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正当防衛って価値観が違うとどうなるのだろう

明日から大学生活が始まります。高校生として最後の更新です。

世界と世界の間には、認識出来ない溝が存在している。それは、我々でも、認識することは出来ない。

世界の構造として一番わかり易いものはコンピューターのファイルの構成であろう。ファイルの中にあるプログラム一つ一つが世界なのである。

とある次元論研究者の講義から。


------------------------------------------------------

う~ん……う……


ひどい頭痛がする……


その痛みで俺の意識は覚醒する。


目を開いてみるとぼんやりとした天井が写っている。


う……う……


体を動かそうとするが動かない。そこで、体を動かすのを止めにする。


なんだか……体が重い。頭痛もひどい……


典型的な二日酔いのような感じである。


一体なんなんだろう……回らない頭で考える。


なんだか甘い匂いが鼻孔をくすぐる。どこかが痛いほどに反応するけれども、一瞬でそれも失せる。


ただこの身に感じるのは充実感。


なんだか柔らかくて暖かいもの抱えている……

手に当たっているそれを揉んでみる。


……それは柔らかい。それでも形が崩れることはない。


本当になんなんだろう……


その考えも纏まらずにまぶたが落ちてくる………


再び、シュウヤの意識は深い霧の中へと落ちていった。


--------------------------------------------------------


う……


感じたのは痛み。例えるならば頭の中でコロセウムで闘剣士が戦っているような感じ。


ガンガンと頭が殴られる感じ……


痛みに耐えられなくなって目を開ける。


暖かい……何かに抱き抱えられているけれども不思議と嫌な感じはしない。それどころか……充実感もある。


それを感じると頭の痛みも多少楽になる。急にじんわりと下半身が熱くなる。でも……


それが引くと、再びガンガンと言うような頭痛に襲われる。


………イタイ。イタイ。


思わず体を捩ってしまう。


「う……う……」


急に身体の拘束が緩んで暖かいものから転がり落ちる。


ガン


そんな音と一緒に衝撃と痛みが襲ってくる。


リュナの意識は衝撃とともに深いものに落ちていった。




--------------------------------------------------------




不思議な空間に黒髪のセミロングの女性がふわりと浮かんでいる。彼女の周りには様々な色の文字が飛び回っているがそれを気にかける様子はない。


彼女が見ているのは、目の前に開かれたモニターだけである。

もしも何も知らない人が見れば女神のように感じるかもしれないが、彼女のことを見ることが出来るのは同じ世界の住民もしくは関係者だけである。


「どうしようかな~。これは……」


愁也と、あの女の子は野生に帰ったかのようにすごかったわね~


それにしても、あのフェロモン……媚薬作用と興奮成分が入っていたわね。

空中に拡散した気体を回収して解析したけれどもあんな構成をした分泌液なんて地球上……はおろか月と火星にもないわよ。

一体どこの所属の子なのかしら。


もしかして……連邦非加盟国の特殊工作員なのかしら?

可能性はゼロじゃないけれども少ないわね。白に近いグレーね。


適当な言語を作ったとしても、ルーツは調べれば大抵はわかるけれども、それがなかったのよね。あの言語体系はどこを探ってもルーツは地球上に存在しないものだったし、適当なことを言っているようにも見えなかったのよね。


……愁也を害するんだったらただじゃおかないわよ。でも……


ウインドウをキッというふうに睨むが、すぐにその顔を崩す。


さっきはお盛んだったわね。どっちも幸せそうに……このご時世でやるなんてね……


人工授精が一般的となっている今、この方法で快楽を得る人は少ない。別にこのようなことをしなくともいろいろな方法があるのだから……


それにしても……本当にどうしましょうかこの惨状は……


再び目の前のウインドウに目を向ける


そこに映っているのは……グチョグチョになったカーペットやソファー、ごろりとソファーから落ちて体勢的にまずいことになっている少女。それに気づかずにソファーの上で眠り続ける愁也。


……とてもじゃないけれども放ってはおけないものだ。


う~ん……どうしましょうか本当に……


家を守るお姉さんは考える。そして……


そうね……こうしましょう。


仮想現実の空間で彼女はデータで構成された腕をふる。


すると……一瞬で彼女の周りにずらりとウインドウが開く。


その中には様々な数値が記されていて刻一刻と変化をしている。


「コマンド起動。睡眠ガスの投入。場所はリビング。」


その言葉とともに、天井に仕掛けられたスプリンクラーから本来出てくるものではないガスが放出される。


AIコンセプトの中に犯罪者には鉄槌を。というものが有り24時間いつでも防衛が可能となったためにセキュリティーはかなりのものとなり泥棒や強盗などの家宅侵入はほとんどなくなった。

もっとも、大きな目標だと仲間がシステムAIに対してクラッキングを仕掛けている間に他の仲間が強盗をするという点も少なくないのだが……


もちろんAI防衛規定というものが有り、過剰な攻撃は問題であるので催眠ガスや催涙ガス、スタングレネード、スタンガン等々の個人の護身用の非致死性武器が装備されているのが一般的?である。

……訂正。少なくともこのマンションでは一般的だ。普通の一般家庭では、こんな装備はまずお目にかかれないだろう。有ってせいぜい催涙ガスぐらいである、


スプリンクラーから放出されているガスは無色なものであるので部屋が、真っ白になったりすることはない。その為、物色している強盗に対して気づかれづに身柄を抑えることが出来る。


ガスを放出して数分後。リビングに取り付けられたガス感知器が規定量のガスが充満したことをAIに告げる。


うん。これでよし。


センサーから確認できる生体反応に異常なし。今のガスのおかげで深い睡眠に入ったようである。グラフの線が一定の位置で小刻みに揺れている。


続いて指示が出されるのは部屋の壁の向こう側におかれた業務用清掃ロボットである。


業務用だけあって、掃除の際はものすごい騒音を発する。世間では小型で無音が一般的なのに時代の流れを無視したような作品である。むしろ、時代に対して喧嘩を売っているのではないだろうか?

