医の治療を受けて、後方へ馬車の荷台で運ばれるのを見届けたあと。焚火の傍でひとり、お湯を使って体と装備を拭っていると、頭上から声がした。

 顔を上げると、そこには見覚えのある懐かしい顔が立っている。


「これは、カーマイン辺境伯!」

「座ったままでよい」


 カーマイン辺境伯は、立ち上がり挨拶をしようとした自分を手で制し、焚火を挟み斜め前に立った。


「辺境伯から預かった兵を……死なせてしまいました」


 勿論、アイゼンデの事だ。他にも東方騎士団からも犠牲者を出してしまっているが、目の前に居る辺境伯に謝らなければならない気がしたのだ。


「謝るな。それが、戦争だ。気にするなとは言わないが、受け止めろ」

「はい」

「浮かない顔だな、その顔で自らの兵士達の士気をどうやって上げるつもりだ?」


 答えに窮してしまう問いだった。だが、カーマイン辺境伯はこちらの言葉を待たずに続ける。


「負の感情を決して下の者に見せるな。人を率いる者は孤独なのだ……覚えておくと良い」

「分かりました」


 これまで長い間、それも生まれた時から人々の上に立つことを定められる貴族に生まれた男の言葉は、的を得たものなのだろう。短い間ではあるが、部下を抱えるようになった今の自分にはそれが分かる。


「ふむ……少しは表情が変わったな」

「そうでしょうか?」

「あぁ!そうだぞ!間違いなくな!!」


 最後にカーマイン辺境伯は明るく言い残して去って行った。

 カーマイン辺境伯が去っていくと共に雪の降りが強まり始め、徐々に視界を悪くしていく。体を綺麗に拭き上げた自分も、用意されている近衛騎士団の天幕へと戻る事にした。


 天幕には、暗い顔をした近衛騎士団の者達が居る。カーマイン辺境伯領から連れて来た者達の他に、東方騎士団からトルガーの代理と思しき者達も来ていた。


「良く生き残った」


 謝罪はしなかった。

 ここで謝罪の言葉を口にしても、何の意味も無い事を皆知っている。戦場に赴けば誰かが命を落とすのが通例で、その覚悟が無ければこの場にいるべきではない事が分かり切っているからだ。


「ここからは、状況が動くまで体を休めてくれ……俺達にはまだ仕事が残っている」


 明るすぎず、暗すぎず、先程の大敗北の影響を受けていないように見せるために、努めて普段通りの声で話した。だが、この場に居る者達の反応は薄い。小さく「はい」という返事を返してくるか、頷く程度の者しかなかった。


「解散だ」


 カーマイン辺境伯領から連れて来た者達でさえ反応は薄く、天幕から出て行く背中は寂しいものだった。


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