3.エメリヒ・フォン・オロール第三王子
この状況をどうしたものかと悩み、それを待つモーラ辺境伯は睨むように自分を見ていた。
ここは素直に言ってしまう方が良いのか、それとも一旦引き下がって方策を考えるべきなのか。答えのない問答が、自分の頭の中を回り続ける。
しばらく続いた無言の空間に、扉が開く音が響いた。
「そこらで良いんじゃないか?モーラ辺境伯よ」
扉から顔を出してモーラ辺境伯を窘めたのは、背が高く、細身だが鍛え上げた筋肉を持つ男。髪を後ろで纏めて、顔の横に下ろした前髪はウェーブがかかった黒髪だ。その髪型が短い顎髭を蓄えた端正な顔立ちに、よく似合っていた。そして何より、その顔に見覚えがある。
「はい。失礼いたしました」
「カーマイン辺境伯の使者よ。私が話を聞こう」
ゆっくりとモーラ辺境伯に歩み寄り、彼の肩に手を置くと、辺境伯は先程まで尊大な態度が嘘のように縮こまる。
今隣の部屋から出て来た彼こそが、エメリヒ・フォン・オロール第三王子その人だ。昔、見た時は髭もなく顔立ちも今より幼かったが、今の第三王子には貫禄がある。
「……第三王子殿下」
そこから言葉を繋げなかったのは、自分の中の迷いだった。
このまま否定的なモーラ辺境伯の前で「王となってほしい」と言っていいものか。それ以前に自分が第三王子を推した事は間違いではないのか。もし断られた場合、どうしたら良いのか。
何一つ分からない。
「隊長……」
後ろから小声で呼びかけて来たのはエドガーで、振り返るとその後ろに居並ぶ隊員達の顔が見えた。自分を後押しするように見つめる男達の顔を見て、決心がつく。
「どうした?使者よ」
「……恐れながら申し上げます。我々はエメリヒ・フォン・オロール第三王子に”オロール国王”になって頂きたく、お迎えにあがりました」
第三王子はこの言葉を予想していたのか、それとも知っていたのか、はたまた表情を変えないのが上手なだけなのか、眉一つ動かすことなくこちらを見つめている。我々を試すように直視する目の形が、近衛騎士団に居る時に見た第一王子に似ている気がした。
「この私に王になれと?」
「はい」
「カーマイン辺境伯からの使者だったな?」
「左様にございます」
「……ふむ。他に私の後ろ盾となる者は?」
一番困る質問が一番最初に飛んでくる。冷静だが断固たる口調で私に問う第三王子の表情からは、その真意は読み取れない。
「今の所は、我々カーマイン辺境伯軍のみです」
「そうか。では私は今からカーマイン辺境伯領に向かうのだな」
「いえ、我々と共に東方大公の下へと行って頂きたいのです」
周囲にいる者達にざわめきが広がった。
今回誰の味方とも表明していない東方大公が、第三王子味方するのか?と口々に言っている。そのなかで冷静なのは第三王子と、静かに推移を見守るモーラ辺境伯だ。
「東方大公が、私の後ろ盾になると言っているのか?」
「いえ、まだ……」
「味方とも分からない東方大公の下へと向かう……か」
第三王子は顎に手を持っていくと上を向き、なにやら考え始めたようだ。
同様にモーラ辺境伯も上を向いて何かを思案している。その二人と違って、周りの者達は口々に無謀だ、無策だと言葉を投げかけて来た。
「無謀だな。殿下をそんな賭けに差し出す訳にはいかない」
暫く経った後、モーラ辺境伯が口を開く。
第三王子が登場してからの態度の変化で察したが、モーラ辺境伯は第三王子の味方をしている。顔は狡猾で性格の悪そうなままだが、表情は第三王子の未来を考える真剣そのものなのだ。
だが、モーラ辺境伯の言葉を素直に受け取って帰る訳にはいかない。
「モーラ辺境伯。反論するような形となってしまいますが、このまま第一王子か第二王子が国王の座についても、王国の未来は暗いです。それに……正直な所を申し上げれば、内戦が終わった後の第三王子の立場は、非常に厳しい所に置かれます。良くて放逐、悪くて……」
「処刑であろうな」
考えが終わった様子の第三王子が、自分が口に出さなかった言葉をそのまま繋いだ。
「面白い賭けだ。命を懸ける価値はある」
「殿下、お待ちください!東方大公が味方してくれる確証はありません!そも、東方大公に会おうにも、どう向かうのですか!?北側は北方大公に味方し、諸国は我々を易々と通す訳がありません!」
第三王子を本気で止めようとするモーラ辺境伯の言葉はどれも正論で、この行動全てが賭けなのだ。
「使者よ、一応どうやって向かうのか聞いておこう」
「はい、殿下と我々は隊商に偽装いたします。ここで貿易船を借り受けた後、協商国を迂回する形で南下、スマルト共和国に上陸し陸路から国境を越え、東方大公の領地へと向かいます」
「私も海路と陸路を駆使したその行程しかないと考える。どうだ?モーラ辺境伯よ、これで到達は出来る」
「……かなりの日数がかかります。それまで決着が付かないとも、東方大公が身の振り方を決めないとも」
「だが、ここで座して死ぬより、行動を起こした方が良いだろう?」
モーラ辺境伯を見ていた第三王子がこちらに向き直ると、自分を見つめてニヤリと笑った。
「私は賭けが好きでね……面白い賭けはもっと好きだ。君達の賭けに私の命をベットしようじゃないか」
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