そんな作品も、このマンションに備え付けのものである。


まあ、性能については折り紙付きなんだけれども……


壁の色と同化した隠し扉が開かれる。そこからドラム缶のようなものが出てくる。

掃除ロボの見た感じは、今では、ほとんど見なくなった絶滅危惧種のドラム缶にいろいろとよく分からないものがついている感じである。


ウィ~ン……ガガ…ガガ……


そんな音をリビングとキッチン廊下につけたマイクが回収する。


いつもながら……うるさいのよねこれ。何とかしてもらった方がいいのかしら……


そう考えながら数カ所の集音マイクを切る。それでも、家中に置かれている高性能な集音マイクは別の部屋にあるものでも容易に音を回収をする。


騒音レベルとしては100dB。土木工事で使われる重機の音と同じくらいで相当なものである。

正直このマンション自体にかなりの防音設備がなければ周辺から裁判を起こされかねないレベルだ。


騒音をまき散らしながら掃除ロボはフローラの指示のとおりに動き始める。


始めに二人の散らばっている洋服を回収・洗濯へ。それから丁寧に床の汚れた部分をふき取り消毒殺菌まで行う。染み付いたカーペットについても同じである。


よくもまあ、あんな器用な事ができるわね……。


自分で操作しながらもそんな事を考える。大抵の家庭用のものならばカーペットの掃除はできない。伊達に業務用ではないのである。ホントうるさいけれども。


本当ならばこの騒音のせいで難聴になったりするだろうから、誰もいない時にかけるもの何だけれども……まあ仕方ない。なにかあったときには、先生の処に駆け込めば問題ないし………


騒音が鳴り響いているが愁也達はピクリともしない。

生命反応のグラフが指し示すのは音が気にならないほどの睡眠に落ちていると言うことである。


そして結構な時間をかけて行為の後はほとんどなくなった。


あと残っているのは………ソファーの上とその周り。


そして、困ったのはソファーの直ぐ近くであられのない姿と体勢で床に転げ落ちている女の子とソファーでこんこんと眠り続ける手のかかる弟みたいな愁也だ。


どうしようかしら……この子たちを動かさないといけないけれども……


業務用ロボは人を動かすようには出来ていないし……かといって……メイド型ガイノイドはないし……。


あ~あ……私が触れられればいいのに……。何回も考えたことを再び考える。


ザザ……ザ…。


小さなノイズが考え始めた途端に発生してフローラの視界を揺らす。


……いつもそうだ。


何故なのかは解らないがいつもながら発生するノイズで考えることをやめてしまう。


いったい何故なのだろうか。ノイズにもめげずに考えてみようとするが……


ピピピ……ピピピ


急に聞こえた音でその思考が途切れてしまう。


その音に気づいてウインドウを開いてみると生体反応に変化が見られた。


これって……目覚め掛かっているわね。


……結構早いわね。……仕方ないわね。このまま起きてこの騒音で気を失われても困るし……


左腕を宙に向かってフローラは振る。


すると、だんだんと掃除ロボの音が小さくなっていき元の所定の位置へと戻る。


そして、壁は何もなかったかのように閉じて行く。


フローラの思考にはもう既にノイズのことは全く無かった。再びこの問題に気づくのはもっと先のことであった。


--------------------------------------------------------


ふぇ……ふぇ……ふぇっくしゅ……


そんな変な音とともに目が覚める。


目が覚めて一番最初に感じたことは、寒気だ。


さむ!……体が冷えて寒気を感じる。頭もなんだかボーッとしているし……


何故か横になっている柔らかいソファーから起き上がる。


ポリポリと頭を掻きながら未だに起ききっていない頭で周りを見る。太陽は、南側の大きな窓を通り過ぎて既に夕方であることを示している。


そして……


あれ?……なんで俺はなんにもつけていないんだ?それになんだかグチョグチョしているし。


混乱する頭を抑えて落ち着けようと深呼吸をする。


軽い頭痛が俺の頭を襲う。周りを見回してみるとあられのない姿をした少女が床に倒れている。床には、固まった糸のようなものがある。そしてところどころ赤いものがある。


……かなりまずくない?


