8.モーヴ協商国
「うっぷ……」
ポメラが話し合いの最後に残した言葉の通り、2日後の朝から海は大荒れの様子で、上に船が浮かべば胃がひっくり返り、下に沈めば食べた飯がそのまませり上がって来る感覚に襲われる。
間断なく襲い掛かる吐き気に抗う事が出来ずにひたすら吐き続けるが、胃の中身がなくなっても吐き気が抜けない。荒れ狂う波に外に出て新鮮な空気を吸う事も叶わず、渡されたバケツの中にただ吐瀉物が溜まっていった。部屋の中に充満する空気が酸味を帯びている気がする。
ポメラにアドバイスされた通り、体が船に接する面積を増やすためにベッドの上に寝転がり、時たまバケツに顔を突っ込む。どうしようもなく情けない姿をさらしているが、隊長という立場にあるお陰もあり、個室であるのが救いだ。
「うぅ……」
唸り声にもならない声が口から洩れると、眠気が一気に襲い掛かった。疲れ切った体では逆らいようのない眠気に、静かに降参して目を閉じた。
「隊長、大丈夫ですか?」
暗い部屋の中にフレディが立っている。口元を抑えているのは、バケツに入った吐瀉物の匂いに耐える為だろう。
「……大丈夫に見えるか?」
「いえ、全く。そのフックに掛けてあるバケツ捨てましょうか?」
「いや、いい……あとで自分でやるよ。それより今は寝かせてくれ」
「食事しないと吐く物も無いですよ?一日食べてないんですから」
「……分かったよ」
人間というのは不思議なもので、吐き続けて船の揺れが続く中でも空腹には逆らえない。
半ば無理矢理腹を満たすために食べ物を詰め込み、水を大量に飲み込んで直ぐに部屋に戻り、そしてベッドに横になる。船の揺れは朝方と大して変わらないが、それでもベッドの上に横になっているだけで多少マシだった。
自分を苦しめた嵐は2日に渡って続き、我々がモーヴ協商国の南端にある大きな港へ寄港する頃にやっと収まり、入港作業を始める船員を横目に、甲板の上から港町を眺めていると後ろから声を掛けられた。
「船酔いで寝込んでいたと聞いたが、大丈夫か?」
声の主は第三王子で、モーラ辺境伯領を出港した時と同じような状況だが、隣にはボウデン騎士爵の姿があった。
「はい、あの揺れには参りましたが、今はこの通り」
「船の揺れは慣れだよ、慣れ」
第三王子は、いつも船に乗っているような口調だ。嵐の中で何回か船内で見かけた時に、随分と飄々としていた記憶があるので、もしかしたら何回か船に乗っているのかも知れない。
「慣れる前に目的地に到着して欲しい所ですね」
「ハハハッ、そうか!船は気に入らんか!まぁいい、大きな港だろ?」
「はい」
目の前には沢山のマストが森林のように乱立していて、数え切れないほどの船が係留する港がある。港の傍から連なる建物は、船の高さから見ると奥へ奥へと際限なく広がっているように見えた。
その建物の間には無数の人種が往来していて、その人たちに向かって所狭しと店が並んで客を呼び込んでいる。
「どこぞの王都と呼ばれても、信じてしまうかもしれません」
「おぉ、勘が良いな!」
「えっ?」
「ここは協商国が一つになる前に南側の国の首都だった。何なら今の協商国首都よりも賑わっている位だよ。首都でなくなった今も、大陸内の航路と外の大陸を結ぶ航路が交差する場所であるここは、無限の富が集まる場所という事だ」
「成程……観光でもしてみたい所ですが」
思わずこの賑わう港町の出店を、ルーシーと周りたいと考えてしまう。カーマイン辺境伯領から離れてもうすぐ一つの季節が経とうとしている事実が、時間の流れの速さを感じると共に、もっと急がなければと自分の心を少し急かした。
「手に入れればいいさ」
ルーシーとカーマイン辺境伯領について考えていた自分の思考が、一気に引き戻された。
「仰っていましたね」
第三王子は、確かに出港の時に「この大陸を統一する初めての王」となると私に言っていた。そうなれば、この港湾都市も手に入るだろう。
この会話を聞いてもボウデン騎士爵が驚いていない所を見ると、第三王子は普段から宣言している様子だ。
「それに、私は君たちが来るまで、この協商国に協力を仰ぐつもりだった」
「えっ!?」
「殿下……」
王国が敵国と想定している国と協力しようとしていたと、王国の第三王子が宣言したことに驚きを隠せなかった。
それも内密の話だったのか、ボウデン騎士爵が止めに入るが、第三王子は手で制するとそのまま続ける。
「協商国とスマルト共和国さらには仇敵メイズ大公国。この3つの国に働きかけて王国の東側に一大勢力圏を作る構想だった。もう海賊国家のヴァトーは私の手の内にあるんだ。これを利用すると帝国と挟んで王国をすり潰せるからな」
「……成程」
「だが幸運なことに、馬鹿な兄二人が内紛を起こした。正直5か国連合となっていたら権力が分散して大変だったが、この内紛に勝利できれば、王国のほぼ全てを手に入れることが出来るだろう」
「……はい」
返す言葉が見当たらなかった。第三王子は一介の騎士爵に、自らの構想を洗い浚い喋るのかが理解できない。これが信頼の証としてなのか、ただの褒美なのか、それとも……
「驚いたか?」
「それは……はい」
困った自分に手をヒラヒラと振ると、第三王子はボウデン騎士爵を伴って着岸したばかりの港へと降りて行った。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




