3.初雪
「行くぞ、威力偵察だ」
北軍の到着を予想した15日目の早朝丘の上の陣地、陽が昇って直ぐに特権である暖かい食事を済ませた我々に、北軍がルイジア関南方1日の距離に到達したと伝令が入った。中央平原の最北にあたる場所に北軍が到着したというのだ。
そこで彼らは一時的に進軍を停止し、ルイジア関がある丘陵地帯へと進む準備を始めている。その過程で必ず起きる事が、彼ら北軍が持つ騎士団による威力偵察だった。
我々東軍が定石通り布陣していると仮定するのであれば、1日の距離で進軍を停止するのはこれもまた定石通りで、つまりは北軍に我々の伏兵が知られていないという事になる。現状東方大公の狙い通りに進んでいるのだ。
「いよいよですね」
「そうだな、上手くやろう」
丘の一番低い所にある狭い広場で、小脇にヘルムを抱えて騎馬に跨り、隣に並んだエドガーと言葉を交わす。その周りにもなじみの顔たちが続々と並び始めて、今か今かと自分の命令を待っている。馬は嘶き、体を揺らすたびに金属の甲高い音が響いていた。
訓練通りに並び始めた近衛第二騎士団は、結成した当初からは考えられない程短い時間で出発の準備を整えた。度重なる訓練と何度かの実戦を経てやっと形に近づいてきたといった所だろう。
出発の時間だ……ヘルムを被る。
「近衛第二騎士団……前進、前進、前進!!!」
窮屈な広場に詰め込まれていた騎士団が、水が細い出口から流れ出るように門の外へと吐き出されていった。
自分はその先頭をゆっくりとした歩様で、この新しい近衛騎士団の初陣らしい初陣とも言える戦場へと進んで行く。両側は副団長であるエドガーとトルガー、後ろに弓兵隊長のフレディを従え、更にその後ろに46名の騎士達が続いた。
自分が馬の歩様を速歩へと変えると、間を置かず全員が歩様を変えて追従してくる。なかなかいい具合だ。
途中で通過したルイジア関の上にはカーマイン辺境伯が立っていた。
立ち止まって挨拶する必要は無いと言わんばかりに、ルイジア関の門は全開で我々を通す準備が完全に整っている。
失礼を承知ながら馬上からカーマイン辺境伯に軽く頭を下げると、それに返礼するかのように辺境伯は頷いていた。これは辺境伯からの激励だというのが、彼の口元に力の入った真剣な表情から伝わって来る。
ルイジア関を通過して1刻が経った頃、頭上の雲が厚くなってきた。口から吐き出す息も白い……この日は朝から冷え込んでいた。もう季節は晩秋を過ぎ初冬といった所だろう。
ヘルムの内側には布を被っているため鉄の冷たさを直に感じる事は無いが、北の地方ではもうそろそろ鉄の装備を避ける時間が来たかもしれないと感じる。
それを証明するように、両側の緑が無くなった木々と枯草になり背が低くなった草が、両側の丘から迫る圧迫感を無くしていた。所々に生える冬でも葉をつけたままの松などが視界を邪魔しているが、他の季節に比べると大分見通しが良く、伏兵をしている者達が少し心配になるほどだ。
進軍の間は誰も口を開かなかった。
緊張によるものであるかもしれないし、話すことが無いのかも知れない。馬の足音と吐息、装備や剣がぶつかる金属音以外の音は聞こえない。その静けさを更に加速させるように、空からちらほらと白い粒が降って来る。
「……雪だ」
陣地を出てから初めて後ろの誰かが呟いた声が聞こえた。
ゆっくりと頭を上に向けると小さい白い粒が空から無数に降り注ぎ、目の中に入ろうとする度に無意識に目を瞑ってしまう。
北方の天候は一年生活したことで何となくわかるようになってきた。この雪は初雪らしくなく長引きそうな雲の模様をしている。できれば大きく積もらない事を祈るばかりだ。
そこから2刻という短い時間の後、我々近衛第二騎士団はついに目的地に到着した。
丘陵地帯の中に広がる三角形の平原は、軍を展開するのに十分な広さを持った場所だった。降り始めた雪はうっすらと積もり、地面と草が枯れた茶色を隠して見事な雪原となっている。静かな雪原に立つと自分達が発する音以外は何も聞こえない。それでも両側の丘陵の向こう側には、約2000ずつの兵士が息を潜めて待っていると考えると不思議なものだ。
ここが後の決戦の場所となり、人の足で溶け、血で溶け、血の赤色と土の黒色と枯草の茶色と白色が交じり合う事になる。そして敵味方の”王国民”の死体が積みあがる事を考えると憂鬱になってしまう。
だが、自分も感傷に浸っている時間も無かった。いつ北軍の騎士団が到着するか分からない。
「よし……弓兵隊は基本隊形、騎兵は第一突撃隊形で布陣」
自分の号令と共に動き始めた騎士団が隊形を形成すると同時に、後方に下がった魔導士達で陣地となる土壁を作り始める。今回に限っては戦闘が長引かない事が決まっているので陣地は必要ないのだが、魔導士達が近接戦の最中に待機する場所にはなるだろう。
むしろ訓練通りに素早く戦闘準備を整えた近衛騎士団の皆を褒めるべきなのかもしれない。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