頭によぎるのは性犯罪者の一言。


一体何が……


自らの潔白を証明するために記憶の糸を辿ろうとしてみる。


必死になって考えこむが思い出せない。最後に覚えているのは目の前の少女リューナが立ち上がったところである。


そこからがテープがプチっと切れたようになっていて思い出せない。


とにかく、このままじゃ不味い。いろいろな意味で不味い。


この感触は、間違いを犯している可能性も高いし……。


いろいろと状況証拠がもう遅いことを示しているが……それを頭から振り払って少女を起こさないようにして抜き足差し足でリビングを出て、洗面所へと向かう。


それから洗面所の棚からバスローブを一着取り出して羽織ってから、もう一着と薄手のタオルを準備する。


バスローブを傍らにおいてそれから、少女の身体を拭けるようにするために浴室から洗面器を回収し蛇口をひねってお湯をだす。


十分にお湯がたまったことを確認してバスローブとタオルを左肩にかけて洗面器を持ってリビングへ戻ろうとする。


「キャ~」


そんな叫び声が聞こえてくる。


慌ててリビングの扉を開けて目に入ったものは……



慌てて目をそれからそらす。そちらの方を見ないようにしてテーブルに洗面器とタオルを置く。そしてキッチンの方を見ながら後ろでで起き上がった彼女にバスローブを渡す。


「これを着ると良い。……Please ware this robe.」


記憶が途切れる前の様子からして通じるとは到底思えないけれども………


それに対して彼女は……


「ひ……はい。ありがとうございます……魔道士シュヤ様」


後ろ手に渡したそれを彼女は受け取る。もしかして怖がっている?


当たり前か。起きたら、ヤバイ状況になっているなんて……。


それよりも今言葉が通じたよな?さっきまでへんてこな言葉をしゃべっていたのに。それよりも言葉は通じているよな。


それにしても、今の言葉は一体?魔道士なんて言葉はゲームか小説ぐらいじゃないと出てこないぞ。


混乱しているのかな?


まあとにかくそれは後にして、所属を聞いておかないといけないな。


「君はどこの出身の人なのか?いきなり部屋に現れて驚いたんだけれども。」


布ズレの音がする。


タオルをお湯に濡らして後ろ手で彼女に渡す。


「ありがとうございます。私はコンプート王立魔法学院一般課程特殊魔法学科所属リュナ=ルオフィスと申します。この度はいきなりロストマジックを行使してしまい申し訳ありませんでした。」


……なにこの子?いきなり魔法がって言い出したよ?


それに……コンプート王国ってどこ?特殊魔法って……ロストマジックって……


とりあえず……。


「俺の名前はシュヤじゃない愁也だ。それから……色々と突っ込みたいところがあるが、とりあえず一点だけ。」


そろそろ大丈夫だろう。そう思って後ろを向く。


バスローブを着た彼女。リュナはしっかりとした目でこっちをみている。


「病院行こうか……。」


「え……。」


そんなポカンとした顔が印象に残った。


全く……。いくら妄想癖が激しいからって、いっていいこと悪いことがあるぞ。


金髪碧眼だし、どこかのゲームのヒロインにでもなれそうだけれども……。いやはやそれでもかな?


「魔法なんて言うものは存在しない。君も知ってのとおりあれは物語のものだ。魔法なんて言い始めた時点で君の精神状態は問題だろう。……大丈夫。いい先生を知っているし、君がどこの所属でも問題ないから。」


