3.季節会議
辺境伯領は夏の前、最後の強い雨が降り続いている。
日中でも外は暗く、雨が屋根を叩きつけるように降っていて、時々雷の轟音が響き渡っていた。
それでも、季節変わりの前にある辺境伯領の貴族と軍指揮官の定例会議は、予定通りノルデン城にある辺境伯の執務室で行われる。
騎士団長と共に一番に到着し席に座っていると、初めて参加する会議に少し緊張していることが隠せていなかったのか、辺境伯に喋りかけられた。
「そんなに緊張しなくてもいい。リデル君が見知った顔も多い」
「はい」
「ところでリデル”騎士爵”、もうそろそろ苗字は決めたのか?」
「いえ……まだです……」
決めたいのは山々だが、拘りも無ければ知識もないので思いつかないのだ。迷いに迷って季節が変わってしまいそうになっている自分に、辺境伯は催促するような視線を送って来る。
「リデル、別に何でもいいんだぞ?俺は撤退戦の”殿”で功績を上げたから”ナッフート”だし」
返答に困っている自分に騎士団長が助け舟を出してくれた。
「そうなんですね……考えます」
辺境伯は「ふむ」と言った後、続々と部屋に入って来るカーマイン辺境伯領を担う者達と、言葉を交わし始める。その者達の顔は確かに見覚えのある人ばかりで、最後に入ってきたのはルーシーに付き添われたローガン・マクナイト男爵だった。
辺境伯の執務室は広いが、体格のいい男達が部屋のテーブルを囲むと、少し手狭に感じる。
「では、季節会議を始めよう。騎士団長」
「はい、では私が会議を進めさせていただきます」
そこからは順番に報告が始まった。
領内の復興作業はほぼ完了しているが、雨の季節になって中断している事。一般兵の徴募や森の手の団員の補充がなかなか進まない事。
「最後に私から……」
今まで報告に静かに頷いて、的確な指示を出していた辺境伯が口を開いた。
「此度の戦に関して、王都での論功行賞や戦勝式典はないらしい」
長きにわたる帝国との戦争が終結したにもかかわらず、戦勝式典がないというのはどういうことなのかと、動揺とざわめきが広がった。
「理由としては「今回の戦いで功がある者が多すぎて招待しきれない」だそうだ」
「そんな……」「えぇ?」「なぜ」
参加している者達が困惑を口にしている。
「というのが表向きだと思っている」
「では、本当はなんなのでしょう」
レイデル・ベゴニア子爵が身を乗り出して聞いた。
「噂だ。あくまで噂だが、国王陛下の体調が優れない」
場に緊張が走る。つまり国王陛下が崩御される可能性があるということで、急な代替わりは国が荒れるのが世の常だ。先程まで式典が無い事に対する困惑が支配していた執務室を、今度は不安が支配した。
「まぁ、褒賞はしっかりと出るようだし、王都での式典の代わりに北方大公の居城に第一王子がお越しになられる。その際に北部貴族を集めて戦勝式典を行うそうだ」
「褒賞の件は置いておいて、その状況で第一王子を王都から離すのはまずいのでは?」
オスカリ・バーミリオン男爵の口からも、至極当然な疑問が出て来る。
「第二王子も同じように、南方大公の居城にて戦勝式典を行うそうだ。つまり王位継承権を持つ二人の王子が王都を離れることになる」
「……二人の王子が共に。ですか」
「そうだ。王都に貴族を集めて国王陛下が顔を出さない、もしくは体調が優れないのが露見するという事態を避けたいのかもしれない……が、悪手だ」
「えぇ、私もそう思います」
ついこの間まで一般人だった自分でも分かる事だ。
戦勝式典などの催しは夏の季節の半分を使って行われるだろう。もし、その間に国王が崩御することがあれば……間違いなく荒れる。
「あくまで噂だ。二人の王子を派遣するのだから国王陛下は壮健であると考える方が妥当だろうな」
辺境伯の言葉にも場の空気は変わらない。全員が火のないところに煙は立たない事を理解している。
変わらない場の空気を無視して、辺境伯は話を続けた。
「……という事でだ!”サー”リデルには私の護衛として、共に北方大公の下へ向かってもらう」
硬い会議だからなのか、正式な任命だからなのか、騎士爵の敬称である”サー”をつけられて呼ばれた。それに思わず背筋を伸ばしてしまう。
「は!命に代えても辺境伯をお守りいたします」
「普段は騎士団長なんだがな、今回は第一王子と北方大公への顔見せも兼ねている。独断で任命できると言っても、紹介しない訳にかないからな」
「はい!」
「ということでだ、それまでに姓と紋章を決めておきなさい。あとは護衛の選抜をしてくれ、人数は20。出発は10日後の昼とする」
「承知いたしました」
共に辺境伯の護衛をする者達の顔は何となく浮かんでいるが、姓と紋章だけは一つも浮かんでこない事に少し焦りを覚えた。
「以上が私からの話だ。会議を続けて行こう」
そこからは日が暮れて、蝋燭台と暖炉の火に照らされながらの会議が続く。
領地運営や兵の編成や計画その他諸々の話し合いが行われ、ルーシーのお陰でいくつかの事項は理解できるようになっている。とはいえ、貴族として必要な知識を十分持っているとは言えず、後半は(雨で寒い分、暖炉の火が丁度いいな)などと考えている始末だった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。