3.土魔導士
(熱い!熱い!!)
魔導士の放った火は長く自分の体を焼いていた。口元を首元に巻いた白い布で隠しても隙間から焦げ臭い空気が肺の中へと入って来る。
まるで生きたまま燃やされている様だ。いや、実際にそうなのだが…それでも炎の中を駆け抜けた時間は恐らく長くなかった筈。にも拘らず炎の奥に出た時、自分の首元の白布は所々焦げて黒くなっていた。
更に敵陣の深くへと走り、真っ黒な煙から離れた所で幾度か止められない咳が出る。
後ろからは集団の先頭を走る自分とボウデン団長に続いて、次々と味方が出て来た。そして皆例外なく咳をしていた。
エメリヒ王を追いかけて前へ前へと進む。
敵陣の中央程まで切り込んだ頃、後ろでは歩兵隊が交戦に入った大音声が聞こえ、歩兵隊に同行していた水魔導士が追い付いたのか、火に水を掛けた時の爆ぜる音が聞こえて来る。風魔導士が魔法を発動し始めたのか、時々我々より早く流れて来る白い煙がその証拠だ。
「……!」
先駆けたエメリヒ王の姿をようやく捉えることが出来たのは、後ろから流れ来る白煙を抜けた頃だった。エメリヒ王の突進は、南軍兵の槍衾に行く先を閉ざされて足を止められていた。
側面からは同じく槍を持った南軍兵が、横並びで槍を構えて慎重に間合いを縮めている最中だ。誰も目の前の者が敵大将だと知っている者はいないだろうが、その豪華な鎧で上位の立場に居る者だという事は察することが出来ている。間違いなく獲物を確実に仕留めようという覚悟を持った目だった。
更に悪いのが我々近衛とエメリヒ王の間の地面が少し波打っていた。それは巨大なモグラが土の下で蠢くように、徐々に広大な範囲の地面を盛り上げようとしている。
「土魔導士だ!!」
隣のボウデン近衛第一騎士団長が疾走する馬の背から、自分へ向かって声の限り叫ぶ。
相手の土魔導士が我々の進撃路を塞ぐために、土塁を築こうとしているのは自分も分かっている。これが先頭に居る者が普通の兵士であればここまで焦らないかも知れないが、分断されようとしているのは我らの王だった。
全速力で走らせている我々の馬はエメリヒ王の所に到達するだろうが、それが出来るのは先頭集団の十数騎のみだろう。周囲を囲む天幕と敵兵、背後に出現するであろう土塁の中でそれは死を意味する。
周囲に視線を巡らせた。
(魔導士…魔導士……どこだ?)
魔導士は必ず対象を目に捉えなければならない。となればこの場を見渡せるかつ、魔力を及ぼす事の出来る、前線にならない場所……。
右は天幕で近場でなければ全く視界が無い、左は天幕が遠目にあるが開けすぎている。となれば正面かと視線を巡らせると、突き出される槍の穂先を切り落とすエメリヒ王のさらに先、木柵や攻城兵器の為に材木が積み上げられたもの…その上に2つの影が見えた。
その手には木の棒と、その先端に朝日に照らされてか魔力からか時折光り輝く物がある。
距離が遠い……
300フィートどころではない……倍はある、いやもっとか。しかもこちらは馬上であって、狙いを定めるのが困難だ。
背中の矢筒に手を伸ばし2、本の矢を引き抜いた。
その先端には2つの綺麗な玉がある…ここがマジックアローの使いどころだろう。
馬上にあって荒れた息、それに先程まで煙に巻かれていたことで更に浅い呼吸を落ち着ける為、深く息を吸い込んだ。
少し馬の速度を緩めて、ひとつ、ふたつ、みっつと息を落ち着かせる。
呼吸をする毎に、鼻と口の中に焼け付いた焦げ臭い空気が出て行くのを感じる。まだ焦げ臭さは無くならないが、それでも鼻の奥に生い茂る草の匂いが満たされていく。もはや、内乱の始まりから季節が一周していることを感じる。
落ち着いたことで頭の中から湧き出た思考を追い出すために、息を短く吐き、馬上の姿勢を落ち着かせると弓に1本目のマジックアローを番える。
土魔導士に撃つ矢は、ただ直進するだけでいい…魔力量は極めて少なめに意識しながら弓を引きながら魔力を込めた。
距離は…そうだな……800フィートか。
目を細めて目標を見ると、魔力を集めて杖の先に送ろうとしている土魔導士の表情が見える。顔が真ん中に寄り集まっている所を見ると相当必死だ。だが、それはこちらも一緒なんだ……
「風よ」
久しぶりの衝撃が体を襲う。
馬上から吹き飛ばされそうになる自分の体を何とか抑え込み、マジックアローの行方を目で追いながらもう一度同じ工程を繰り返す。
真っ直ぐ進んだマジックアローは、右に立つ土魔導士の体を貫いた。その右胸には大穴が空き、一瞬にして力が抜けると後ろに倒れていくのが見える。
「さぁ、風よ!」
その土魔導士が材木の上から姿を消す前に、もう一つのマジックアローを放った。
こちらも、目標まで真っ直ぐ進む……土魔導士はあり得ない距離で倒れた隣の魔導士に注意を引かれていた。魔法の発動中に集中を切らすなんて言語道断、後ほど上官に叱責されるのは間違いないが……
彼にはその心配はないだろう。
次の瞬間には二人目の魔導士が体に大穴を開けて、材木の向こう側へと消えていった。
目の前の地面の動きは止まっている。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




