9.悪化
ダミアン・エーリヒ第二王子を逃して以降、諸侯に対してのエメリヒ第三王子の怒りが収まる事は無かった。誰かに自らの機嫌をぶつけるという事は無いのだが、周囲の人間が避けるほどに眉毛は常に吊り上がっている。
ここに更にエメリヒ第三王子の機嫌を損ねるような情報が入ってきたのは、中州砦の陥落から20日を過ぎていた。この間に連戦で破損した破城鎚や攻城塔の補修を行い、続いて王城の攻略準備に取り掛かろうかという段階に入って来た時だった。
本陣を張っていた建物の中、王の居室としている部屋に居た自分とボウデン近衛第一騎士団長は、エメリヒ第三王子と共に王城攻略時の護衛計画について話していた。
「報告します!!報告します!!!」
「貴様!王の御前だぞ!!!」
「火急であります!!!お許しを!!!」
息を切らし部屋の前に居た近衛騎士を体に巻き込みながら飛び込んで来た伝令に、ボウデン団長のお叱りが入る。だが、伝令はそれでも仕方ないといった風情だ。エメリヒ第三王子は「構わん、なんだ?言ってみろ」と静かに告げる。
「は、はい……こちらに南軍が迫っています!」
「それはそうだろう?王城を落とした上に、ダミアンが行方不明なのだ。少なくとも西方大公だけは救い出そうとする筈だ」
「それが……その…」
「勿体ぶるな、簡潔に申せ」
「南方から来たるカタラーニ侯軍の中に、王家の旗が……」
報告に声を合わせて「「えぇ!?」」と言ってしまったのは、自分とボウデン騎士団長だった。
恐る恐るエメリヒ第三王子を見ると、右手でゆっくりと額から顎にかけて顔を拭っている。右手の影から現れたその表情に報告の前との変化はないが、少し考えるかのように瞬きが長かった。
「分かった……ご苦労。下がって良いぞ、ゆっくり休め」
嫌に丁寧なエメリヒ第三王子に、伝令は戦々恐々としながら「し、失礼いたします」と部屋から出た。ことを見届けると、間髪入れずに一緒に出て行こうとした兵に「諸侯を呼べ、今すぐにだ」と静かに手配した。
部屋は騎士が去り扉が閉まる。その音を最後に衣擦れの音一つもしない空間となった。静かに立ち上がったエメリヒ第三王子がゆっくりと窓際により、外を眺めはじめる。自分とボウデン騎士団長はエメリヒ第三王子がいつ怒り狂うのかと目を合わせる。
「……お前たちは、この速さについてどう思う?」
ボウデン騎士団長が自分をチラリと見て、任せろといった風に頷いた。
「恐れながら、実は王城にダミアン・エーリヒ第二王子がいらっしゃったというのは誤報で、本当はカタラーニ侯と行動を共にしていたのではないかと…」
「私は違うと思うぞ、確かに攻城戦の最中城壁の上を王家の旗印が移動しているのを見た。あれは近衛騎士達が持つものだ。それも守っている王族がいる時に…ダミアンは誇りも何もないかもしれないが、近衛は違う。王族がいない時にあの旗は持たない、崩す事の出来ない伝統だ。そうだろう?リデル」
「は、はい」
「ここ数日入って来る情報は最悪の類の物ばかりだ」
5日前には東方でメイズ大公国と対峙していたヴィアネッロ侯が、2日に渡る猛攻でメイズ大公国軍の陣地を突破し、潰走させたという報告が入って来ていた。2~3日もあれば王都に取って返してくるだろうという話で、我々が報告を受けているという事は既にヴィアネッロ侯は、出発しているだろう。
更に一昨日、カタラーニ侯がムタルド教国と和睦を結んだという報告が入って来ている。条件はこちらに圧倒的に不利なもので、4つの国境の砦の明け渡し、2つの城と1つの街とその領土の明け渡しを条件としていた。これによって王国南東端の部分は大きくムタルド教国に切り取られた。
このカタラーニ侯の和睦を我々東軍は、いち将軍の身勝手な売国行動として周辺地域に喧伝する早馬を出していた。だが、たった今入ってきた情報でこれは”王”が認めた和睦となっている可能性が出て来たのだ。勿論我々の立場からは認める必要が無いものではあるが。
「ここから、カタラーニ侯のいた場所まで何日かかる?」
「早馬で20日、月の出ている夜も走る事になれば、15~6日程でしょうか……」
南方の土地は詳しくない自分の代わりに、ボウデン騎士団長が答える。
「であれば、先立って伝令を走らせて和睦を伝え、その後に合流したか。若しくは我々が王都を包囲する前から、和睦を決めていたな……ダミアンめ、我が王国の土地を切り売りしやがって」
「和睦は直ぐには決まらないでしょう。我々が到着する前に和睦を決めていたかと…」
エメリヒ第三王子は話を終える前に深いため息を吐きながら下を向いた。我々に背を向けているのでその表情は見えないが、苦い表情には違いないだろう。
なんせ、これから我々は集結した南軍と戦わなければならない。王都に籠っていた兵士は減ったと言えども、南軍はカタラーニ侯とヴィアネッロ侯の軍を合わせて1万7千、噂では途中の城々の兵を引っこ抜いて2万に及ぶらしい。ほぼ王国南部が動員できる最大の兵士数だ。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




