2.踊り出る
静かだった。
馬は鳴かず、誰も身じろぎしていないのか衣擦れの音さえ響かない。
「諸君!!」
静かな城内に、エメリヒ王の言葉が反響してやまびこのように帰って来た。姿が見えていない兵士達もこの声が聞こえているに違いない。
「我々は歩き、走り、戦い続けた…東から北へ、北から南へ。ここ王都オレンジがその終着点だ。奴らは城に籠った我々を臆病者とみて油断している。敵の数は多く、我々の2倍!だが、南の弱兵がいくら集まろうと、東の精兵に敵う訳がないのだ!」
エメリヒ王が一息置く間に兵士達は隣に立つ戦友たちの顔を見て、それぞれの口角を上げた。
「今日は朝霧で戦場が見えづらい!近衛が掲げる旗を見よ!そこに我がいる!!敵の悲鳴を聞け!!そこに我がいる!!敵の表情を見よ!!そこに浮かぶのは我々に対する恐怖だ!!!」
城壁の上にいた兵士が、大きな3つの旗を振り始めた。色はオロールに染められたもの。
王都オレンジに、早すぎる二つ目の鐘が鳴り響いた。教会から、城門から、全ての鐘から。
鐘の音に合わせて城門が開き始める…内門も外門も同時だった。
エメリヒ王が腰の剣を勢いよく引き抜くと、それを頭上に掲げる。
「王国の内乱は今日、この戦いが最後になるのだ!!!」
城門が開き切った瞬間……
「我に続けぇ!!!!」
周りが制止する間もなく、エメリヒ王が飛び出した!
慌てて後を追うように飛び出す二つの近衛騎士団が、城門前の跳ね橋の上に躍り出た時、エメリヒ王は既に跳ね橋を渡り切って敵陣へとひた走っていた。
城壁外は朝霧が立ち込めている。だが、朝日がそれを追い出し始めていて、時々朝日に照らされた南軍の姿が見えた。そこには朝餉の準備を始めた敵の姿が見て取れる。陣地の構築が終わり、自分達の偵察以降に敵襲も無く一晩を過ごした南軍は、油断しているのだろうか?あれだけ大きな鐘の音が不自然に響いたのにも関わらず……
この時自分は運の良さも王たる資格の条件なのかとも思った。
自分も運がいい方だが、エメリヒ王はそれ以上かもしれない。何故か敵が変な動きをする、油断をする。エメリヒ王が前にする敵は初陣の時からそうだった。
いつかの貴族教育でルーシーが「戦が強いだったり、王に上り詰める人たちは、何故か不思議に運がいい」と言っている。これがそれなのかと納得した。
エメリヒ王の速度は緩まない。
我々が目指すのは敵の木柵の切れ間、南軍が我々の城に攻め掛かる時に使用する出入口だ。他にも陣形の切れ間にあたる場所や、率いる貴族が違う場所の隙間となる場所。それに向かって東軍が突撃する。
王城の抑えには1500の兵を残した。王城の門は東側に向く正門のひとつしかない。そこに陣地を構築したことで、少しの兵数差でも籠っていると思われる近衛騎士団を抑え込めるという計算だった。
そしてエメリヒ王に追従するのは、残りの兵士の内約半数の4000。反対側の南正門からは東方大公率いる3500が鐘の音を合図に同時に出撃している手筈だった。
南軍も我々を簡単に陣中に突入させるほど甘くはない。
上空から矢が降り注ぎ始める。
後方に矢が着弾し幾人かの騎兵が落馬し、歩兵のいくらかが倒された。
東軍の味方がそれに怯むことはない。
先頭を走るエメリヒ王の姿を目にしているからだ。自らが戴く王が先駆けて敵陣へ一番最初に乗り込もうとしている。これをされて奮い立たない者達がいるだろうか?自分でさえ心に燃えるようなものを感じ、いつの間にか口からウォークライが出ていた。
音の波となって押し寄せる自分達の勢いを削ぐかのように、突入しようとした木柵の切れ間がいきなり火を上げ始めた。敵の火魔導士が入り口に向かって火を放ったのが分かる。
それでも、エメリヒ王は止まらない。
「へ、へい…」
前を走るエメリヒ王を何とか制止しようと「陛下!」と呼ばわりそうになり、慌てて口を閉じる。この場で東軍の先陣を切る存在がエメリヒ王だと分かっているのは、士気が上がる我々だけでよい。積極的に狙ってくることになる敵に、その存在を知らせる必要はないのだ。それに、もはや声だけでエメリヒ王はその足を止める事は無いだろう。
更に敵陣に近づくと霧が晴れ始めた。
必死に槍を持ち寄って槍衾を構成しようとする南軍の兵士も見えるが、如何せん人数が足りずその備えは隙が大きい。南軍兵士の表情は驚きと恐怖が入り混じっている。何故こいつらは我々の奇襲を予測していなかったのか……全く持って意味が分からない。
たった半日前に我々が敵殺がてら奇襲したばかりだろう?本当にこれを率いる二人の侯爵は、名将なのだろうかと疑わざるを得なかった。
自分の前を走るエメリヒ王が跨っているのは名馬のようで、城壁から南軍陣地の間を駆け抜ける間、ついに敵陣へと到達したが、自分とボウデン近衛騎士団長を始めとする近衛騎士達が、エメリヒ王の背中に追いつくことは無かった。
ついにエメリヒ王が火魔導士によって作られた火の壁を飛び越して、その姿が燃え盛る炎の奥へと消えた。自分達もそれに続くように、馬の腹を蹴り炎の中へと入って行った。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