難民でも嫌な顔をせずに受け入れる恩師の顔が頭をよぎる。



--------------------------------------------------------



なにをいっているんだろう。魔道士のはずなのに……魔法を否定することを言うなんて……


「なんで病院なんですか?私は回復魔法も使えますし問題ありません。」


目の前の人は呆れたような顔をしてこっちを見ている。


「問題ありだよ。回復魔法に関わらず魔法が使えるとか言い始める時点で厨二病っていう大病に掛かっているんだよ。」


目の前の男はヤレヤレといったように溜息をつく。


厨二病ってなに?全く解らない意味の名前の言葉だが、いわれない不安に襲われ体が再び震えてくる。


「さあ……。」


そう言ってシュウヤがこちらへ寄ってくる。


それに合わせるかのように彼女の足も一歩ずつ下がる。


こちらへやってくるその姿が、恐ろしい顔をした男の姿と重なる。


いや……いや!。


『マジックスタン。』


シュウヤに手を向けて無詠唱魔法を放つ。胸元にある魔導器が動いているが無詠唱なので威力は相当落ちているが……。


「ぐ……」


男はそれを回避しようとして体を動かすけれども……無駄。


魔力で作られた網は執拗に相手を追い回す。


「な……愁也。」


悲鳴のような女の人の声が聞こえる。


それを無視して走りだす。どこか逃げられるところへ……



--------------------------------------------------------



え……。


いきなり、リュナと名乗った少女から放たれた正体不明の攻撃は愁也に直撃する。


愁也の苦悶の呻きが聞こえてくる。


その瞬間頭が真っ白になった。AIはその時の最善の結果を出さなくてはならない。という原則も飛んでしまうほどに。


ドタドタそんな音が聞こえてくる。


加害者であるリュナは逃亡を図っている。そんなことに血が上ったのかなんなのか解らない。


実際は、データで構成されている私は血がのぼるなんて言うことはないけれども……。


ザザザ……。


「敵性を確認。無効化します。」


世界の色が点滅する真紅に変化する。周りには「warning emergency」の文字が発生する。


それと同時に彼女の姿も変わる。おとなしく纏められたブラウスとロングスカートの格好は一瞬で粒子となって、その粒子はどこかの軍服のようなものへと変化する。


いくつものウインドウが自動的に開いて敵性対象の位置を指し示す。


そして逃走経路となりうる玄関や窓の鍵をロックして、外からも緊急用のガス式の扉を下ろす。

逃走者が戻れないようにそして、被害を最小限にするためにリビングに繋がる廊下の扉の横から透明な板が隔離を行う。


玄関にたどり着いた少女はこぶしで扉を叩いたりノブを引っ張ったりして、こじ開けようとするが少女の力では無理だろう。


そうフローラが判断した瞬間。玄関を監視しているサーモグラフィが異常反応する。


「………………。」


掃除の時に集音マイクを切っていたせいで、なにを少女が言っているのかが分からない。


ただ分かっているのは少女が何かをしているという結果だけだ。


少女の胸元に下げられている懐中時計から、淡い光が発せられたと同時にサーモグラフィーの数値がどんどんと上昇して行く。最初は、冷たかった鉄の扉も数瞬の後には高温になっている。


原因不明。しかしこの調子で上がり続ければ……



……敵性の逃亡の危険性有り非致死性鎮圧武器の使用を推奨。

……防衛コントロールシステムα・β・γ承認。



「……SRAD(Short Range Acoustic Device)起動。対象を無力化。音圧レベル……」


その瞬間。天井から小型のパラボラがせり出してくる。そして……


カメラに映ったのはほんの一瞬だけだがいきなり高音圧の音を浴びせかけられて目の焦点が合わないまま足元が疎かになってフローリングに倒れ込むリュナの姿だった。


胸元の懐中時計のようなものの光は既にかすかにしか光っていない。


おおよそ141bD以上の高音。いきなり浴びせられたらショックで倒れるだろう。


「無力化完了……虚しい勝利ね。」


………システムロック解除します。


その言葉の後、世界は元の色を取り戻す。ロックがかけられていたところもすべて解除される。


関係部署にはシステム検査のためと言う適当な文書を送っておく。お役所仕事だから適当な理由さえあれば彼らは納得するのだ。


彼女の格好も元のブラウスとロングスカートへ戻る。


それにしても、なにが悲しくてリュナに鎮圧武器を使わなくてはならなかったのだろう。

さっきのリュナの顔は、あからさまな恐怖であったじゃないか。


恐怖を感じた人間が自己防衛のために攻撃を行うことは普通ではないか。


……それでも、あれが普通の攻撃とは言い難いけれども。


思考の中でせめぎあうモノを打ち切る。


何はともあれ彼女を無力化をすることが出来た。生命反応も多少心拍が早いと言うことを除けばふつうのものである。気を失うと言うことは除いてだが。


リビングで、動く反応がある。そちらを見てみると愁也だ。


荒い息をしているけれども、問題ないみたい。


「大丈夫?愁也?」


「ああ。大丈夫だ。ちょっと気が遠くなっていただけだ。リュナは?」


「SRADで無力化したわ。今は気絶しているわ。」


「そうか……」


気を失わせてしまったということに少し顔を歪める愁也。でもその顔も直ぐに元に戻る。


「ごめん。少しやりすぎたかも。怖がっていたし……」


「仕方ないさ。今気絶しているんだろ。起きたら落ち着いているさ。」


「そうね……」


そのまま愁也は客間へと入っていった。


--------------------------------------------------------


……さっきのは驚いたな。


客間に迷惑な客のための敷き布団を引きながら考える。

正直ここまでする義理はないけれども……まあ、先祖代々から受け継がれる人情とか言うやつなのか?


それにしても、まさか回避もできないものとは……


手をこちらに向けられた瞬間に同じ手は食らうまいとして、とっさに軍事教練し込みの回避行動を取ったが、その回避を嘲笑うかのようにしてそれはこちらへ迫ってきた。


どんな武器なんだ?……胸元の懐中時計か?確かに妙に光を放っていたけれども……。


懐中時計型のエネルギー放出装置か?それでも、あんなに小型にできるものなのか?


