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2.北へ


 エメリヒ第三王子の大演説の熱が収まらない内に全軍が動き始めた。


 天気は雲一つない晴れ、気温はもうすぐ冬を感じさせるほど肌寒い。だが、演説の熱でその寒さは打ち消されている。列の中段後方を行進する我々近衛騎士団と東方騎士団に守られた、エメリヒ第三王子と東方大公の表情は真剣そのものだ。そして我々は予想以上の進軍速度を保ちながら止まる事のない水の流れの様に北上を開始した。

 我々の軍である”東軍”の進軍速度は常識から外れた物である。

 日出から日没以降も歩き続け、夜の闇の中で月明かりと松明を頼りに天幕を立てていた。更には事前に完全に把握した道を使用し、その途中の領民はすでに買収し進軍の為の食糧を用意させている。そのため本来であれば一時停止して取らなければいけない食事も歩きながら行う。更には東方の兵士は精兵であった。農民である徴用兵であっても、弱兵と呼ばれる南方の兵より足腰が頑丈に思える。

 北の強兵、東の精兵、南の弱兵とはよく言ったものである。


 我々の行軍速度は緩まる事なく、3日かかる行程を2日で消化していく。本来20日かかる距離もたったの13日で到達した。北軍、南軍の現在の状況を予想するに、我々が挙兵し進軍を開始したことを知った頃であろう。

 特に北軍は自らの領地の方に進軍を開始したことに驚き、更にその後に入って来る我々の進軍速度に衝撃を受けているに違いなかった。我々が現在1日の小休止を行っている場所に北軍が到達するためには、我々と同じ速度で向かってきても7日はかかる。

 アルトゥール第一王子と北方大公、北軍の諸侯がそれに衝撃を受けその動向を探り、対策を立てている間にも我々は彼らから遠ざかり続けるのだ。


「問題はここからだな」


 小休止によって諸侯が再び天幕の中に集まっていた。その中でエメリヒ第三王子が最初に口を開く。


「買収が済んでいるのはこの村が最後だ。これ以降は進軍速度が落ちる」


 東方大公が管轄する領地とそれに接続する北方大公の領地は買収し、用意された食料を使って動くことが出来ていたが、翌日以降に到達する村々は未だに手出しできていないという状況であった。

 先立って密使をいくつか走らせ続けているが、協力や降伏の報告はごくわずかであった。特に途中から増える城塞は北方大公に近い者が所有している城も多く、彼らの家族が残っている以上裏切る事は無いと考えた方が良い。


「では、その城塞は攻略いたしましょうか?」

「いや、進軍速度優先だ。」

「無視という事で」

「あぁ、そうだ」


 先鋒を務めるガランス子爵の質問に、エメリヒ第三王子は簡単に答えた。


「大丈夫でしょうか?」

「東方大公の調べではここからの城塞には多くて100程度の兵士が籠るのみだ。わざわざ我々の背中を襲おうとする奴はいないだろう。だが、それとして警戒は怠る訳にはいかない」


 言葉と共に視線を投げかけられたのは、最後尾を進軍しているマロカン侯爵であった。彼は東方大公の信任厚く、最後尾にて北軍の追撃があった際に対応する最初の部隊となる。そして敵領を突破しようと目論む我々にとって、最後尾を守るマロカン侯爵の軍300は最重要である事は間違いない。


「お任せを…」


 静かに頭を下げるマロカン侯爵からは、十分な貫禄と自信が感じられた。その様子を見せられては、口々に不安を漏らしていた諸侯も黙らざるを得なかった。


「明日からは道中の村からの支援の代わりに保存食を使用せよ」

「ま、まことですか!?普段の倍以上の保存食を携帯させていると言えど……」


 異例どころか、あり得ない行動を我々はしようとしていた。

 本来保存食は戦闘になった時の備えで必ず持っておかなければならず、それ以外の場合は炊事を行って食事を摂るのが普通だ。そうしなければ本当に強行軍が必要になった場合や、予期せぬ戦闘になった場合に、我々は食事を摂ることが出来なくなる。


「そうだ、保存食は食い切ってしまって構わない」

「で、ではそれ以降はどうされるので?」

「そのために馬車を大量に持ち込んだ。予備の保存食は用意している……が、全兵士に行き渡らせるとなると2日分、節約しても4日分だ」


 これが5日の内にシャルトル伯領を掌握しようとしている理由だ。

 我々は食糧事情を犠牲に圧倒的な進軍速度で到達し、その食糧事情が我々の首を絞める前に片を付けなければなならない。

 シャルトル伯の領民の協力を得て食糧事情が改善することになれば、それ以上の継戦も可能であるが、そうでなければ無理矢理食料を徴発することとなる。これから領民となる予定であり、我々が占領する予定の領地から食料を徴発するのは間違いなく反発が予想される為に、絶対に避けたかった。

 我々の食糧事情を解決するためには、5日の内にシャルトル伯の城塞を落とし、その食糧庫を開く必要があった。


「明日も早くから動くぞ、今日はゆっくり休め」


 昼夜を問わない進軍が我々の体力を奪っていることは間違いなく、拭いきれない疲労と眠気がゆっくりと体に蓄積していた。行程はまだ半分も消化出来ていない上に、まだ戦闘にさえなっていないのだ。この小休止が如何に大事な物かが分かる。


はじめまして。都津トツ 稜太郎リョウタロウと申します!


再訪の方々、また来てくださり感謝です!


今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。

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