6.船の中
暫くの間、第三王子と雑談しながら、遠ざかる陸地を眺めた。だが、陸地はある程度離れた所で、それ以上小さくなることは無い。これは今回の航路が大陸の外周を周る為に、それ以上離れる必要がないからだった。
「じゃあ私は自室に戻るよ、君はどうする?」
「私はもう少し、この珍しい光景を眺めたいと思います」
「そうか、ではな」
「はい」
静かに自室に戻る第三王子を見送り、もう一度広がる景色に目を向ける。
小さく見える陸地の反対側には、見渡す限りの大海原が広がっていて、自分の視界を遮る物がない。ひたすら広い水の上に浮かぶ、自分達の帆船。
周りを木に囲まれて生活してきた者にとって、この光景は新鮮でもあり、どこか不安を与えるものだった。だが、それと自分の不安と裏腹に、海は陽の光を反射してキラキラと光り、青い絨毯に綺麗な宝石を撒き散らしたように見える。
そして湧き上がる……吐き気。
「うっぷ」
胃から少し戻って来た朝飯を、無理やり堪えて押し戻す。口の中にある苦みと酸味が、非常に不愉快に感じる。大して波がある訳でもなく、船が大きく揺れているわけでも無いが、キラキラ光る海面を見つめていることで酔ってしまったみたいだ。
第三王子が立ち去ってから大して時間も立っていないが、少し休むために部屋に戻り、横になるとこれまでの緊張感と疲れからか、直ぐに眠りに落ちた。
「たいちょー」
「……うん?」
「夜飯っす」
自分の横にはフレディが立っていて、こちらを覗き込んでいる。
少し横になっていたおかげか、吐き気はすっかり収まっていて体の調子は良かった。
「おう、ありがとう」
ゆっくりと立ち上がり、食事を摂る為に食事室へと向かう。眠ったせいか随分と喉が渇いて、口の中が乾燥していた。まず最初に水でもがぶ飲みしたい気分だ。
食事室の中には、少人数が纏まって座る為の、固定された椅子と4つの机があった。狭い食事室で一度に全員が座る事は出来ないので、20人ごとに食事を摂る。我々、カーマイン辺境伯領組は一番最後になっている。
「どこ行ってたんだ?隊長よ」
目の前に座るカールが、こちらに話しかけて来た。
カールの隣では、一番弟子のライアンが随分と窮屈そうに座っている。今にもカールの筋肉と壁で圧死してしまいそうだが、本人は師匠の隣に座れてうれしそうだ。自分の隣に座るフレディは、目の前の食事に集中していて、こちらに意識を向ける様子もない。
「寝てたんだよ」
「え!それだけなのか?」
「あぁ、最初は船の後ろで海を眺めてたんだけどな……」
「酔ったのか?」
静かに頷くと、カールが豪快に笑った。
「ハハハハッ!確かに!隊長は船に弱そうだ」
「寝た事で少し落ち着いたよ。カールは強そうだな」
「俺も初めて船に乗るが、どうやら強いみたいだな!全く酔う気配がない」
「羨ましいよ……水のおかわり貰えるか?喉が渇いた」
一気に飲み物を飲み干したが、まだまだ足りない。
「それで夜の分は終わりらしいぜ」
「はっ?なんだそれ!?」
「なんか、真水?塩が入ってない水は貴重らしい。そんで、一日に食事とその間に2杯の合計5杯だとさ」
確かに言われてみれば、周りに塩水しかない今は、真水がすごい貴重な物だ。港にいた時に、大量に積み込んでいた樽の中に何が入っているのか聞いたら、水と言ってたのは冗談じゃなかったらしい事に今更気づいた。
「マジかよ……もう、飲み干したんだけど……」
「でも、寝てて出発して以来一杯も飲んでないんだろ?あとで言ったら貰えるんじゃねぇか?」
「そうか!そうだな!」
少し希望を渇きを癒せる希望を抱いたところで、思い出したことがあった。
「あ~、そういえば……」
回りに部外者が居ない事を確認して、少し声を落とした。
「エメリヒ殿下と少し話した」
「……そうなのか」
普段は声量の大きいカールも、大分抑えて話す。周りの奴らは、食事に夢中でこちらの話を気にする様子はないが、隣の机に座っているエドガーとサルキだけは、こちらに視線を向けた。
「あぁ」
「いや、聞かせてくれよ!どんな方なんだ?俺らの行動は合ってそうなのか??」
誰しも気になるのは違いないようで、興味の無さそうなカールでさえ催促してくる。
「うーん……それが分からないんだよ。人間ぽいというか、こっち側というか、一般的な感じというか……」
「どういうことだ?国王に相応しくないってことか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
なんとも表現するのが難しい。
今の所、第三王子は昔と変わらず、誰とでも分け隔てなく平等に接する様子だし、現に放逐された先のモーラ辺境伯を始めとする人達は、権力争いをしている二人の王子ではなく、第三王子に忠誠を誓っている様子だった。一筋縄でいかないモーラ辺境伯を、自らの手に納めているという事は、人を惹きつけるものがあるのだろう。
だが、先程の船の後部での会話は、王族に対する復讐が今回の目的の様な言い方をしていた。統治者にはついつい高潔さを求めてしまうが、それとは反対の様な気がするのだ。どちらかと言えば自分達の様な平民の感覚に近い。
「なんだ?歯切れ悪いな」
カールが不思議そうな顔で見るので考えていた事を話すと、唸りながら腕を組んでしまい、返答はない。エドガーもサルキも耳だけこちらに向けていて、特に答えをくれるわけでも無かった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