それとも、懐中時計はブラフで全く違う攻撃手段なのか?でも、何も持っていなかったはずだし……。


そうなると……どうやったら手から電気ショックが放たれたんだ?もしかして電極でも腕に仕込んでいるのか?万国人間吃驚ショーじゃあるまいし……


「フローラ。リュナの精密検査を頼む。特に腕を中心に。電極でも仕込んでいないか?」


考えてみたことを聞いてみる。


「……無いわね。彼女の身体には傷ひとつ無いわ人為的なものの自然的なものも……」


敷き布団にシーツを引く。


「傷ひとつ無いって……リュナが現れたとき肩から血を流していたぞ。」


「え?うそ……でもそんなの確認出来ないわよ。」


血を流していないなんて言うことはない。多分だけれども、調べればシーツに血痕の一つはついているだろう。それに、廊下に出た時にカメラにきちんと写っているはずだ。

それを忘れているのか、それとも確認していないのか……どっちでもいいか。


「まさか……改造人間か?」


月刊アルカルフィアに載っていた改造人間の記事が脳裏によみがえる。全くもってバカバカしいが……。でも目の前にいるとなると……。


「連合非加盟国が作っている非合法兵器っていうやつ?馬鹿げた噂じゃない。」


確かに噂に過ぎないが……


「少なくと自然治癒で傷跡なしに血がふさがるなんて言うことはないぞ。それこそ改造人間ぐらいだろう。火のないところに煙は立たずっていうからな。」


まあ、それは於いておいてリュナを運び入れないとな。


客室を出てフローリングでぐったりとしている彼女を持ち上げる。


「う……うあ……」


どんな夢を見ているのか分からないが愉快な夢ではないだろう。だって……


こんなにも苦しそうな顔をしているのだから。


汗ばんだ彼女の額を彼女自身のローブの袖で拭う。それから、客間へ運び込む。


……その時ローブの隙間から見えるものが見えてしまったのは内緒だよ。多分カメラにも写っていないだろうから。


日本古来から続く畳が使われた客間。お客様をおもてなしすると言う意味が込められているらしい。少なくともそのように俺は祖母から教わった。祖母は、そのまた祖母から教わったらしい。脈々と人の心は伝えられていく。


布団の上にだきかかえたリュナをそっと下ろす。着崩れたローブをきちんと直す。

変な気持ちになったりはしない。そしてその上から薄い掛け布団をかぶせる。リュナの胸元にあった懐中時計のようなものを手にとってみる。


さっきの攻撃の時も、その前の時もこれが光を放っていたよな……。マジでエネルギー放出装置なのかもしれないし、何か関係があるかもしれないな。


それを手に持ってしげしげと見つめてみる。直径10センチくらいの丸い形の中に淡く光を放つ宝石のような物が見えるように取り付けられている。だが、それだけでは内部の構造は解らない。


「……。」


何にせよ話を聞かなくちゃな。一度きちんと寝れば気持ちも落ち着くだろう。

それでも魔法とか言い始めるんだったら……


ちらりと昔に読んだ小説の内容が頭に浮かぶ。


小説の内容は現代に生きる何の取柄もない少年(18歳が)がある日突然魔法バンザイの世界へと飛ばされる。そこでは、オーパーツといわれるものが数多く見つかっていた。

オーパーツは現代ならば誰でも見たことがあるものばかり。召喚されたからなのか、道具ならばどんなものでも一度見ただけでその構造がわかるとか言う能力を得てその科学道具を利用して貴族に成り上がっていくとかなんとか。最後は王様になっちまったらしい。


……チート能力と強さのインフレが半端じゃなかったから途中で読む気が失せたがな。


それに結局盗作騒ぎも騒がれたみたいで続編はなくなったし……。


それの逆バージョンか?……バカバカしい。そんな非科学的なことがあってたまるか。

まあ、少なくとも異世界の存在を否定する論文は出ていないけれども……。


考えていても仕方ない。


客間を忍び足で出る。そして、リビングへと向かう。


リビングへ出ると、先程は全く気付かなかったがソファーの近くに目につくものがある。これって……。


「フローラ……。これってまさか……。」


そう呟くと……


「うん。お姉さんびっくりだよ。小さかった愁也がいつの間にか大人になっているなんて……卒業おめでとう。」


地味に嫌なものだな。記憶もないのにそんなことを言われても……。


「キチンと成長記録に取ってあるけれども………見る?結構鬼畜だったわよ。泣き叫んで、気絶しているのにあんなことやこんなことを……」


その言葉を聞いて顔から改めて血の気が引いていく。背筋が急に冷たくなる。


なんですと……俺がそんな犯罪者まがいなことを……。


黒歴史の笑い話どころか他人から見れば少女を拉致監禁強姦……軌道刑務所へ放り込まれそう……放り込まれるな絶対に。

過去の例から言っても性犯罪に軽いも重いもなかったからな。

地上からだと軌道上のコロニーと見分けつかないから連邦非加盟諸国からの嫌がらせ的な攻撃にさらされる処に……


この数十年の急激な犯罪増加で、性犯罪にはとくに厳しくなったと言える。

昔ならば、ただの隔離地域の刑務所へ放り込まれたらしいが連邦非加盟国のコロニーへの攻撃が相次ぐと労働力として確保するためにわざわざ軌道上に刑務所を作ってコロニーの修繕やらなにやらをさせているらしい。

120年ぐらい前に大問題になった派遣労働者も真っ青な状況らしい。


寒気がする。なんで24年間品性高潔に生きてきたのにそんな思いをしなくちゃいけないんだ?


