1.演説
「初動以降の動きは都度変える。今日到着した諸侯には悪いが明日の朝に出発だ。各自準備を整えてくれ」
「はっ!!」
「先鋒はガランス子爵、いつも通り君だ」
ガランス子爵と呼ばれ前に出て来たのは最初に声を上げた男だった。赤毛の髪を短く刈り揃え、髭は無く瞳の青い20歳代の男。左頬から首にかけてある大きな傷跡は、その細身の体からは想像できない激戦を潜り抜けて来た事を伺わせる。いつも通りの先鋒という事は、彼はそれだけ信頼されているのだろう。
ガランス子爵は跪き「有難く」という言葉を残して元の席に戻る。続いて出発時の隊形を説明されたところで、軍議は終わりとなった。
我々近衛騎士団の任務はとにかくエメリヒ第三王子とその本陣を守る事で、この初動での威力偵察は予定されていない。我々としてはこの待機期間も出来る限りの訓練を行ったので、幾つか役割が欲しい所だが欲しいときに限ってこないものだという事も知っている。次の出番があるまで我々は大人しく剣を研ぎ、弓の手入れをしておこう。
翌日の早朝、遠くの方に朝霧が見え小鳥たちが囀る声が続く平原に、3800の兵士が整列していた。既に陣地となっていた場所の天幕は解体され、それぞれの背中や馬車の中に積み込まれている。
エメリヒ第三王子と諸侯は一段高い土塁の上に立ち、東方大公とエメリヒ第三王子は土塁の上に急造された木製の演説台に立っていた。整列する兵士たちを目下に捉えて騎士団長である自分は、エメリヒ第三王子の脇を固めて王子と同じ目線を見ている。
「全員傾注せよ!!これよりエメリヒ・フォン・オロール国王よりお言葉を頂く!!」
東方大公の年齢に似合わない大声は、風に乗り奥に立っている兵士まで届いているに違いない。少しの間を置き静かになったこの平原で、我々は今、出陣前の檄をエメリヒ第三王子から受け取ろうとしている。
遠くから馬の嘶きが何度か聞こえた後に、東方大公が声を張り上げた。
「こちらにおわすは、色彩の玉座の正当なる後継者にして、オロール王国の王。オレンジの独立君主にして首位の公爵。カピュシーヌ、アプリコット、マンダリン公爵。オロール侯にしてペーシュ侯、アブリコ伯でありヴェルミヨン伯、コラーユ、ルージュ領主。人間と獣人の国における3代目の統一王にして、その象徴。真実の色教の大司教にして、オレンジの宗主。ベルディグリ大陸の守護者。エメリヒ・フォン・オロール国王である!!」
東方大公によって朗々と、そして淀みなく読み上げられたエメリヒ第三王子の肩書は、彼がこれから手にしようと目論んでいる権力の大きさを示していた。だが、目の前に並ぶ諸侯以外にこの肩書を気にするものが居るのかと言われたら、兵士の大半は気にしていない。かつての自分がそうだったように。
「皆の者、良く集まってくれた!!」
声は誰に聞いても聞きやすいと言うであろう良さをしている。大声を張り上げてもこれなのだから、派手好きなアルトゥール第一王子と同じく演説の才能があるように感じる。一方でエメリヒ第三王子の表情はいつものような晴れやかさは無く、真剣さと共にどこかうんざりした様な、呆れとも取れるような感情が見え隠れしていた。
「今の我らがオロール王国は乱れに乱れている……」
二言目には既に聴衆はその声に聞き入っていた。
「南では二人の大公がダミアンを唆し王都を占拠したばかりか、こともあろうに王を僭称した。北では自国民を焼き殺す野蛮なアルトゥールが、その王座を奪い取ろうと挙兵している。そのような蛮行を色彩の神々は見逃すはずもない!北の蛮人の下には人は集まらず、侯爵の一人は戦いが始まる前から”色彩の神々の使徒”に討たれた!!そして南の僭称者共の軍指揮官である南方大公は、先日”色のない世界へと堕ちた”!」
二つの驚きに思わずエメリヒ第三王子を見てしまいそうになったが我慢した。
色彩の神々の使徒とは自分がシャルトル伯を討ち取った事を上手く言い換えて言っているのは分かる。確かにその時は巡礼者の格好をしていたし、味方を鼓舞するためには事実に少しの嘘を交えるのは基本だと、ナッフート団長が冗談交じりに言っていた。
もう一つの驚きは南方大公の訃報だ。恐らくは直近で入って来た情報なのだろうが、本来であれば国葬で”極彩色の世界”へと送り出す存在である公爵を、反対の”色のない世界へと堕ちた”と言ったのだ。これは国王から騎士爵へでさえ言うのを憚れるほどの罵倒であった。
この言葉に反応した兵士達が騒めくのが収まってから、エメリヒ第三王子は言葉を繋ぐ。
「彼らの横暴を見逃すことは出来ない!将来、暴君となるであろう者達を野放しには出来ない!!色彩の神々の神託を裏切ることは出来ない!!!我々には正義がある。我々には未来がある。我々には色彩の神々の天命がある。皆、敵は強大で数も多い。だが彼らには何もなく、我々には全てがある!!!」
表情は訴えかける元なると同時に徐々に演説の言葉に熱が入り、それに答えるように兵士達の瞳が燃えた。
「正義のオロール旗を掲げよ!諸侯の旗を掲げよ!!自らの剣を掲げよ!!!」
「「「おぉ!!!!」」」
「出発だ!!!我々の向かう先には栄光と安泰の未来があるだろう!!!」
地面を揺らす大歓声が周囲に響き渡った。
今となっては不思議と説得力のあるエメリヒ第三王子の言葉を疑うものは、この場にひとりもいなかった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




