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10.退却


「カール!撤退だ!行くぞ!!」


 カールが3人目を2つの戦鎚で横薙ぎにして馬から叩き落すのを確認し、大声で呼びかけると、カールはこちらに馬を寄せながら走らせ始めた。


「助かったぞ」


 冬にも関わらず顔を赤らめて汗をかいているカールの状態は、それまでの熾烈な攻防を伝えて来る。


「まだだ!」

「分かってる」


 カールも合流した事で、後ろから追って来ていたアーロンとオリバーは、ゆっくりと速度を緩めていたが、それは彼らが諦めたからではない。二人の目には、まだまだ闘志が宿っているのが見える。味方と合流した後に追撃を始めるつもりなのだろう。それでも、必死の防戦を行っていたアイゼンデは助かったに違いない。

 戦場は落ち着きつつあった。

 騎馬隊同士の乱戦が解かれ、包囲されていた味方も外周に突っ込んだ部隊のお陰で、細い撤退路に動き始めている。その間に弓兵達は馬を繋いでいた場所に到達している。

 本来、撤退となればもっと混乱する事が予想されていたが、意外にも騎兵達の動きに統率が取れており、混乱を引き起こしたりなどはしていない。これは、彼らの大半が近衛騎士団と呼ばれる前に、東方大公の下でよく訓練し、経験を積んだことによるものであろう。


「アーチャーを先に出せ!私と共に殿(しんがり)をつとめる者は!?」

「団長!団長は殿なんてしないでください!アーチャーと共に行ってください!!」


 合流した騎兵達に声をかけると、疲れ切った表情のトルガーが横に並び、注意というよりは団長の自覚を持てと吐き捨てるように言い放ち、そのまま速度を緩めて後方へと下がって行く。


「……殿は私が」

「頼んだ!」


 惜別の感情はない。敗北のフリどころか本当の敗北を喫し、敗走しようとしている我々だが、あの包囲された乱戦を生き残ったトルガーであれば、帰ってくるような気がしたのだ。


「団長、私も殿を」


 真後ろから声がかかる。アイゼンデだった。


「ボロボロだろ、一緒に帰るぞ」

「見て下さいよ、コレ」


 アイゼンデは剣を握ったままの右手で、チェストプレートを軽く横にずらして見せる。そこは赤黒く染まっていて、傷口と思われるところは未だに出血しているのが布の上から分かるほど、新鮮な血の色に染まっていた。


「……いつだ」

「このデカいのは、さっき最後尾にいた時です。他の細かいのはいつのか分かりません」

「砦まで帰って、魔導医に傷を焼いてもらえ!」

「無理です。持ちません」

「大丈夫だ!」


 アイゼンデが殿を務めて生きて帰って来る事が到底不可能だというのは、誰が見ても分かる程度には疲労を隠せてなかった。だが、彼の表情に特別の感情がある様には見えず、少し口角が上がっているようにも見えた。励ますために声をかけたが、それも全く響いていない。


「血を失い過ぎました。もう視界が狭いです」

「カールの後ろに乗せてもらえ!おい、カール!」

「おう!」


 カールはアイゼンデに馬を寄せるが、彼は拒否するように一気に馬の速度を緩めた。彼の表情は変わらず、どこか焦点の合わない目をこちらに向けたまま、別れの言葉も無く集団の最後方へと下がっていく。自分とカールはその様子を呆気にとられながら眺めるしかなかった。

 アイゼンデとは特別な思い出がある訳ではないが、それでも数か月の間同じ釜の飯を食い、ともに旅をして、共に戦ってきたのだ。いきなりの別れに言葉の一つも残さず下がっていくとは思わない。


「どうした!急げ!!」


 呆然とする自分とカールに、エドガーが声をかけて来た。更に集団の中から顔馴染みたちが次々と自分に寄って来て自分の周りを固め始めた。近くにいるカールにライアン、エドガーそれにアントン、サルキ、セッターとテリア。フレディとカンブリーはアーチャーなので、先行して撤退を始めていてこの場に居ない。


「アイゼンデが、殿に行った」

「は!?ボロボロじゃないです!?」

「そうだ……だからだ」


 驚いた声を出したのは、アイゼンデと一番話していたアントンだった。自分が発した”だからだ”という言葉に全てを察して、唇を嚙み、下を向く。だが、感傷に浸る時間をこちらに渡す気がない、北軍の近衛が既に追撃を始めている。


「急げ!!砦まで帰るぞ!!!」


 敗北によって完全に下がった士気は、自分の声だけで回復できるような物では無いが、生き残らなければ何も始まらない。


 我々は悠々と進軍してきた道を、這う這うの体でひたすら走った。

 合流したアーチャー達を伴い、全速力で進み続ける。殿を務めてくれている者達を振り返る事も無く全力だ。2刻でルイジア関から戦場へと到達した道を全速力で帰ると、1刻半もかからず変えることが出来ると思っていたが、体感は3刻も4刻も経っているかのように感じる。

 この長い道中で、自分が敗北を体験したのは実は初めてだという事に気が付いた。カレリア砦の戦いのときには確かに追い込まれたが、敗北というものではない気がする。むしろ当初の目的は果たしているので多大な犠牲のもとに勝利をもぎ取ったとも言える。

 だが、今回は完全に相手が上手で、圧倒され、追い込まれての撤退だった。その敗北という責任が自分の腹の奥底に重くのしかかる。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。


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