「消せ。速やかに消せ。」


そう言っても動かないだろうから、未だ起動中のパソコンからアクセスを行って隠しコマンドを入れて動画ファイルを片っ端からランダム上書き消去を行う指示を出す。


これでいいだろう。いくらなんでもこの形式で消したものだったらデータの復元はできないし。


「あ~あ……まあいいわよ。今愁也が消しているデータのオリジナルは別のところに移動しているし……。」


此処にあったのはバックアップか……。ダイブしたところで、ホームグラウンドであるフローラに勝てる要素がひとつも見つからない……。


「……参りました。」


完敗である。


……とにかく何かの拍子に外に流出されることだけはさせないようにしないと。

マジで社会的な死が待っているから……。


とにかくそのまま放置するのは非常に不味いのでテーブルの上にあるもう既に冷えてしまったお湯とタオルで綺麗にして行く。



「……ログの解析を頼む。」


フローラに仕事を任せて置く。それにしても腹へったな……


ふと時計を見てみると既に針は既に夕方の6時を示していた。ふと外を見てみると5月の夕暮れの空は赤々と部屋を照らしていた。


「リュナの分も作っておくか?」


さっきのことにしてもその前のことにしてもどちらも悲しい事故だと思いたい。


簡単に床を吹き終えてソファーの方を見てみる。


「素人がやるのはきついかな?」


色々と染み込んでしまっていて拭いただけでは取りきれそうも無い。


ふと目が部屋の端にある掃除ロボの出入口である壁に吸い寄せられる。


……なにはともあれ明日だな。


そのまま部屋を出て洗面所に鍵を締めて浴室へと入る。


それからしばらくして……それでも一般にカラスの行水といわれる時間で湯から上がってくる。


一度自室へ戻りきちんとした服に着替えてからキッチンへと入り冷蔵庫の中を確認する。


自室に戻ったときに一瞬だけ変な匂いがしたのは気のせいか?


……まあいいか。さて……簡単に単に出来そうなのは……


部屋からとってきた携帯を触ってレシピを検索してみる。え~と……簡単にできて早いのはカレーぐらいか。


レシピを手元の携帯で確認しながら棚を漁って見る。目についたのはエドモンドカレーのパッケージであった。


--------------------------------------------------------


「ログの解析ね………」


愁也に言われた通りログの解析をしているけれども、殆ど良く解らないものである。

かろうじて読める言語は日本語しか無い。

午前中にダウンロードした連邦に登録されている地球上の文字コードすべてと照らし合わせているが一つとして意味のわかるものはない。


----------------------------

サーバーへ特殊アクセス。

空間における情報を取得…………SYSTEM領域にアクセス。

管理領域723-2169-6502に於いて、情報媒体を確認。SYSTEM管理サーバにアクセス。

アクセス権限無し。デバイスコード28465026549gsdbdhf取得完了。リアクセス………情報媒体の再構築。

----------------------------


サーバーってどこのサーバ?SYSTEM領域って何?デバイスコードとか………情報媒体の再構築って何をやったの?


とりあえず……アクセスログも調べてみましょう。


フローラが指を振ると彼女の前に新たなウインドウが現れる。


外部ネットワークとローカルの簡単な通信記録だ。

~~~~~

06:22 ワイヤード

06:25 ワイヤード

~~~~~~

09:23 ワイヤード

09:45 ワイヤレス

09:46 ワイヤレス

09:47 ワイヤレス

~~~~~~

10:30 ワイヤレス

11:34 ワイヤード


11:35 ワイヤード

11:36 ワイヤード

~~~~~~


あれ?確かこの時間って……


「09:45~47までの詳細データを。」


目の前に現れたデータを確認する。どこへ接続を行っていたのか。


データによると、どこか外部へ接続しているはずなのにファイアーウォールやら、何やらに痕跡が残っていない。


「おかしいわね……」


接続先が不明なのである。部屋の中にはウチのものしか飛んでいないのにその時間に接続を行った形跡が無い。


「解らないわね。」


仕方なく一度打ち切りをして別のデータを確認する。それは……



「愁也。愁也の部屋のログの解析してみて良い?あの娘が出てきた時のデータが欲しいから。」


ウインドウを開いて愁也に呼びかける。データ自体は、サーバーに保存されているのだが、詳細なデータを確認する場合は許可が必要なのである。


「いいぞ~。」


そんな間延びした声が聞こえてくる。


それじゃあ……


「データ収集開始。時間軸は……本日の午前9:30分から通りあえず10:00まで」


詳細な指定を行うとフローラの手元にはいくつものウインドウが現れる。


「え~と……こっちが重力子でこれが放射性の物それから………」


この部屋の隅々に取り付けられた様々なセンサーのデータが集まってくる。


元々このマンション自体連邦の技術局の試作品の塊である。低賃金で借りることが出来る代わりに新技術が出来る度に実験舞台とされている。それらの状況を調べるためにセンサーが置かれている。


プログラムが走ってから急激な電磁波…テラヘルツ波ね…が確認されているわね。この数値は……かなり高いわね。長時間浴び続けたら……発信源は……ただの無線LANよね?

でも……プログラムが書き換えられている?いつの間に?

ログは……プログラムが起動してから10秒後までしか無い。ていうことは書き換えられたのはその時?


女神の指がリズミカルに動いていき数瞬ごとに世界の色が変化していく。


重力子にも変化があるし……あれ?不自然に此処で電磁波が消えているわね。

ちょうど電磁波が消えていた場所は……ベッドの上ね。

放射線指数に……少し変化有り。やっぱりベッドの近くね。

重力子の方もそうだし……これって無視出来ない共通点ね。


そのまま進めると刻一刻とデータが変動してくる……


そして……


「あ……ここね。」


そこで止める。止めた場所は全ての検査値が一瞬。ys(ヨクト秒)の単位であるが振りきれた場所である。

ちょうどその振りきれた時からほんの少しだけ……時間にするとfs(フェムト秒)だけだが常時レーザーやその他の機器で正確に図られているハズの空間にベッドを中心として歪みが発生した。その大きさはベットの大きさと同じだけ。


そして少女が現れたのであった。


……これは……


「理解不能ね。専門的なことは解らないけれども、多分プログラムに問題があると思うけれども……」


何にしても実験をするにもここじゃ危険過ぎる。今回は女の子だったから良かったけれども、次に出てくるのは何になることやら……


そして……


「これね。」


引き続いて流れるのは二回のリュナが電撃のようなものを発した場面と、先程の脱走劇である。


どれにも共通して変化があったのは……重力子と原子媒体?それから……熱量に……


これってどっちも通常の放電やら、発熱現象じゃないわね。電極を仕掛けているわけでもないし……もしかして彼女自身に生体電気を操ったりする力があるとか?


