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9.鏑矢


 後ろから迫る蹄の音が増えて、オリバーが力の方向を少し乱した。その隙に剣の方向を変えて力を逃がし、地面を転がり少し距離を取る。

 オリバーが自分から視線を外し、そちらの方向をチラリと見るのを確認していた。


「団長!!大丈夫ですか!?」


 息を切らして声をかけて来たのは、カールの弟子であるライアンだった。


「なんとか!!」


 こちらが答えると同時に、駆け付けたライアンとアイゼンデが自分とアーロン、オリバーの間に馬を割り込ませる。


「まだ引けませんか!?」


 アーロンから目を離さずにこちらに声をかけて来たアイゼンデの服は、血が染みて赤黒くなっている。それは返り血だけではない事は、まだ赤く染まった個所がある事と、曲げたひじの先から滴り落ちる血の様子で把握できる。

 既に限界まで戦った上に、自分を助けに来たことが簡単に把握できるような二人の身なりに急かされるように味方の陣地の方へと振り返ると、味方のアーチャーたちはやっと陣地付近まで引くことが出来ていることが確認できた。


「撤退だ!!撤退だ!!」


 自分の叫ぶ声は近くにいる二人にしか届いていない事は分かり切っている。腰の矢筒に手を伸ばして、鏑矢を引き抜いた。地面を転がり、どこもかしこも痛む体で無理矢理宥めて、弓を引き、空中へと鏑矢を送り出す。


「ピューーーー」


 戦場の中で目立つ甲高い音が、尾を引きながら空中を横切って行った。例え乱戦の中でもこの甲高い音に一人でも気付く者がいれば「撤退」の合図が伝わるはずだ。

 一方で自分の状況は良くない。数の上ではこちらが有利だが、自分の馬は落馬した時にオリバーが尻を剣で刺したことによって驚き逃げてしまっている。


「団長!乗って!!」


 鏑矢の合図と同時に馬首を返したライアンが、血だらけになっている剣を口にくわえると、自分に手を伸ばしながら、こちらに馬を走らせ始めた。まだ速度が乗っていない彼の手を掴むのは容易で、カールの弟子という彼の言葉に違わない膂力で、思い切り馬上へと引き上げられる。


「すまん!!」


 短い一言には、感謝と申し訳なさを全て込めたつもりだ。


 体を何とか安定させるために四苦八苦した後に背後を振り返ると、こちらを追いかけるアーロンとオリバーの二人を、アイゼンデが必死に馬を走らせ、剣を躱しながら足止めしてくれている。二人乗りとなったことで遅くなった自分とライアンの馬に敵を近づけまいと、必死に戦っていた。

 その奥、騎兵が入り乱れる主戦場は、鏑矢の音を聞いた誰かが必死に撤退を叫び、それを聞いたものが更に叫び、徐々に乱戦を解いての離脱が始まっている。そしてさらに視線を横に流すと、カールの姿が見えた。先程まで一人だったカールの相手はいつの間にか3人へと増えている。


「ライアン!お前の師匠が苦戦している!!助けるぞ!!」

「っ!!はい!!」


 少しの安堵を浮かべたライアンの横顔を確認して、後ろを振り向き、アイゼンデの援護の為に馬上から矢を放ち始める。

 馬に乗りながら真後ろの敵を狙う事を不得意だと思った事は無いが、それは自分が操っている馬の上で、前の視界が取れている状態での話だ。他人が操る馬上では勝手が変わって来る。狙いを定めて放つ瞬間に予期せぬ沈み込みや浮きあがりで、意図した所に十分な威力の矢が放てない。

 大きく的を外す事はないが、手練れの近衛騎士相手には簡単に避けられ、落とされてしまう。まだまだ腕が足りていない事を思い知らされた。


「団長!間もなくです!!」

「カァァル!!撤退だ!!」


 一度アイゼンデの援護をやめ、ライアンの腕と脇腹の間からカールの後ろ姿を確認し、大声で呼びかける。その声は確かに届いている様子だが、こちらを振り返る余裕もないのが背中から伝わって来る。


「ライアン!右腕そのままだ!!」


 自分は鞍の後ろに”乗せられて”いて、裸の馬に乗っているような状態だ。姿勢を安定させるのは難しいが、やるしかない。両腿に力を入れて、しっかり馬の腹を締め付ける。そのまま斜め後ろに体を反らして、弓を引くスペースを作った。

 腰につけている矢筒が馬の背に当たってくれているから辛うじて姿勢が保てる危険な姿勢だ。油断すると今にも振り落とされそうになる。その腰の矢筒から3本の矢を引き抜いて1本を番えて、2本を指に挟む。


 きつい姿勢だ時間はない。


 一気に弓を引いて、ライアンが維持していくれている右腕と脇腹の隙間からカールの右手に居る奴を狙う。相手からは全力で馬を駆るライアンの姿しか見えていない。矢が自分目掛けて飛んで来ることなど頭の片隅にも無いだろう。


 手から離れた矢は疾走を始めた。


 放たれた矢の行方も把握せずに、次の矢を番えて今度は左側の奴に向かって放つ。

 放ったと同時に右の騎士が腕を上げた瞬間に脇に向かって矢が吸い込まれたのが見えた。その男は振り上げた手を下ろす事も出来ずに、剣を落とした。それでも落馬しないのは日ごろの訓練の賜物だろう。


 その姿を確認しながら続いて3本目の矢を放った。それと同時に2人目に放った矢が彼の大きく開けた口を横から貫く。

 3本目の矢の存在にに気づいた近衛騎士に斬り落とされてしまうが、それはカールにとって十分な隙だった。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。


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