4.四方大公
北方大公の下へ向かう道のりは、前日まで降り続いていた雨が止み、雲一つない青空が頭上を覆っていた。気温は一気に上昇し、何も動いていなくても汗が出てくるような日だ。陽の当たらない馬車に揺られている間でも、鎧の下に風魔法を使って風を通さなければ不快と言える。
「姓と紋章は決めたのか?」
目の前に座り外の景色を眺めていた辺境伯がこちらを向くと、真っ直ぐ見つめて問いかけて来る。
我々は今、北方から王国中央部へと続く大穀倉地帯のど真ん中を貫く道を、騎士団の護衛10騎を従えて軽快に走っていた。
「はい……姓はホワイト。リデル・ホワイト騎士爵を名乗ります」
自分の決めた姓に辺境伯は「良い名だ」と呟き頷いた。
「して紋章は?」
「白と赤色を下地として、横倒しの弓に、大きな二つの交差する矢。片方は普通でもう一方はマジックアローとします。中央にモットーを【狙い・纏い・全てを貫く】にしたいと思います」
今朝まで必死に考えた内容だ。自分の持っている”モノ”は弓矢の扱いだけで、それによってここまで生きてこれたのだ。それに風魔法を纏わせて厳しい状況を打開してきた。この”纏い”という部分にはマジックアローを自分に与えてくれたルーシーへの感謝も込めているが、本人に伝える事は無いだろう。
「ハハハッ、それは随分物騒なモットーだな」
「辺境伯は……」
「私か?カーマイン家のモットーは【赤く染めよ】だ」
「それも随分ではないでしょうか?」
「ハハッ。確かにそうだ」
ひとしきり談笑すると、次の話題に移っていく。
辺境伯と同じ馬車に同席すると聞いた時は驚き、最初の数日はまともに話すことも出来なかったが、ここ数日で談笑できるほどまで緊張がほぐれた。これは辺境伯の温和で分け隔てない態度のお陰かもしれない。
「あと2日といったところか?」
「はい。既に領内には入っていますが、北方大公の居城”タリヴェンド城”まではそれ位かと」
「リデルよ、君は北方大公の事についてどれほど知っているのだ?」
「家柄や人の名前は頭に入れてきました」
もちろん護衛を任命されてからというもの、ルーシーに受けていた算術の授業を大公の事などに変更してもらったが、付け焼刃の知識であることに間違いはなく、自信はなかった。
「そうだな……時間もある事だし、私からも少し説明しよう。楽にして聞いてくれていい」
楽にしてと言われても、辺境伯の言葉をだらけて聞くわけにもいかず、そのままの姿勢を取り続けた。
オロール王国には4つの公爵家、四方位の名を冠する「大公」が存在する。
一番古いのは初代国王の王妃の実家にあたる東方大公。
最初期に起きた旧王国名門メイズ大公国との戦役で数々の戦功を立て、内政面でも大きな助力をした腹心の娘を王妃としたことで公爵に叙された東方大公は、現在も王国の東方に位置するメイズ大公国やスマルト共和国の国境警備を担う公爵家として、王国において重要な存在となっている。
帝国との長きに渡る戦争で、手薄になっていた東側を少ない兵力で押さえてられていたのは、この東方大公家の名声と実力によるところが大きい。
次に古いのは先代国王の王妃の実家にあたる西方大公。
西方大公は公爵家としては異例の”領地を持たない貴族”だ。といっても王都の西側に子爵領程度の土地は持っているが、おおよそ公爵家としては無いに等しい。だが西方大公家が公爵家たらしめているのは、王国の政治を担う政治一家という側面がかなり大きく、現宰相も西方大公その人だ。
先代国王の20年に渡る内政の実務面を一手に担っていたのが西方大公の一族で、宰相の妹を王妃として迎えた所から始まる西方大公家は、5年ごとに交代することが決められている宰相という立場に、三回の内二回は一族の誰かが座っている。
そして現国王の二人の王妃の実家にあたる南方大公と北方大公。
現国王は3人の王妃を娶っているのだが、最初の王妃との間に子をなすことは無かった。既に実家の裏切りにより処刑されてしまった元王妃の後に嫁いできたのが、現在の王国版図を築くことになった大きな要因である二人の軍指揮官の娘だ。
戦略に長け”賢将”と呼ばれる南方大公の娘は第二王子を産み。軍指揮官であっても常に最前線に立ち続けて”豪将”と呼ばれる北方大公の娘は第一王子を産んだ。この二つの家を同格としたことで、今の王国には若干の火種が燻っているが、それは今は置いておこう。
今回向かう北方大公の当主である”ウルリク・セレスト大公”は、既に老齢と言ってもいい65歳だ。
性格は非常に苛烈で自分にも身内にも厳しく、旧王国から続く名門貴族であるという事を大きな誇りとしている。辺境伯によると身分の差にも厳格で、自由に任命できる騎士爵であっても平民を取り立てる事はしない。
それが孫である第一王子の性格にも遺伝しているのは、言わずもがなだろう。
「という感じのお方だ。よってリデル君を紹介した時にも、決していい顔はされないだろう。更には何か言われるかもしれないが、そこは我慢してくれ」
「はい、承知いたしました。決して辺境伯の面子を潰すような事は致しません」
「そう硬くならなくてもいい。私が紹介するだけで、直接喋ることもないだろうしな」
辺境伯は、怒りのあまり貴族の次男に殴り掛かり、近衛騎士団を追放になったことを知ってか知らずか、随分と自分に対して的確に釘を刺してきたように思う。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。