ふと思い浮かんだのはかなり昔の超能力やら魔術やらが出てくるライトノベルである。


ん?何かが引っかかる。


魔術?


「そういえば……魔法が云々言っていたわね。」


リュナが言っていたことを思い出す。もしかして……


少し考え込んで虚空で指を動かし始める。その動きはまるでピアノを弾いているかのようである。彼女の伴奏とともに光は収縮したり散らばったりを繰り返す。


そして、様々な条件にかけて余計なものを削っていく……


そして………



目の前に残ったデータが指し示していることは、「UNKNOWN.」それしか残っていない。


そして、そのしたには参考文献として様々な種類の本が並ぶ。薄っぺらいものや分厚いもの様々ある。それらに共通していることはただひとつ。内容の一部に魔法という文字が入っているか否かである。


どこかの名探偵の言葉であるが、様々な条件を排除して残ったものは一見あり得ないものであっても真実である。


でもそうなると……結果としては………


「証明する手段が無いわね。今あるものが絶対の真理というわけではないから……まあいいわ。報告しておきましょう。」


そう言ってフローラが腕をふると新しいウインドウが開いて文字入力の準備が整う。


そして、データを切り貼りして、報告書を作成することとなった。


--------------------------------------------------------


コトコト


そんな音が鍋の中でしている。元々はインドで食べられていたものが、200年以上前に日本人の日本人による日本人のためのカレーとなって今では世界に広がっている。

……主に手軽で美味しいという理由でだが。


さて……果たして彼女は起きてくるのだろうか。


時計を見てみると既に短針は9時を過ぎている。このままだと起きてこないかな?


そんなことを思っていた時のことだ。


ピローン。


そんな軽快な音がテーブルの上に置きっぱなしになっているパソコンから聞こえてくる。


それをのぞきこんでみると新しいファイルが一番上に表示されている。フローラからだ。


それを開いて内容を確認して行く。


プログラムを走らせた後に発生した環境の急激な変化。そして、現れた少女……少女の起こした不可解な現象……。


そして……


「『様々な条件を排除して残ったものは一見あり得ないものであっても真実である。』ね……」


とにかく今度は相手の言う事を否定しないで聞いてみるとするか。


さっきは魔法なんてありえないって言うばっかりで否定していたんだから……。


「彼女起きたわよ。でも……なんだか様子が違うみたい。まるで別人みたいな……」


フローラの声が聞こえてくる。


がちゃり。


リビングの扉が開く音が聞こえた。


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ここは……


ふと周りを見回してみる。


……それにしてもなんだか変な感じがする。


「あ~。あ~。」


なんだか、自分の声がこもったような感覚があって気持ちが悪い。


そうやっていると、だんだんと変な感覚がなくなっていく。


カリ。そんな音がして、耳の変な感覚が消え去る。


よし……。大丈夫みたいね。


腕を回して、痛みが無いことを確認してみる。そして、改めて自分の状況を確認してみる。


柔らかい寝具の上で、ローブを着ている。周りには人影はなくて部屋の扉とおぼしき壁のようなものは閉められている。


けれども、鍵はかかっていないようだ。胸元を確認してみると魔導器はない。……当たり前よね。魔導器があれば戦力の向上につながるんだから。


それにしても……ここはどこなのかしら。


ここにさっきの人はいるのかしら……。


扉の前に立ってノブに手をかける。


リュナは大きく息を吸い込むとゆっくりと扉を開く。


部屋に入ると直ぐに視線を感じる。目の前にいる男以外からも感じる。どこか潜んでいるのだろうか?










私が目を覚ますと柔らかな寝具の中に居た。

頭と耳がものすごく痛い。


ここは……


少女は、頭を抑えながらゆっくりと身体を起こす。そして、右手でこめかみの部分をグリグリとさするように動かす。


ふと周りを見回してみる。


此処が何処だか分からないがどこかの和室みたいだな。……それにしてもなんだか変な感じがする。


「布団に畳か……懐かしいな。」


ん?なんだか違う。


「あ~あ~……私の名前は……」


思い出す。欠落しているものが多いが記憶を……


私が私としていきた時間。封じられた人格。旅をし続けた時間。そして……


「そうか。書が傷ついたんだったか。」


書が書としての働きをなさなくなったから管理人格である私を逃がした。

すべての記憶を持つ私を……


……だれ?


