2.出発手形
普段であれば陽が沈むと同時に野営に入るが、今回の旅には時間の余裕がない。
夜も距離を稼がなければいけないが、新月の夜は常闇の空間が広がる。その中を我々が持つ11本の松明が周囲を丸く照らし、ゆっくりとだが着実に前進していった。
朝は日の出と共に出発して、昼の休憩と夕方の休憩を挟み、夜中まで馬の背に揺られ続ける。これを2日繰り返したところで、尻の皮が剥けた。乗っている馬も、休みの少なさに調子が悪そうに頭を下げながら歩いている。
「もうそろそろ、馬を交換しますか?」
「明日にはセルリアン子爵の街に着く、そこで交換だ」
今回はわざと良くない馬を選んできた。それは立ち寄った場所で手放したり、交換することもあるからだ。樹海に入る事になれば、置いて行かなければならない以上、良い馬を持ち出す訳にはいかない。
翌日の朝の鐘が鳴る位の時刻でセルリアン子爵の城とその街”セルリアン城”に到着した。この地域の古くからの領主であるセルリアン子爵は、貴族としては長い家だが、王国に参加してからは短い。王国に対する忠誠心もそこまで高くないと見越して、この街に寄っている。
「えーっと、”真実の色教”の聖地巡礼中と……11人ですね?」
セルリアン城下のに入る為の門番は、出発手形を検分し、我々の姿をチラリと見て人数を数えた。厚手のローブを被りフードとシュマグで顔を隠す”巡礼者”の格好をした我々を、一つも疑う気配はない。
「はい。左様にございます」
「カーマイン辺境伯領からとのことですが、こちらには何用で?」
「食料の補給と買い出しです」
「成程、何日滞在予定ですか?」
「今日中には出ようかと」
今まで一向に興味を示さなかった門番が少し怪訝な顔をした。
「随分と早いですね」
「……辺境伯領で戦争が近いと聞いたもので、早いうちに王国を抜けようかと」
納得したように首を縦に二回振った門番は、我々に入城許可証を渡した。
これが北方大公の居城であれば、間違いなく足止めを食らっていただろう。敵味方の態度をはっきりとさせていない場所から来た奴らを、簡単に開放する筈がない。
「簡単に入れて貰えたな」と無駄話をしながら、用事をこなしていく。食料や飲料水の補給に、馬の交換。多少の追加料金を払う事になったが、新しい馬を手に入れた。そのまま少しの間休憩も兼ねて、街の酒場で昼食を取る。
セルリアン城を出る時は入った時とは反対側の門だ。そこでセルリアン子爵領の出発手形を受け取り、カーマイン辺境伯領から来たと言う証拠が無くなった。
この出発手形というのは、手形と門番が持つ木型を合わせることで、野盗の進入や犯罪者、敵密偵が城下へ進入することを防ぐための物だ。この手形が無いと城下に入ることが出来ない。つまり東の果てに行く為に、中立である辺境伯領の手形から北方大公に味方する貴族の手形にする必要があった。
セルリアン城から更に5日かけて隣領に向かい、また補給と馬の交換をして出発手形を更新し、引き続き東を目指す。それを10日ほどかけて3回行ったところで丸一日休みとした。
辺境伯領を出発してから既に18日が経っている。既に夏の気配は少し大人しくなり、朝と夜は冷え込む季節になって来た。どうにも野宿がつらくなってくる季節だ。
「ここで1日休むぞ、出発は明日の朝」
「一応2日は短縮できてますね」
隣に並んだサルキが手元にある地図を確認しながら呟いた。
「みんなの頑張りのお陰でかなり早い。今日はもう休め」
「丁度ここは温泉地です。温泉宿に泊まりましょう」
「あぁ、賛成だ」
18日も馬上で揺られ続けていたせいで、体が固まっていて腰が痛い。温かいお湯に浸かれるというのを想像しただけで頬が緩むほど、気持ちよさが想像できる。我々は久しぶりにローブを脱ぎ捨てて、しっかりと温泉で体をほぐして酒を飲み、薄くなった尻の皮膚に軟膏を塗って、暖かいベッドで熟睡した。
だが、この選択が間違いだったことが分かったのは翌日だ。
翌日は多少はマシになった体を引きずるように、朝一番に宿を出て門から出発したのだが、2刻ほど馬を走らせたところで会いたくない集団を見つけてしまった。
「エドガー、これはどこの軍だ?」
小さい森を抜けた所、少し開けた街道沿いの草原に、かなりの量の軍旗がひしめいていた。となりに並んだエドガーが目を細めてみている。
「すいません、ちょっと遠くて……」
「特徴を言った方がいいか?」
「はい。お願いします」
野営陣地の上にはためくエンブレムの特徴を、一つ一つ読み上げていくと、エドガーは納得したように首を縦に振った。
「この軍団は、シャルトル伯の軍団でしょう」
「シャルトル伯?」
「ケビ・シャルトル郡令伯爵です。北方大公の腹心の部下で、昨日泊まった温泉街から地峡までの北側4貴族をまとめています」
「腹心の部下なのに、まだ参戦していなかったのか?」
「いえ、多分追加徴兵でしょう。常備軍は先に向かっている筈です」
「そうか」
敵となる軍が目と鼻の先にいる事で少しばかりの緊張感が漂うが、いたって普通の通行人のようにすることが大切だ。
大量の兵士が視界から消えるまで、心臓が随分と早く脈を打ち敵に聞こえんばかりだが、見咎められることなく無事に通過することが出来た。
「少し疲れた。フレディ、先頭を交代してくれ」
「了解」
するすると先頭に立ったフレディに合わせて、自分も列の中段程まで下がる。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




