6.晩餐会
この場でのあいさつの方法はルーシーの授業と、ここに来るまでの馬車の中で辺境伯にしっかりと叩き込まれた。絶対に失礼が有ってはいけない事が分かっているので、意識を隣の近衛騎士団から目の前の状況に集中する。
「お初にお目にかかります。この度、辺境伯により騎士爵を叙されました、リデル・ホワイトです。王国の為に粉骨砕身働く所存です」
「ふむ、結構な心構えだ。その心意気を大事にしたまえ」
第一王子からの言葉を以って、自分の騎士爵が完全に承認されたと言ってもいい。
「して、君の出身は何処の”貴族”なのだ?」
「いえ……私は」
第一王子の次は北方大公の言葉だったが、大公の口から発せられる言葉にはどこか圧を感じた。
「貴族ではないと?」
「はい、猟師の家系でした」
「ふんっ、そうか」
北方大公は自分の出自を鼻で笑うと、矛先を辺境伯へと向けた。
「辺境伯よ、また平民出身者を貴族にしたのか?」
「はい、この者は今回の戦役において非凡なる働きをしたもので、これから私の手足となって活躍することを期待しています」
「平民如きに爵位を与えるとは……君は平民に対して優しすぎるぞ。第一王子、そう思いませんか?」
「そうだな、安易に平民に爵位を与えるのは感心しない……が、騎士爵に関しては正直どうでもいい。所詮一代貴族だ」
辺境伯が平民に爵位を与えた事自体に、北方大公は怒りさえも感じているような口調だが、第一王子は心底興味がないという感じだった。第一王子の周りを今日も守っている近衛騎士団は、騎士爵の者も多いというのに、そこに対して何も思う所がないようだ。
「辺境伯、下がってよいぞ」
「はい、ではまた夜の戦勝晩餐会で」
そのまま退室し、辺境伯の宿へと一緒に向かう途中に「すまないな」と謝られたが、自分にとって公爵や王子は身分の差が過ぎて、怒りよりも自分を叙爵した事でいびられるような形になった辺境伯に、申し訳ないという気持ちの方が大きかった。
夜の晩餐会では巨大で豪華なタリヴェンド城の大ホールが、沢山の明かりで昼間の如く照らされて、見た事のないような料理が沢山運ばれてきた。最初は緊張で美味しい料理が喉を通らなかったが、自分の周りは辺境伯と先に到着していたレイデル・ベゴニア子爵とオスカリ・バーミリアン男爵だったので、少し料理を楽しむ余裕が生まれた。
そのまま恙なく進む晩餐会も終盤となるにつれ、沢山の貴族たちが第一王子や北方大公の歓心を得ようと挨拶にむかったり、知り合いとの談笑を始めたり、連れてきた娘を紹介していたりと、それぞれ思い通りに動いていた。
この場にルーシーがいないのは辺境伯による配慮によるものだが、彼女の美貌であれば沢山の貴族に声を掛けられていたことは間違いないので、自分が嫉妬に狂わなかったのを辺境伯に感謝しなければいけない。
辺境伯に連れられていくつかの貴族と話をさせてもらったが、結局は社交辞令の応酬で特に得るものは無かったように思う。そう思ってしまったが最後、唐突な尿意に襲われた。
「辺境伯、すこしトイレの方に行ってきます」
「うむ、外に案内がいるはずだから声を掛けなさい。私たちはここに居るよ」
「失礼します」
大ホールを抜け出して扉の前には、衛兵として4人のセレスト騎士団の騎士と少し離れた所に近衛騎士が2人いた。近衛騎士は暗い場所に立っているので顔が良く見えないが、自分の顔見知りである可能性が高く避けることにする。
「すいません、トイレに行きたいのですが」
「はい、承知いたしました。近衛騎士の方!トイレの方にご案内をお願いします!」
セレストの騎士が近衛騎士の方に声をかけると、顔が良く見える明るい場所まで来たのは、よくよく見覚えの2人の顔だった。
「承知いたしました。トイレですね」
丁寧な言葉を口にしながらも、自分の姿を確認すると苦虫を噛み潰したような表情になったのは、アーロンといつもの金魚の糞のひとりだった。
彼らが先導する背中についていくことに少しの不安を覚えたが、一代といえど貴族の端くれに何かしてやろうという奴らだった訳ではなく、無事にトイレの場所まで案内された。あとは無事に用を足し、トイレの前に律儀に立っている二人に声を掛けて、来た道を戻っていく。
もう少しで会場に戻れるという所で、窓から差し込む月明かりと、廊下の明かりで鈍く光る銀色の鎧が少し近づいてきた。アーロンが先導の歩調を少し遅めたのだ。
「随分と偉そうじゃねぇか。勘違いしているのかもしれないが、お前は平民だぞ」
呟くようにだが、確実にこちらに聞こえる声でアーロンが自分に喧嘩を吹っかけて来た。
「偉そうにしているつもりはありませんが……」
「その態度の事を言ってんだよ。見下してるんじゃねぇぞ」
アーロンはまだ準騎士で爵位を持っていない。侯爵家の次男であるということは、つまり跡継ぎでもない。彼は父から代替わりした時点で、騎士爵として一代貴族としての地位は得るが、この先は自分の力で功績を上げて行くか、兄に頼らなければ”貴族”としての家を存続させていくことが出来ない。
言ってしまえば将来、彼とその取り巻きは今の自分”サーリデル”と同じ地位しか手に入らない事による、八つ当たりをしてきている。
「見下してるなんて、そんな事は無いですよ。”貴族”が晩餐会をしている間、”騎士”として警備して下さって感謝しています」
自分の嫌味が余程頭に来たのか、アーロンは足を止め振り返ると詰め寄って来た。
「リデル、お前は俺とコイツが貴族じゃねぇって言いたいのか!?一代貴族になったくらいで調子乗ってんじゃねぇ!!」
アーロンが飛ばした唾が自分の顔にかかった。それを袖で丁寧に拭きとる。
「言いたいことはそれだけか?なら、早く案内してもらっていいか?辺境伯を待たせているんだ」
「思い上がり野郎が」
アーロンは捨て台詞を吐くと、再び会場へ向かって速足で歩き始めた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。