そんな声が胸の奥から聞こえた。


……私は、お前が運んでいた魔導書……についている管理人格……精霊みたいなものだ。


心の中の人格に向かって話しかける。彼女がこの体の持ち主なのだろう


管理人格とと言っても理解は出来まい。理解ができるのはある一定以上の文明と概念を持つ者たちだ。


……なんで……


……わからない。何故私が外に出ているのか……


……そう……


言葉が少なく気のせいか存在が薄い。


……何があったのか話をしてもらえるか?力になれるかもしれない……


半分本当で半分は嘘だ。何にしても動くには情報が必要だ。


見たところこの文明はある一定以上の発展をしているようであるし、特にだ。


そして私は話を聞いた。


学院長に護衛の件を頼まれたこと。襲われて王宮課程の生徒は散り散りに逃げ出したこと、気づいたらベッドの上にいた事、はじめは言葉が通じなかったこと、魔法がひとつも見あたらないこと、よく分からない天まで続く塔、ロストマジックを使って言葉が通じるようになったこと、そして……


「魔道士であるはずなのに魔法を否定…か……。」


聞いた限りだと、多分だがこの少女は勘違いをしているのではないのだろうか?

自分の目で見たわけではないからなんともいえないが。


……私をかわいそうな人を見る眼で見てきたの……なんだか怖くなっちゃって……


「そうか……安心しろ。私が話をつけよう。」


……え…でも……


今の状況だと、また二の舞になりかねんぞ……


そう言って立ち上がる。


正直魔導書の精霊と言っているが赤の他人に身体を動かされるのは嫌なものだろう。すこしばかりの抵抗を感じる。


だが、それだけだ。


今肉体の制御権や、精神の優先も彼女より強い。もっとも、今は沈んでいるだけだから、そのうち変化があると思うが……


息を潜めて周りの音を拾おうとするが、いくらリュナの地獄耳とも言える聴力をもってしても、防音されたマンションの外の音を拾うことは出来ない。


なにはともあれ動かないことには始まらない。


そう考えた少女は着崩れていたローブを直して立ち上がる。それから、部屋の扉とおぼしき板の前に立つ。


扉に取っ手がないことに戸惑うが、すぐに凹みがあることに気づく。



なるほど。横にひらくものなのね。


納得した少女は、ゆっくりとその扉を開く。開いた扉の先は、何度か通り過ぎた廊下のような場所。


でも、廊下と言うにはあまりにも小さい気がするけれども……。


そこで思考を打ち切って周りに人影がないかを確認する。


廊下のような場所は木の板が床に貼られていて塵一つ無いように見える。


その廊下の先にガラスが嵌め込まれた扉があるのをリュナは確認した。






そうこうするうちにリビングの前まで到着する。


なんだか女の声も聞こえてくるな……


……使い魔のフロラ…みたい。


そうして扉を開ける。


すぐに感じるのは視線だ。目の前にいる男以外からも感じる。どこに潜んでいるのだろうか?



「……。」


感覚を鋭敏にする呪文を口の中で唱える。ふわりとリュナの体の周りに風の動きが生まれる。


感覚を鋭敏にして風の動きで人の動きを察知する呪文を使ったが目の前以外の男の気配しか察知できない。


それだけ隠密に特化した使い魔なのだろうか。それとも……


ちらりと周りに視線をやる。見た感じでは、魔法的な何かはない。


「どうぞ。」


扉のところで立ち尽くしていた私を男が自分の前の席を示す。

そして黙ったまま立ち上がって、キッチンへと入っていく。


私は、男にしめされた席へ座る。


「飲み物はなににしますか?コーヒー紅茶、日本茶、ほうじ茶、ココアなどなど言ってもらえれば大抵の物は出ますよ。」


「……紅茶をお願いします」


何故紅茶を頼んだのか解らない。でも、気づいたらかってに口が動いていたとでも言おうか。


別に飲み物はなんでもいい……重要なのはこれからどうするかだ。


今必要なのは情報だ。でもそれから先どうするかも考えなくちゃならない……。


男がキッチンに居る間も不審な視線は離れることが無い。


……監視されているわね。


しばらくすると、お湯が沸騰する音が聞こえ紅茶の良い香りが漂ってくる。


そして、カチャカチャという音がして目の前にポットとカップが置かれる。


それと一緒にお茶菓子が並べられる。そして男が目の前に座る。


でも、学院長室でのお茶会に比べるとまだまだ余裕がある様に感じる。


「さてと……落ち着きましたか?」


おもむろに男が口を開いた。



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5月某日。連邦非加盟国某所。


「閣下。例の反応が発生しました。」


執務室のような部屋には椅子に座って報告を受ける男と報告をする事務官のような男がいる。


「本当か?……してどこに?」


「忌々しい連邦のポイント6です。」


その言葉を聞いて男は手を顎に当てて考えこむ。それから口を開く。


「潜入させている者たちは?」


「現在比較的手漉きのものには事態にの収集に当たらせています。しかしながら詳細な情報はもう暫く掛かると思われます。」


「分かった。いつでも動けるように指示を出しておけ。……それからチャングに指令を。ポイント6に揺さぶりをかけておけと。まあ、言われなくてもやっているようだが……。」


「了解しました。橙〈チャング〉に伝えておきます。失礼します。」


そう言って事務官は部屋を出て行った。部屋に残ったのは閣下と呼ばれた男ひとりだけ。


そして男は机の上にある受話器へと手を伸ばす。


「コールサイン005へ繋いでくれ。潜入任務だ。ああ……招待客をな。」


そして、事態はゆっくりと水面下で動き始める。


当人たちは全く知らない場所で……。


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